失敗した修練
第8話です。
前回のラストで魔法の習得を決意した主人公ですが、月日は流れ、彼は三歳になりました。
前半は平和な(?)日常、そして後半はいよいよ「魔力操作」の実践編となります。
しかし、元軍人の彼ですら予想だにしない事態が待ち受けていました。
誕生から三年の月日が流れた。
三年……ようやく皮肉抜きで言える。私はもう、完全な「お荷物」ではない。
歩けるようになったのだ。
大人のような優雅さや、私の精神が求める安定感には程遠いが、地獄から戻ったばかりの新兵のように地面を這いずり回ることなく移動するには十分だ。平衡感覚は向上し、協調性も追いついてきた。そして何より、家の中を移動するのに誰かに抱きかかえられる必要がなくなった。
それがすべてを変えた。
探索ができる。
行動ができる。
そして……自分の責任で「失敗」することができる。
……そして、見事に失敗した。
数日前、あの黒髪の悪魔と一悶着あった。
そう、猫だ。
あの忌々しき混沌の代理人は、私の食事――完璧に確保された私の配給――を、どういうわけか自分の所有物だと判断したらしい。それは衝動的な盗みではなかった。否、クリーンで、正確で……外科的なまでに精密な作戦だった。
侵入。評価。目標奪取。
そして逃走。
「おい! 返せ!」
私は叫び、追跡を開始した。
家中で彼女を追い回した。……少なくとも、そのつもりだった。私の短い足と疑わしい平衡感覚では、猫科のエリート部隊には到底及ばない。彼女は侮辱的なほど流暢な動きで家具を飛び越え、障害物をかわし……所々で速度を落としさえした。
まるで、私にチャンスがあると思わせたいかのように。
屈辱的だ。あまりにも屈辱的だ。
結局、予想通り私は負けた。
追いつくことすらできなかった。
最後に彼女を捕らえたのはアズミだった。素早い動きで背中を掴み上げたが、あの裏切り者は戦利品のように私の食べ物をくわえたままだった。
ようやく彼女をこの手に取った時……私は笑った。
ゆっくりとした、計算高い笑み。
悪意に満ちた笑みだ。
数秒の間、私は複数の報復シナリオを視覚化した。戦略的監禁、特権の削減、あるいは……長期にわたる尋問。
だが現実は残酷だ。
猫は私を見た。
そして、予告もなく――。
「シャッ!」
鋭い爪の一撃が、私の顔を捉えた。
反射的にのけぞり、顔を押さえる。すぐに熱い痛みが走った。
また敗北だ。
まただ。
同じ日に。
(エドゥアルド大尉……四足歩行の生物に再び敗北……)
私は苦渋と共にそう思った。
その光景を見た母は、驚くどころか……もっと悪い反応を見せた。
「慈愛」だ。
「あら、ずいぶん仲良くなったみたいね」
彼女は優しく笑いながら言った。
仲が良い?
これは全面戦争だ。
しかし、その後に続いた言葉は予想外だった。
「この子に名前をつけてあげたい?」
文句を言おうとする私の気を削ぐような、温かい眼差しで母は尋ねた。
私は数秒、沈黙した。
敵を倒せないのなら……。
取り込め。
せめて……「印」をつけろ。
「エ……リ……ガッ……」
私は慎重に発音した。
「エリガッ?」
母は首を傾げた。「妙な名前ね……」
私はただ、微笑んだ。
「エリ」は、エリザベス(Elizabeth)から。
「ガッ(Gak)」……。
「残酷」「傲慢」「災厄」。
極めて正確な要約だ。
猫――いや、エリガッは、数秒間私と視線を合わせた。
誓って言うが……。
彼女は理解していた。
その瞳に宿っていたのは、単なる本能ではない。それは「挑戦」だった。
黙約の成立。
宣戦布告だ。
だが、あの尻尾付きの悪魔に対する戦術的敗北よりも、遥かに重要なことがある。
無視できないことだ。
図書室で百科事典を読んで以来、二つの概念が頭から離れない。
「魔物」と「悪魔」。
何度情報を読み返しても、その度に背筋に冷たいものが走る。思い込みではない。本能だ。
この世界は安全ではない。
優しくもない。
そして、弱者に対して決して寛容ではない。
ここでは、適応できないものは……死ぬ。
(生き残りたければ……ルールの把握が不可欠だ)
私の精神は、かつて私を生かし続けた「冷徹な計算」の状態へと戻っていった。
観察するだけでは足りない。
表面的な学習では不十分だ。
このシステムを支配する必要がある。
魔法がどう機能し、どう使われ……そして何より、どう対抗すべきか。
もし「それら」が外の世界に存在するのなら……。
この家も、この家族も……本当の意味で安全ではない。
そして、私もだ。
だから、選択肢はない。
行動あるのみだ。
図書室は静まり返っていた。
深く……どこか居心地の悪い静寂。
木の軋む音と、壁に当たる遠い風の音だけが、その静けさを破っていた。完璧な環境だ。邪魔も、中断もない。
私は床に座り、ぎこちなく足を組んだ。私の体はまだこの姿勢を完全にはこなせないが、十分だ。
目を閉じる。
呼吸しろ。
集中しろ。
手順を思い出せ。
数ヶ月間、この方法を反芻してきた。一語一語、指示のすべてを……戦闘プロトコルのように記憶している。
