アルデバラン〜牡牛座より〜
『冬の童話祭2026』テーマ『きらきら』『冬』を題材にして、冬に見える星座の牡牛座の話を書いてみました応募作品です。
誤字脱字等々を修正しました。
よろしくお願いします。
雪がちらほらと降り始めた夜、とある一軒の家に明かりが見えました。
その家の窓から外を指差しながら、小さな少年は
「ねぇ、ママ、雪が降ってるよ。
さっきまでは全然降っていなかったのに」
少年のパジャマを持った母が、少年と一緒に窓から外を覗き込みながら
「あら、本当。
嫌ねぇ…これじゃあ寒いわけよ」
そう言いながら溜め息を吐きました。
少年は空で大きく輝く星を指差して
「ねぇママ、あの大っきい星は何の星?」
と聞きました。
母は少年の指差す方向を見上げ
「あぁ、あの赤い星はアルデバランという星よ。
アラビア語で追跡者という意味があるの。
ほら、アルデバランの隣の星とその上の星、そしてその隣の星を線でつないだらお牛さんの角の形をしているでしょう?
そしてその線と線が交わってまっすぐ右下に下りた所のお星様を二つ結んで、その星から真左の所と左斜め下辺りの星を結ぶと、お牛さんの足のように見えるでしょ?」
「え〜?
う〜ん…僕よく分かんないや」
難しい顔をしながら少年は、めいいっぱい空を見上げた。
「そう。
今の季節ならまた見られるわよ」
「え?
そうなの!?
星占いでは牡牛座って春の星座なのに冬に見えるなんて不思議だね」
「そうね。
さ、もう夜も遅いし寒くなってきたから布団に入りなさい」
「え〜…まだ眠くないよぉ。
ねぇねぇ、それよりもどうしてアルデバランは追跡者なの?
何を追いかけてるのかな?」
「そうねぇ、実はアルデバランにはもう一つ意味があって"後に続くもの"と言う意味もあるの」
「そうなんだ。
う〜ん…でも、何に続くんだろう?
何が続いていくのかなぁ?」
そう言いながら少年は首をかしげました。
「それにはね、ちょっとしたお伽話があるのよ。
聞きたい?」
「うん!!
聞きたい!!」
「うふふ…じゃあ、早くパジャマに着替えてお布団に入ったら話してあげる」
「本当!?
じゃあ着替える!!
ママ、早く早くー!」
「はいはい」
母は愛しい者を愛でるような優しい笑みを浮かべ、少年を着替えさせた。
「さぁ、もうお布団に入って」
母がそう言うと
「はーい」
元気よく少年はベッドに潜り込みました。
「ちゃんとお布団に入ったよ!
ねぇママ、早くお牛さんのお話聞かせてよ」
急かす少年に
「はいはい。
じゃあ、ちゃんとお布団かぶって横になって」
「うん」
言われるままに枕に頭を乗せる少年に、本でも読み聞かせるかの様に母は語り始めました。
昔々、あるところに我儘で傲慢な魔女がおりました。
魔女はその性格の通り目は釣り上がり、口は大きく耳まで裂け、鼻も口まで届く程にとんがった長い鼻をした恐ろしい風貌をしておりました。
魔女はいつもか弱い子供を森の手下どもに攫わせては、それを喰らうて生きておりました。
この森ではこの恐ろしい魔女に逆らう動物はおりません。
もしも逆らえば、自分が喰われる側に回るだけだからです。
この森では魔女こそが王様なのです。
ある日、魔女は森の手下どもからお城で舞踏会が開かれる噂を聞きつけます。
なんでもこの国の王子様がお年頃になられて戴冠式が近いとの事で、その戴冠式を終えたその後に、その王子様に相応しい王妃を見つけるための舞踏会なんだとか。
魔女は早速乗り気になり、高らかに笑いました。
「これは面白い。
この私が次の王妃に選ばれれば、この森のみならず、この国中さえもこのアタシの手中。
これは狙わない手は無いね!
アッハハハハ!」
魔女は早速鏡に向かい自分に魔法をかけました。
「鏡よ鏡、この世で一番美しい姿に変えておくれ」
魔女がそう唱えると、恐ろしかった魔女の風貌はあっという間にこの世の者とは思えぬ美しい風貌に変わりました。
煤けたローブもダイヤにエメラルドにサファイア、色とりどりの美しい宝石が散りばめられ、金や銀の刺繍で施された美しいドレスに変わりました。
魔女は自分の完璧な魔法を前に、また鏡に向かって高らかに笑いました。
「ホッホホホホッ!
さすがアタシの魔法は完璧だね。
美しい!
美しいわ!!
