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色欲の熾天使

いつも温かい応援をありがとうございます。

今回は激しい戦闘描写や、将軍クラスの強大な敵の威圧感を表現することに全力を注ぎました。海外から執筆しているため、もし日本語のニュアンスに違和感があったり、「もっとこういう格好いい言い回しがあるぞ!」というアドバイスがあれば、ぜひ教えてください。

皆様の声が、この物語をより鋭いものにしてくれます。

第19話、どうぞお楽しみください!

人影は言葉を発しなかった。一歩前へ踏み出す。だが、その足が床に触れるより早く、現実が歪んだ。奴は俺の視界から消失したのだ。鍛え上げた反射神経をもってしても、反応はコンマ数秒遅れた。

「――ッ!」

奴は俺の目の前に現れた。息が詰まるほどの至近距離。動きを捉えた。速い、正確だ、そして致命的だ。純粋な本能だけで、俺は両腕を交差させ、高い位置でガードを固めた。衝撃は硬質だった。爆発的な剛力が俺を弾き飛ばす。背中が壁に激突し、肺から空気が一気に絞り出された。

「アリス!」父さん(ジャレッド様)の叫びが静寂を切り裂いた。

奴が動くのは見えなかった。だが、奴はすでにそこにいた。俺の喉元へと手を伸ばし、覆いかぶさってくる。それは捕縛のためではない。骨を砕くための動きだ。

「離れろ!」

金属光沢がその攻撃を遮った。父さんだ。彼の剣が奴の剥き出しの腕と衝突し、廊下全体に轟音が鳴り響いた。受け流しには成功したものの、俺たちはある恐ろしい事実に気づいた。襲撃者の腕には、かすり傷一つ付いていなかったのだ。

「……何て野郎だ……」父さんが、力を込めた歯の間から漏らした。

人影は瞬きする間に再びかき消えた。父さんは反射的に鋼の刃を割り込ませたが、奴の拳が刀身を叩いた衝撃は凄まじく、彼を宙へと吹き飛ばした。奴は勢いを殺さず、俺の顔面へと襲いかかる。

衝撃が届く直前、その軌道上にシズカが具現化した。彼女自身の拳で、その一撃を食い止める。力の激突は凄まじく、圧力に耐えかねた彼女の腕の皮膚が裂け、鮮血が飛び散るのが見えた。

人影は数歩後退し、ようやく凍てつくような笑い声で沈黙を破った。

「おやおや……」嘲るようなトーンで奴は言った。「ただの人間が、私の一撃を受け止めるだけの強度(整合性)を持っているとはね」

「貴様、何者だ?」シズカが問う。両腕から血を流しながらも、その構えは微塵も揺るがない。

「初めまして、人間。私の名はキメラ。『色欲』の熾天使セラフィム。七つの大罪が一柱だ」

『七つの大罪』。その名が、前世の記憶の残響のように脳裏で共鳴した。あちらの世界では、それらは人間の卑しさを説く神学的な概念に過ぎなかった。だがこの世界では、それは肉と骨を持ち、論理を歪めるほどの力を備えた「怪物」の名だった。

「……貴様の目的は何だ?」シズカが警戒を解かずに問う。

父さん(ジャレッド様)は苦悶混じりに身を起こすと、俺の元へ辿り着き、その実戦で鍛えられた手を俺の肩に置いた。

「アリス、今すぐ母さん(エララ様)のところへ行け」反論を許さぬ重圧を込めて、彼は命じた。「彼女はアズミとエイラと一緒にいる。お前が彼女たちの『盾』になるんだ。いいな?」