『マナの核は、臍に宿る……』
『使い手は散らばった断片を感知せねばならない……』
『それらを統一し……』
『形を成せ……』
理論は単純だ。
だが実行は、悪夢そのものだった。
最初は……何もなかった。
暗闇。
静寂。
私の意識は数秒の間、何か、あるいは何らかの兆候を掴もうと彷徨った。それは、完全な暗闇の部屋で姿なき敵を探すようなものだった。
(集中しろ)
呼吸を整える。
吸って……吐いて……。
吸って……吐いて……。
少しずつ、知覚が変化し始めた。
即座ではなかった。
明確でもなかった。
だが、そこにいた。
「何か」が。
微かな、ほとんど感知できないほどの感覚……形のない虚空に浮かぶ小さな火花のようなもの。
私は心の「目」を開いた。
そして、それらを見た。
断片。
私の体中に散らばる小さな光の点。あるものは弱々しく輝き、あるものは消え入りそうに、辛うじて存在していた。
(そこにいるのか……)
鼓動がわずかに速まる。
現実だった。
理論でも、信仰でもない。
それは……「実体」だった。
私は最も近い断片へと「意思」を伸ばした。
手はない。
肉体的な接触もない。
だが、それが応えるのを感じた。
まるで、私の意図を認識したかのように。
それは動いた。
遅く……ぎこちなく……だが、確かに動いた。
命令に従う小さな火花。
小さな勝利だ。
(よし……もう一度だ)
別の断片を掴む。
次も。
その次も。
一つ増えるごとに難易度は上がっていく。抵抗するものもあれば、掴もうとした瞬間に逃げ出すものもあった。それは混沌の中で無秩序な兵士たちを集結させるような作業だった。
だが、私は止めなかった。
止めるわけにはいかなかった。
呼吸は重くなり。
集中はより硬質に。
引き寄せた粒子が一つ増えるたびに、腹部への圧力が強まっていく。
不快な……だが、許容範囲内の圧力。
今はまだ。
数分、また数分と……私はそれらを集め続けた。
遅く。
秩序立って。
ミスなく。
そして、ついに……。
すべてが収束した。
中心へ。
臍へと。
すべてが蓄積される正確な地点を感じた。未完成の球体のようなものが……震え……不安定に……だが、そこに存在していた。
(これが、核か……)
意識が緊張する。
正念場だ。
あと一歩。
それらを結合させる。
構造を閉じる。
完全な核を形成するのだ。
息を吸い。
そして、押し込んだ。
その瞬間――。
何かが、噛み合わなかった。
即座ではなかった。
明白でもなかった。
だが、感じたのだ。
「干渉」のようなものを。
まるで私の中の何かが……抵抗しているかのように。
圧力が一気に跳ね上がった。
制御されていた蓄積が……不自然な形で圧縮され始めた。
速すぎる。
密度が高すぎる。
(……これは、手順にはなかったはずだ)
安定させようと試みる。
強度を下げ。
断片を再構成する。
だが、もはや反応は同じではなかった。
それらは……強制されていた。
整列し。
嵌まり込む。
力ずくで。
核が脈打ち始めた。
不規則で……激しく……不安定な鼓動。
呼吸が止まった。
嫌な予感が胸を突き抜ける。
(何かがおかしい)
決定的に、おかしい。
工程を中断しようとした。
エネルギーを解放し。
形成を解こうとした。
だが、もう遅すぎた。
最後の断片が動いた。
嵌まり込む。
そして、核が……。
閉じた。
その瞬間――。
すべてが壊れた。
爆発はなかった。
力の拡散もなかった。
百科事典が約束していたものは、何一つとして起こらなかった。
そこにあったのは……。
「拘束」だった。
暴力的な。
絶対的な。
まるで何か――あるいは誰かが、正確にこの瞬間を待っていたかのように。
核は安定する代わりに、内側へと崩壊した。
自分の中で何かが閉ざされるのを感じた。
扉ではない。
「罠」だ。
「……なっ……?」
思考を完結させることすらできなかった。
痛みが襲う。
段階的ではなかった。
警告もなかった。
それは、一瞬だった。
猛烈な放電が全身を駆け抜ける。活線状態の電界に直接放り込まれたかのようだった。あらゆる神経、あらゆる筋肉、あらゆる繊維が……限界まで引き絞られる。
「ああああああああッ!!」
制御不能の叫びが漏れた。
子供の泣き声ではない。
何が起きているのかを正確に理解し……それでも止められない者の断末魔だ。
私の体は床に崩れ落ちた。
指が木製の床に食い込み、抗おうとする。
無駄だ。
完全に、無駄だ。
エネルギーが弾けた。
だが、外へではない。
内側へだ。
濃い紫色の稲妻が、皮膚の下に浮き出る血管のように全身を走り始めた。温かな光ではない。癒やしでもない。
それは……攻撃的だった。
不自然極まりない。
(これは、マナじゃない……)
感じ取ることができた。
流れていない。
従っていない。
私が使っているのではない。
「それ」が、私を使っているのだ。
呼吸が乱れる。
空気がうまく入ってこない。
筋肉が不随意に、激しく収縮する。内側から誰か別の存在に肉体の制御権を奪い取られているかのようだ。
(止まれ……止まれ……!)