これなら王子とやらも私の虜になる事は間違いないね」
魔女は早速魔法で金の上等な馬車を出し、お城へ出かけていきました。
お城には皆めいめいに美しく煌びやかに着飾った女たちが集まり、誰もが王子様の登場を待ち望んでいる様子でした。
「フンッ、雌ブタどもめ。
どいつも大した容姿やドレスじゃない癖に、図々しく集まってきよって。
あんたたちなんてどうせ選ばれやしないよ。
何たってこのアタシはこの世で一番美しいんだからね!
アタシが鏡にそう願ったんだから間違いないんだよ」
魔女は鼻で嘲けり笑いました。
後に王子様が現れ、皆の注目は王子様に集まりました。
王子様は想像していた以上に眉目秀麗な顔立ちをしており、魔女は思わず王子様に見惚れてしまいました。
国王様と王子様それぞれの挨拶の後に皆、室内に並べられている豪華な料理やワインなどをめいめいに楽しんでおります。
皆、いつ王子様からダンスのお誘いのお声掛けがあるかを内心期待しているようで、笑顔を浮かべながらもどこか落ち着かな気な表情を浮かべておりました。
「馬鹿だねぇ、あんたたち。
きっかけなんてもんはねぇ、自分で作るもんさぁ」
ニヤリとシニカルな笑みを浮かべて魔女はボソリとそう呟き、ワインの入ったグラスを片手に一直線に王子様の元へと歩き始めました。
そして王子様の様子を伺いながら、王子様が歩き出すのを持ち構えました。
他の女性との会話を一通り終え、次の女性の元へと歩き出そうとした所で、魔女は勢いよく王子様の前へと飛び出したのです。
魔女と王子様はぶつかり、その勢いを借りて魔女は王子様にグラスのワインをかけたのです。
「おっとごめんよ、お嬢さん。
咄嗟だったから避けることが出来なかったよ。
大丈夫かい?」
王子様は転んだふりをした魔女に手を差し伸べました。
「はい、大丈夫です。
わたくしの事など気にかけて頂いて、その上お気にもかけて頂くだなんて本当にありがとうございます。
でも、それよりも私の方こそすみません。
王子様の上等なお召し物にわたくしのワインがかかってしまいましたわ」
そう言いながら王子様の手を掴み、起き上がる魔女。
「僕の事なら良いのです。
それよりもお怪我はありませんか?
お嬢さん」
「はい、わたくしは大丈夫です。
それよりもあらあら、どうしましょう。
せめて染みにならぬようこれで拭いてくださいまし」
そう言って魔女はハンカチで王子様の服を拭いきました。
「あぁ、いえ、僕の方は本当に大丈夫です。
それよりも、もしよろしければ僕と一曲踊って下さいませんか?」
そう言って王子様が再び手を差し伸べると、魔女は密かに「してやったり」と言わぬばかりにほくそ笑みました。
「はい、こちらこそ喜んでお受けいたしますわ」
そう返事をし魔女は王子様との踊りを楽しみました。
王子様は眉目秀麗な顔立ちのみならず、ダンスのエスコートも優雅で力強く、時折見せる笑顔も爽やかで、どれを取っても完璧でますます魔女は王子様に惚れ込んでしまいました。
千年以上も生きる魔女と言えど、こと恋心においてはその辺にいる普通の女性と何ら変わりのない女だったのです。
やがて夢のような一時だったダンスも終わり、王子様は魔女にこう言いました。
「楽しかったよ、お嬢さん」
「こちらこそありがとうございました。
あなたの名前をお聞かせ願いますか?王子様」
「はい、僕の名はウルースタです。
ではまた、お嬢さん。
いつかまた会えるといいですね」
王子様はそう言い魔女の元を後にし、また次の女性の方へと歩いて行きました。
その姿を見て魔女は思いました
「あの女ども邪魔だねぇ…。
さて、どうしたもんか」
ボソリとそう呟きながら魔女は首を傾げました。
策を考えている間に舞踏会は終わり、王様よりパーティーの締めくくりの言葉がありました。
王子様より選ばれし者は後日、家に城の使いの者が迎えに来るとの事。
魔女は不安に駆られました。
鏡に命令しこの世で一番美しい容姿に変えてもらったとは言え、恋とは容姿だけでなくきっかけも重要なのです。
もし口の上手い他の女どもにたぶらかされてしまっては、アタシの美しい容姿とて何の役にも立たないのだ。
そう思った魔女は手下の蝙蝠に聞きました。
「王子の周りを取り巻いていたあの薄汚い雌ブタどもに消えてもらうにはどうしたらいいもんかねぇ?」
目を細め、ニタリとしながら魔女はそう言いました。
すると蝙蝠は
「キー、キー、街の井戸に毒を蒔いたらどうでしょうか?