兵士として、戦場に迷いの余地などないことを俺は知っていた。俺は頷き、狂乱に近い速度で駆け出した。

「そう簡単に逃がすと思うかね?」キメラが断じ、俺を阻むべく再び消失する。

だが、俺は動じなかった。シズカが再びその進路に現れ、絶対的な決意をもって立ちふさがったからだ。

「……我らを越えてから行くがいい」彼女が言い放ち、父さんもその傍らで熾天使セラフィムを挟撃する位置に付いた。

エリガクを足跡に従わせ、俺は永遠とも思える距離を走った。

「急げ、エリガク!」俺が命じると、奴は短く鳴いて俺の肩へと鮮やかに飛び乗った。

ようやく母さんに追いついた。彼女は必死の力でエイラを胸に抱きしめていた。その隣では、アズミが張り詰めた警戒態勢で周囲を睨み据えている。

「早く!」アズミが切迫した声で唸る。「ここを脱出するわよ」

「了解した」俺は即座に持ち場に付いた。

俺たちは「ダイヤモンド陣形」を展開した。前衛に道を切り開くアズミ、中心の保護区域に赤ん坊を抱いた母さん、そして死角を埋める後衛リアガードに俺。死角を最小限に抑えるための、最も合理的な構造だ。前進しながら、アズミが真剣な眼差しを俺に向けた。

「アリス、聞きなさい」彼女は鋭い声で言った。「あんたは子供だけど、その頭脳は現実を異質な速さで処理している。私はあんたと母様(エララ様)を同時には守れない。今日、これまでの鍛錬の成果を見せなさい。家族を守るという約束……果たすのよ。いいわね?」

「……了解だ」俺の書き換えた声に、迷いはなかった。「しくじるつもりはない」

出口のしきいを跨いだ瞬間、惨状の規模が正面から叩きつけられた。空気は灰で飽和し、悲鳴の残響が鼓膜を震わせる。俺たちの故郷であるこの村が、悪夢の軍勢に喰い荒らされていた。

「アリス!」瓦礫を避けながらアズミが再び呼んだ。「この怪物どもは個体としては弱い。意思がないから攻撃もバラバラよ。でも今回は、単なる悪魔以上の『何か』が奴らを統率している。それが奴らを致命的な存在に変えているの」

「……『何か』だって?」俺は問い返したが、心の底ではすでに答えを知っていた。

「父様(ジャレッド様)とシズカが屋敷で食い止めている『あれ』よ。行くわよ!」

進軍を続ける俺たちの前に、最初の手先が現れた。アズミは歩調を乱すことなく、恐ろしいほど流麗な動作で双剣を抜き放ち、瞬きする間にそれを仕留めた。一体、二体、三体と奴らが鋼の露と消える。そして、次の一体が俺に襲いかかった。

肩の上でエリガクが毛を逆立て、接近警報アラート代わりの威嚇音を上げる。俺は本能で動き、重心を移動させて突進を回避した。この小さな身体が許す限りの武術の粋を込め、鋭く重い一撃を叩き込む。魔力マナが足りず、とどめを刺すには至らなかったが、その衝撃は奴を無力化させるに十分な精度を持っていた。

……俺たちが脱出路を切り開こうと足掻いている間、シズカと父さんは、キメラという名の「厄災」を前に前線を死守していた。

ジャレッドは攻勢に転じ、鋼の残像と化した。彼の剣は、精鋭部隊をも数秒で微塵切りにするであろう速度で刺突と斬撃の網を描き出す。しかし、熾天使は侮蔑的なまでの流麗さでそれを受け流した。まるで彼にしか聞こえない旋律に合わせて踊っているかのように、最小限の、怠惰ですらある動きですべての軌道を回避していく。

キメラが反撃に移る寸前、シズカが奴の背後に具現化した。前口上はない。地震のような破壊力を秘めた一撃を叩きつける。その衝撃に、熾天使は初めて反応を強いられ、緊急のガードで両腕を交差させた。衝突の慣性により、奴の身体が数メートル後方へと引きずられる。

「素晴らしい!」キメラが狂乱した笑い声を上げた。「この村は、前のところよりもずっと刺激的だね!」

突如、奴の表情が変わった。首を傾け、獲物の痕跡を見つけた猟犬のような執拗さで空気を嗅ぎ始めたのだ。瞳孔が見開かれ、俺たちが逃げ延びた方向へと固定される。

「……どうやら、私が捜しているものは本当にここに居るようだ」奴は捕食者の笑みを浮かべて呟いた。「とても、とても近くにね」

「ジャレッド……」シズカが、こめかみに汗を流しながら呟いた。

爆発的な一撃を放つ構えを取りながら、彼女は問う。

「……本当に、あれなのですか?」

「……その通りだ」父さん(ジャレッド様)が答えた。彼は抜刀の構え、下段の構えを維持し、いつでも斬撃を放てる態勢を整えている。「奴は『色欲のキメラ』。堕王軍だおうぐんが七将軍が一柱だ」