接続を断とうと試みる。
核を霧散させようとする。
だが、もはや核など存在しなかった。
あるのは……混沌だけだ。
耐え難い圧力が胸に蓄積される。
そして――。
ドォン!
私から放たれたエネルギーの弧が、近くの本棚を直撃した。直撃を受けたかのように、木材が瞬時に砕け散る。
紫色の光が部屋を飲み込んだ。
壁には歪んだ影がのたうち回る。
あたりはオゾンの……焦げたような……「正しくないもの」の臭いに満たされた。
手が震えていた。
いや……震えではない。
痙攣だ。
皮膚が突っ張り、焼けるような感覚。
内側から引き裂かれていくようだ。
(……まだ、早すぎた……)
思考が届くのが遅すぎた。
あまりにも、遅すぎた。
痛みが増す。
さらに。
もっと。
それが痛みですらなくなるまで。
それは「雑音」へと変わった。
あらゆる理路整然とした思考をかき消す、絶え間ない唸り声に。
そして……。
何かが聞こえた。
足音だ。
最初は遠く。
速く。
重く。
家全体が反応しているようだった。
「今の音は何だ!?」――ジャレッドの声だ。
「アリス!」――エララ。
応えようとした。
何かを言おうと。
何でもいいから。
だが、口が言うことを聞かない。
再びエネルギーの鞭が体を打つ。
より強く。
より暴力的に。
図書室の扉が勢いよく開かれた。
「アリス!!」
エララ。
声が……震えている。
絶望に満ちた声。
彼女を見た。
かろうじて。
すべてが霞んでいた。
歪んでいた。
「近づくな!」ジャレッドの声が空気を切り裂いた。「何かがおかしい!」
違う。
おかしいのではない。
それは……。
制御不能だった。
ジャレッドが踏み出してくる。
ゆっくりと。
慎重に。
理解を超えた、だが明白に危険な何かに立ち向かうかのように。
彼は私に手を伸ばした。
そして、彼が近づいた瞬間――。
バチィッ!
紫色のエネルギーの弧が、私の体から直接跳ね上がった。
彼を直撃する。
まともに。
乾いた、暴力的な音が響いた。
焦げた臭いが辺りに立ち込める。
ジャレッドは一歩後退した。
たった一歩。
だが、それだけで十分だった。
彼の目が変わった。
もはや単なる心配ではない。
混乱。
そして、それ以上のもの……。
「警戒」だ。
(……マナじゃない……)
分かっていた。
彼の表情を見れば分かった。
それでも……。
彼は突き進んだ。
歯を食いしばり。
そして、飛び込んできた。
彼の腕が私を強く抱え込み、動きを封じた。それは抱擁ではない。
「拘束」だ。
制圧のための機動。
エネルギーに触れた瞬間、彼の体が即座に強張った。
彼が抗っているのが分かる。
耐えているのが。
自分の力――それが何であれ――を使い、持ち堪えようとしている。
だが、それでも……。
十分ではなかった。
私の体は反応し続けていた。
痙攣し。
壊れていく。
皮膚が裂ける感覚。
小さな亀裂。
「紋様」。
まるで、自分自身の肉体が、内にあるものに耐えきれていないかのようだった。
(……私は、何なんだ……?)
その問いが初めて浮かび上がった。
現実的で。
生々しく。
答えのない問い。
視界が暗転し始める。
ノイズが……大きくなった。
それから弱まり。
そして……。
無。
意識を失う直前……。
最後に見たのは……。
エララの顔だった。
青ざめ。
恐怖に引きつった顔。
そして、初めて……。
彼女は私を、息子として見てはいなかった。
理解の及ばぬ、「何か」を見る目で私を見ていた。
読んでいただきありがとうございます。
……一体、何が起きたのでしょうか。
本来なら「魔法」として発現するはずの力が、彼を内側から引き裂こうとする。そして、母エララのあの視線。
この世界における「ルシファー」という名の重みが、少しずつ明らかになっていきます。
アリスはこのまま壊れてしまうのか、それとも……。
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次話、「目覚めと亀裂」にご期待ください。