魔女様の作る毒はどんな大きな動物さえもコロリと一撃ですキィ。
あの街の井戸は街中の人間誰もが口にしますキィ。
平民、貴族関係ありませぬキィ」
「ウッヒャッヒャッ!
それは名案だ。
あの雌ブタ共々みな死んでしまえばこっちのもんさ。
王妃の座はアタシのものよ!!
アッハハハハ!」
声高らかに笑うと魔女は早速毒薬を作り、人に気づかれぬよう深々とフードを被り、街の井戸に毒を流し入れました。
「クックックッ…」
一人ほくそ笑みながら魔女は家で果報を待ちました。
程なくして手下の蛇が街の様子を知らせに来ました。
井戸の水を飲んだ者たちがバタバタと倒れて、街中がパニックになっていて、お城の兵士たちも皆その対応に追われているとの事だった。
「ヒッヒッヒッ…。
ヒャーッハッハッハッ!
いい気味だ。
さて、何人死んだかな?
ウヒャヒャヒャッ」
魔女は勝ち誇ったように大笑いしました。
そしてその頃お城では
「王様、駄目です!
街中の水源が全て毒に汚染されていて飲めません。
街中の井戸や川の水なども動物に飲ませたりして確かめてみましたが、どこの水も駄目でした」
兵士が国王様にそう知らせました。
国王様は
「う〜む…これは大変な事だ。
このままでは街のみならず、城中の人間が水不足で死んでしまう。
どこか別の水源を探さねばなるまいな…」
王様はそう言って顎を手で擦りました。
「お父様、僕が新たな水源を探して参ります」
そう言って立ち上がったのは王子様でした。
「むむっ…しかし、お前はまだ戴冠さえされていない若輩者。
お前にはこの先この城を継いでもらわにゃいかんのじゃ。
一人で外に出すなぞわしは認めん」
王様の言葉に城の兵士たちも次々に賛同し
「そうですぞ。
王子様が行かれるくらいでしたらわたくしが!」
「いや、わたくしめが!」
「いや、私こそが行かせて頂きますぞ!」
口々に兵士たちが声を挙げます。
「しかし君たちは街の方で手一杯だろう?
大丈夫、何かあったらすぐ戻るしやはり僕が行ってくるとしよう!」
「なりません、王子様!」
止める兵士たちの声をよそに、王子様は急いで厩舎に向かい、馬乗り勢い良く駆け出しました。
街の水源と繋がっていなさそうな、どこか遠くの水源を探さねば。
そう思い王子様は出来る限り街や城から離れた場所へと馬を走らせました。
どのくらい走ったのでしょう。
数十分?
いえ、数時間は走ったかもしれません。
丘を越え、森を抜けた後に湖のほとりへ辿り着きました。
そこには一軒の小さな小屋があり、その小屋の隣には小さな井戸がありました。
王子様はふと喉の渇きと疲れを感じました。
それにずっと走りっ放しだった馬にも水をやらなくてはなりません。
ここの水は飲めるだろうか?
もしも飲めるのなら水を分けて欲しいし、ここは城からはかなり遠いが、ここから水を街に運んで行く事も出来るかもしれない。
この小屋に住人はいないのだろうか?
少し話が聞きたい。
そう思い辺りをキョロキョロと見回しました。
辺りには誰もおりません。
依然としてシーンと静まり返っております。
「困ったな。
誰も住んでいないのかな?
水を飲みたい所だけど、もしも毒がこちらまで回っていたらって思うと飲むというわけにもいかないし…」
ポツリとそう呟きながら王子様は小屋の窓をそっと覗いてみました。
部屋の中には心もとない程の細い木で作られたボロボロの藁が敷き詰められたベッドと、年期が入って煤け、やや傾いた丸太のテーブル。
それと水汲み用かと思われるガタガタに歪んだ木製の桶、煤まみれの古いオーブンがある他は何もない。
質素な部屋ではあるものの、どれも年期が入って古くは見えるが埃が積もっている様子は無いため、誰かが住んでいると言う事だけは伺える。
家主はどこへ行っているのだろうか?
すぐに帰ってくるのなら良いが、いつになるかわからない事に王子様は不安を覚えました。
かといって帰るにも、このまま何もせず帰ったのではどのみち城でも水不足で皆共倒れになってしまうであろう。
それに実の所を言うと、既に帰る道すら分からないのだ。
家主がいつ現れるかは分からないが待つしか他に手立てもないので、王子様は小屋の小さな柵に馬を繋いで小屋の中入りました。
暫くの間、やや傾いて古びた椅子に座って待っていましたが王子様は数時間もの間、ずっと馬に乗り走りっ放しだったため、急に疲れと眠気を感じ始めました。
他人の家のベッドに入り込んで勝手に寝る事に少々の罪悪感を感じはしましたが、睡魔には勝てません。
罪悪感を感じながらも王子様はそろりそろりとベッドに潜り込み家主が帰るまでの間、眠りながら待つことにしました。
藁のベッドは見た目よりもフカフカしていて、想像以上に温かかいものでした。
心地よさを感じながら、あっという間に王子様は藁の布団の中で眠ってしまいました。
王子様が夢見心地でぐっすり眠っていると、何かが聞こえます
「ピチュピチュ。
アオン、アオーンッ。
キュルキュル…」
「え?