その称号が口にされた瞬間、廊下の温度が10度ほど下がったかのように感じられた。シズカは奥歯を噛み締める。伝承は知っていた。だが、その「厄災」の一角を目の当たりにし、同じ空気を吸うということは、並の冒険者にとっては死刑宣告に等しい。

「ならば……」シズカは深く、ゆっくりと息を吐き、絶対的な集中状態ゾーンへと入る。「……ただの魔物ではないのですね。これは『処刑』そのものです」

キメラが、ガラスが砕けるような不快な笑い声を上げた。細身で不規則な動きを見せるその肉体は、狂気じみたエネルギーで震えているようだった。

「おや、私のことを知っているのかい! 光栄だねぇ!」熾天使セラフィムは歓喜し、拍手をしながら小さく跳ねた。「だが勘違いしないでくれ。私は君たちの首を取りに来たわけじゃない……。もっとも、君たちの動きを見ていたら、少しばかり執着エンカプリチョしてしまったけれどね」

瞬きする間に、キメラが動いた。走ったのではない。ただそこに居たはずの奴が消え、二人の中心へと再出現したのだ。黒曜石の爪のような指先が、致命的な弧を描いて迫る。

戦技アーツ:旋風のゲイル・ウォール!」父さんが咆哮した。

彼の剣が精密な軌道を描き、空気の圧力による盾を形成する。キメラの爪を顔面からわずか数ミリのところで弾き飛ばした。同時に、シズカがその隙を突く。彼女のスタイルは異質だ。武器を持たず、彼女自身が「兵器」そのものだった。かかとにマナの流れを集中させ、熾天使のあごを狙った斬撃のごとき蹴り上げを放つ。

衝撃音が雷鳴のように轟いた。キメラはその一撃を真っ向から受けたが、吹き飛ぶどころか、首を不自然な角度に曲げたまま、ただ……微笑んだ。そして人外の速度で、宙にあるシズカの足首を掴み取った。

「……体が硬いよ、お嬢さん」キメラが囁く。

「放せッ!」父さんが割って入り、軸を回転させて純粋なエネルギーを纏わせた水平斬りを放つ。

首をねようとするその刃を避けるため、キメラはシズカを放すことを余儀なくされた。三者は距離を取る。廊下にはひび割れた壁と、ささくれ立った木の床という破壊の爪痕が残されていた。

シズカは俊敏に着地したが、その呼吸は乱れ始めていた。彼女は父さん(ジャレッド様)を見やり、微かな合図を送る。「全軍攻勢フル・オフェンス」への移行だ。二人は理解していた。これは勝つための戦いではない。「時間を稼ぐ」ための戦いなのだと。もしアリスたちがキメラの知覚範囲レンジから脱出できなければ、全パンゲアが新たな悲劇の誕生を目の当たりにすることになる。

「ジャレッド……」シズカは熾天使から目を離さず、低い声で言った。「……何としてでも、ここで奴を止めなければなりません。たとえ、どんな犠牲を払っても」

父さんは頷いた。その表情は、冷徹な決意を秘めた仮面へと変貌していく。

真の死闘が、今、始まろうとしていた。

家族のために。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

ジャレッドとシズカ。二人の手練れを相手に、遊び半分で圧倒するキメラ。

アリスが下した「兵士としての決断」、そしてアズミから託された「家族を守る約束」。

物語は、ついにこの「地獄の連作」のクライマックスへと突入します。

次回、第20話。このアークの最終章です。

アリスの覚悟、そしてヴァンクロフト家の運命を援護したい方は、ぜひ評価【☆☆☆☆☆】とブックマークで、作戦への支援をお願いします!

「地獄」の果てに何が待っているのか……。次回の更新、絶対に見逃すな。

作戦継続ミッション・コンティニュー

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