誰かが私のベットに寝ているですって?」
「キッキーッキキッ!」
「え!?
私と同じ人間ですって!?
珍しいわね、この辺で私以外に人間を見かけるだなんて」
誰かの話し声が聞こえたので、王子様はハッと目が覚めました。
目を開けると、こちらの顔を覗き込むように小さな少女と数匹の動物たちがおり、王子様は驚きのあまり飛び起きました。
「あ、ごめんなさい。
びっくりさせてしまったかしら?
今日は隣の町まで買い出しに出掛けていたから、帰って来た時にこの子たちが大騒ぎしていたので私も驚いたのよ。
あなたは誰?
どうして私のベッドに寝ていたの?」
「あ、ごめんよ。
僕はウルースタっていうんだ。
今、街の水が毒に汚染されていて大変な事になっているんだ。
だから街とは別の水源を探しに馬に乗って遠くまで来てはみたものの、実は道に迷ってしまって…。
喉も渇いたし、帰り道もわからないしで困り果てていた所にここへ辿り着いたんだ。
誰かいないかなと思って窓の方を覗いてみたんだけど、誰もいなくて。
部屋に勝手に入るのも申し訳ないとは思ったんだけれど、朝からずっと馬で走り放しで疲れていて…。
それで部屋の中の椅子で待たせてもらっていたんだけど、段々と眠くなってしまってついベッドに潜り込んで眠りこけてしまったと言ういきさつさ。
勝手に部屋に入ってごめんよ」
「いえ、良いのよ。
この辺で私以外に人間を見かける事はあまりないから、この子たちも少しびっくりしちゃっただけなのよ。
全然悪気はないの、許してね」
「いや、良いんだ。
こっちこそ勝手に部屋に上がらせてもらってごめんよ」
「いえ、良いのよ。
それよりお腹空いてないかしら?
今日はお魚を売ったお金で小麦粉が手に入ったから、パンでも作ろうと思うの」
「本当かい!?
ちょうどお腹がペコペコだったんだ、助かるよ」
「じゃあ今から作るから待っててね」
「ありがとう。
ついでにもう一つ君に聞きたいことがあるんだけど、ここの井戸の水は飲める水かい?
さっきも話したけど僕の街の水は皆、毒で汚染されてしまって飲めなくなってしまったんだ」
「それは大変ね!!
あなたの街の事はよく分からないけど、ここのお水はちゃんと飲めるわよ、ね?」
少女が動物たちに聞くと、動物たちは皆揃って頷いた。
「君、動物と話ができるの!?
凄いや!!」
「そうみたいね。
前にここへ迷い込んできた旅人さんも同じように言っていたわ。
私、小さい時からずっとここで住んでいたからそれって普通の事だと思っていたの」
「そうなんだね。
そういうもんなのかなぁ…?」
「うん、分からないけれどそうなのかも…。
さて、お話はここまでにして早く晩御飯の支度をしなくては!
遅くなってしまうわ」
「僕に何か手伝える事はあるかい?
ただ待ってるのも暇だからね。
僕にも何か手伝わせておくれよ」
「ありがとう!
じゃあ、そうね。
まずは井戸で水を汲んできてもらえるかしら。
今日森のリスたちが拾ってくれた木の実があるの。
それを茹でてアクを抜くの。
それに小麦粉を練るのにもお水がいるわ。
あそこにある桶いっぱいに汲んできてもらえるかしら?」
少女は古ぼけてガタガタになった桶を指差した。
「いいとも、じゃあ早速組んでくるとしよう!」
王子様は桶を持って井戸へ向かった。
水汲みついでにカラカラだった喉を潤し、繋いでいる馬にも水をやった。
馬も相当喉の渇きを我慢していたのであろう。
桶に溜められた水を見るなり勢い良く飲み始めました。
「ハハハッ、ごめんよ。
今日はお前も疲れただろう。
沢山水を飲んで今日はもうゆっくりお休みよ」
「ブヒヒッ、ブルルッ、ブルルッ」
喉を潤した馬は嬉しそうに鼻を鳴らしました。
王子様は小屋に戻り少女をの料理を手伝った。
木の実を煮てアクを取り、皮を剥いてすり鉢ですり潰し、小麦を練った物にそれを混ぜ、オーブンでパンを焼きました。
小麦と木の実がこんがり焼ける香ばしい香りが辺りを包み、王子様のお腹はグルグルグルッと音を鳴らしました。
少女は
「あらら…ふふっ、良い音ね」
そう言ってあどけなく笑いました。
王子様はそこはかとなく恥ずかしさが込み上げ、はにかみました。
パンも焼け、動物たちが積んできた野草のサラダ、それに蜂蜜もあります。
これも少女のお友達の熊が取ってきてくれた蜂の巣から搾った物だとか。
お城で食べる豪華な料理も良いが、こうした自然の中で取れる素材たちから作られる一風変わった料理に王子様は大変興奮しました。
味も今までに味わった事のない野生味があり、この斬新さがまた王子様の心を湧き立たせました。
動物と話す少女、野生味溢れる森の料理、それに藁を敷き詰めただけの粗末な寝床もまた悪くありません。
王子様はこの楽しいひとときを、いつかは後にしなくてはならない事を惜しく思い、城に帰らなくてはならないというジレンマを胸に秘めました。
しかし城は一刻を争う状態。
いつまでものらりくらりと、ここで遊んでいる訳にはいきません。
後ろ髪を引かれる思いを押し隠しながら翌日、王子は少女に帰る旨を伝えました。
「リラーブ、本当にありがとう。
たったの一日だけれど、本当に楽しい時間を過ごさせてもらった。
本当はずっとここにいたいけど、僕はお城に帰らなくてはならない。
お城の問題が解決したらまたここへ行きたいと思う。
またここへ来ても良いですか?」
「はい、いつでもいらしてください」
さて名残惜しいですが、そろそろお別れの時です。
王子様は道が分からないものの、まずはこの森を抜けて隣の町にでも行けば何か分かるかもしれないと思い、少女にいつも魚を売りに行く隣町への道を聞きました。
すると少女は首に下げていた赤い宝石が埋め込まれたペンダントを王子様の首に掛けました。
「このペンダントにはね、不思議な力があって自分が見たいと思うものを見せてくれる力があるのよ。
お母さんの形見なんだけど貸してあげるわ。
いつかまたここへ戻った時に返してくれればいいから」
「形見!?
そんな大事なものを貸しちゃって大丈夫なのかい!?
いけないよ!
これは君が持っていなくちゃ!」
「良いのよ。
また会った時に返してくれればいいわ。
それよりもお城までの道標が見たいってこの宝石に願ってみて!」
「え!?
この宝石にかい!?
本当にそんな事が出来るのかい?」
驚いて目をぱちくりさせる王子様に少女は
「うん。
いいから、いいから。
試しに願って見せてよ」
ニヤリとした笑みを浮かべる少女に促されながら、王子様はお城へ帰る道が見たいと願ってみました。
するとどうでしょう!
赤い宝石は突然輝き始め、不思議な赤い一筋の光を放ちました。
「ね、何か見えた!?」
「え!?
君にはこの光が見えないの!?」
「うん、それはペンダントをつけている者にしか見えないみたいなの」
「へぇ…不思議なことがあるもんだなぁ…。
本当、君といると不思議な事が多すぎて驚いてばっかだよ」
「エヘヘ…。
私もねそのペンダントの事、初めてお母さんから聞いた日は時は凄く驚いたの」
「そっか…そうだよね。
僕だって驚いたもん。
これは助かる!
ペンダントの光を追っていけば、お城に帰れるかもしれない。
そしてもし無事に着いたらまたここへ来る道をペンダントに聞いてまた来るよ、必ず!
僕の街の水はもう飲めなさそうだから、ここの湖への水汲みに下臣たちを連れて来ても良いかい?」
「それでみんなが助かるのならそうして下さい」
「ありがとう、君には助けてもらってばかりだね。
お城の方が落ち着いたら、今度は僕が君のために何かしたいと思う」
「いえ、良いのです。
そこまで言って頂ける程、全然大した事していないし」
「いや、僕にとっては恩人さ。
ここの水を運べれば街中の人が助かるし、道に迷った僕にご飯も出してくれて家に泊めてくれた。
それにこのペンダント、どれも君には恩しかないよ」
「そんな気にしなくてもいいのに」
「さて…じゃあそろそろ行くよ、僕」
「うん、気をつけて!」
後ろ髪を引かれる思いで、王子様はリラーブの元を後にしました。
王子様はペンダントの光のおかげで無事城へ帰れる事が出来ました。
王子様は早速下臣たちを湖に連れて来ました。
荷馬車に積んだ沢山の樽に水を入れ、再び城戻るという作業を繰り返しました。
しかし道はペンダントをつけた者にしか分からない為不便でした。
毎回誰かの水汲みに来る度に王子様が引率するというのは不便過ぎます。
そこで下臣たちに沢山の木や石などの目印になる物を集めてもらい、湖までの道標として落としてもらう事にしました。
これで城の下臣のみならず、街の民衆たちも自分たちで足を運ぶことができます。
当面の間はこれで水不足も解消されました。
ですが湖から城への道のりが遠いのはやはり不便です。
かと言ってこの街の水源と湖を繋げてしまっては、湖の水も毒で汚染されてしまうため、それぞれ街の水源を別々にしなくてはなりません。
そこで王子様は国王様に提案しました。
「現在城と湖の間には何も無い状態です。
だからその中間地点に街を作った後に湖の水を水源とした水路をその町に作り、そこからこちらへ水を運ばせたらどでしょうか」と。
王子様の案に王様も賛成し、早速街中におふれを出しました。
"力のある男衆たちは水源を確保する為の町作りに協力するように"と。
これには王様の命ではなかったとて誰も嫌とは言えません。
どの道この街でただ何もせず黙っていたとて、水不足で苦しむのは一目瞭然です。
男たちは誰も拒む事なく町作りに参加しました。
何せあんなに遠い道のりなのです。
木材や石材を運ぶだけでも容易ではありません。
街中の男集たちが全員出払っても人手はいくらあっても足りない程でしたので、王子様も労働に加わりました。
しかし辛いことばかりではありません。
町作りに参加という大義名分があるため、王子様は数日に一度は現場を抜け出しては少女に会いに行きました。
重労働の合間の癒しの一時です。
会う度会う度に互いにいっそう心惹かれていきました。
少女は春風のように温かい雰囲気をしており、少女笑うと周りの動物たちのみならず、辺りの草木までもがサワサワと彼女に笑いかけているかのようにすら見えるのです。
お城で会ったどんな女性たちとも違い、たとえ着飾らなくとも、言葉が丁寧でなくとも、所作が美しくもありませんでしたが、何故かずっとここに留まっていたくなってしまうような癒しの様な力を感じるのです。
王子様は会ってわずか数回でこれまでに経験した事もない急激なスピードで、少女に心ときめかせてしまったのです。
王子様はいつしかお城の問題が解決したら、この少女を迎えに来て妃にしたいと考えるようになりました。
ある日、王子様はリラーブにこう言いました。
「お城の問題が解決したら、君を僕の妃に迎えたいと思う。
僕と結婚してくれますか?」
リラーブは大変驚きました。
まさかこんな事を言われるだなんて想像もしていなかったからです。
それとウルースタも自分と同じ事を思っていただなんて夢にも思わなかったのです。
リラーブもまた、初めて会った日から初めて会った気がしないようなどこか懐かしい感覚を王子様に感じておりました。
自分が生まれる遠い昔にもどこかで会ったのではないか、とさえ思う程どこか心の深い所で繋がっているのではないかと思ってしまう程、かつて感じた事のない恋心が胸に湧き起こっていたのです。
彼といるひとときは何をする時でも、料理や食事、掃除をする瞬間でさえ、非常に楽しく、温かく柔らかく、凄く甘い時間でした。
しかし王子様はこの森の者ではない。
いつかはお城に帰らなくてはならない存在。
いつかは離れてしまうのだ。
そんなふうに考えると胸にモヤモヤした気分が広がりましたが、自分の我儘で「城帰らずにずっとここにいて欲しい」だなんて言うわけにも参りません。
少女はこの数日間、自分の気持ちを上手く表現する事も出来ずにいたのです。
しかし王子様の方から自分が表現したかった事を言葉にしてくれたのですから、迷うことなく少女は
「はい」
そう答えました。
少女の答えに王子様も満ちたりた気分になり、思わず少女を抱き寄せました。
少女の生温かい体温、匂いが伝わってきます。
少女もまた自分と共鳴するかのように鼓動する王子様の心音に得も知れぬ安堵感を感じました。
二人は共にかつてなかった程に互いを深く愛してしまったのです。
一方、その頃魔女は街の水源に毒を巻いてから暫く経ちましたが、あのお城の方からは王子様の婚儀の話などは何も知らされておりません。
「そろそろ迎えが来たっていい頃合いなのに、まだ何も音沙汰ないとは。
運良く国中の雌ブタどもが死んでくれればと思って、毒を蒔いてはみたものの上手くいかなかったのかね?
そこのお前、王子の様子がどうなったのか城の様子探ってくるんだよ、良いかい?」
魔女の命を受けた梟は
「ホーッホーッ」
と鳴いて飛び立ちました。
そして街の水源とは別の水源を作るための町作りに皆出払っていて、王子様もそれに参加しているとの知らせを梟から受けました。
「ふーん…まぁ街の人間がどうなろうと私の知った事じゃないけど、これは暫く婚儀どころではなさそうだね。
まぁ、果報は寝て待てって言うし。
こっちはこっちで落ち着くまでは暫く適当に過ごしていればいいさね。
アッハハハハ!」
魔女の高らかな笑い声は森中に響き渡りました。
そしてその後、月日は流れ街も水路も出来上がりようやく国からの労働の任が解かれ、民衆は歓喜に満ち溢れました。
水のある場所に人が集まり、ほとんどの民は新しい方の町へと引っ越しました。
ただし、住民がいなくなってしまえば国は廃れてしまいます。
ですから国王様はこの街に残った者には褒美を取らせる事とし、街に人が残るようにしたのです。
多くの人々の努力の甲斐あって、ようやく水不足は解消されました。
国の水不足問題の解消の一番の功労者は、水源を探し当て道を作り、町作りの提案をし、積極的に町作りに参加した王子様です。
王子様はこの国中の誰よりも一番勤勉に取り組み、努力をした事は王様も見ていました。
王様は自分の知らぬ間に、いつ戴冠したとしても安心して後を任せられると安堵出来る程に王子様が成長していた事に喜びを感じました。
ですから次は保留となってしまっていた王子様の戴冠の儀式と婚儀の話に取り掛からねばなりません。
翌月、王子様は慣わし通りに戴冠の儀式を終えリラーブを王妃に迎えました。
ところが…。
今まで何も知らず、今か今かと王子様の迎えを待っていた魔女が手下どもからその知らせを受けて激怒しました。
「何てことだ!!
このアタシの目を掻い潜ってあの泥棒猫が!!
聞けば名家でも貴族でもないただの貧乏な女だって言うじゃないか!!
卑しい雌ブタの癖にこのアタシを差し置いて幸せになろうだなんて、図々しいにも程がある!!
よくも…よくも…!!!!
あの男は、アタシのものだ!!!
おのれ!!
よくも!!!
ただ殺すだけはだけでは飽き足りぬ!!!
あの身の程わきまえない女に死ぬよりも辛い地獄を味わわせてやる!!!
覚えておくが良い!!
必ずや復讐してやる!!!」
魔女の怒りは森中が震え上がる程で、木に止まってていた者、休んでいた者、餌を喰らうていた者、誰もが恐れ慄きその場から逃げ出しました。
「さて、どうしてやろうもんかね」
魔女は梟に聞きました。
「魔女様、こうなされてはどうでしょう?
あの女を醜いヒキガエルに変えてしまうのです。
そして魔女様はあの女のお姿になれば全て魔女様の思いのままになりましょう。
ヒキガエルは適当に殺しておけば良いかと」
「名案だが、それだけじゃ足りないね。
ただ殺したんじゃアタシの怒りが収まらないよ。
もっとあの女を苦しめてやらねば私の煮えくり返った腹わたの行き場がないさね。
さて、どうしたもんかねぇ…」
部屋の中を歩きまわりながら魔女はブツブツと独り言を言いながら熟考しました。
「そうだ!!
良い事を思いついたよ。
あの世間知らずそうなボクちゃんを騙して、あの女が偽物って事にするんだ。
アタシは姿を見られないようにローブを被っておいて、そしてあの女に魔法をかけるのさ。
「あの女は偽物だから本当の姿が見える魔法かけてあげる」なんて言ってな。
そしてアタシの姿とあの女の姿を取り替えるのさ。
そして「ほらあの姿こそが、あの女の本当の姿だよ」とあのボクちゃんに聞かせるのさ。
そして「本当の私はこっちよ」とあの女に化けたアタシがフードを取るんだヒヒヒヒヒッ!!
あの女そっくりに化けたアタシにそう言われりゃ、あのボクちゃんも信じないわけにも行くまい。
アハハハハッ!!
そして「あの女はおぞましい魔女だ」と国中の人間に流布するのさ。
「王子どころか、国中の人間までもを騙し、国を乗っ取ろうとしていた」って言ってね。
街中の人間は自分たちが騙されていた事に激怒し、あの女を魔女裁判にかけるだろう。
誰もあの女の言うことなんか信じまいさ。
誰が信じるってんだよ、あんな女!
フフフフフッ!
ハハハハハハ!!!
王子のみならず国中の人間に忌み嫌われ火刑にでも処されれば良い!!
お前は誰からも愛されず、独りきりで死んで行くんだよ!!
そして王子はアタシのもの!!
全てはアタシの思いのままよ!!
アッハハハハッ!!!」
その瞬間、森の動物たちが魔女の邪心に満ちた高らかな笑いに寒気を覚え、一斉に空に飛び立ちました。
まずは魔女は二人にそれぞれ手紙を書きました。
リラーブには"今夜君に見せたいものがある。
0時ちょうどになったら中庭に来てくれ。
ウルースタより"と。
ウルースタには"今夜どうしても聞いて欲しい秘め事があるのです。
あなたにだけ話したいので、0時ちょうどになったら中庭に来て下さい。
リラーブより"と。
魔女の策は上手くいきました。
0時ちょうどに二人は現れました。
そこへローブを深々と被った魔女が、互いに見つめ合う二人の間に割って入り
「お待ち下さい!
その女は私の姿にそっくりに化けていますが、実は偽物なのです!」
「え、なんだって!?
まさか…そんな事あるはずがない」
「いえ、その女は魔女なのです。
その証拠にさぁ、見てて下さいませ。
もうじき月明かりに照らされて、あの女の本当の姿が見えてくるでしょう」
そう言って魔女は月明かりに照らされ始めたタイミングを狙ってリラーブに魔法をかけたのです。
するとリラーブと魔女の姿は逆転してしまいました。
リラーブの姿形は目はつり上がり、口が大きく耳まで避け、口までに伸びるほどに長くとんがった鼻。
本当にお伽話に出てくる魔女そのものの姿を見たウルースタは、変わり果てたリラーブの姿を目の当たりにし恐れ慄き、後ずさりしました。
そして
「さぁ、国王様!
本当の私はここです!」
そう言って魔女は深々とかぶっていたローブを脱ぎました。
その姿は変わり果てる前のリラーブの姿そのものだったのです。
そして
「衛兵さん、魔女がいるわ!!
早く捕まえてください!!
あの魔女が私の姿に化け国王様やこの国中の人々全てを騙し、この国を乗っ取ろうとしていたのです!!
今逃しては後に更なる厄災がこの国に降りかかりますわ!!
絶対に逃してはなりません!」
声高く中庭の物陰に隠れていた兵士たちに命令しました。
そうです。
この兵士たちも魔女が手紙で呼び出していたのです。
これは魔女の策略なのです。
何が起こったのか分からぬぬままではあるが、目の前に恐ろしい形相をした魔女がいるのだ。
誰もが疑いもせず変わり果てた姿のリラーブを捕まえました。
リラーブは城の地下牢に幽閉されてしまいました。
リラーブは自分の身に何が起きたのか何一つ分からず、牢屋で独りしくしく泣きました。
そこへ見張りの兵士が
「おい!
めそめそめそめそと、いつまで泣いていやがるんだ!?
うるせーぞ!!」
「私は魔女なんかではありません。
お願い信じて…」
泣きながら説得するも、証拠なくしては誰も信じてなどくれません。
「そんなの誰が信じるってんだ!?
悪あがきもいい加減にしろよ!
このクソ魔女が! !
おぞましいんだよ!!」
と怒鳴る兵士に
「私が何をしたのですか?
私に何が起こったのですか?
それに…あそこにいた方は、私にそっくりでしたが、何者だったのでしょうか?」
「何っ!?
誰がそっくりだって!?
そんなおぞましい顔でよくぞ身の程知らずな事をを吐けるもんだな!!
どこがそっくりなんだよ!?
皇后様と貴様とでは似ても似つかんだろう?
頭がおかしいんじゃないのか?」
「そんな…」
何を言っても伝わらない。
信じてなどもらえない現実にリラーブは深く肩を落とし、更に泣きました。
リラーブの落とした涙でできた。
水たまりに窓の鉄柵の間から月明かりが差し込みます。
水たまりに映り込んだ顔を見てリラーブは驚愕しました。
これは私の姿ではない。
その姿は目が鋭く釣り上がり、口は耳まで大きく裂け、口まで届く程のとんがった長い鼻。
伝承で伝え聞く魔女の姿そのものだったのです。
リラーブは落胆しつつも、自分が今置かれている状況が少し理解できたのです。
そしてこの後自分が処刑されてしまうことも。
その頃城内では
「国王様、旅の商人が上等な布が手に入ったとの事でお越し頂いてるんですが…」
兵士がウルースタにそう言うと
「今日は気乗りしないとそう伝え…」
そう言いかけた時、リラーブに化けた魔女が
「まぁ!
それは良いわね。
ぜひ見せて頂きましょう。
お通ししてちょうだい!」
そう言いました。
「はっ!」
兵士は言われるままに商人を通しました。
皇室にて
「今日お持ちしたのはこの肌触りの良い布などはどうでしょうか?
これは上等なシルクからできておりまして、皇后様がお召しになるにはぴったりな物かと…」
胡麻を擦るように手をモジモジと捏ねながら、恵比寿顔で商人は魔女にシルクの布を見せました。
すると
「なぁに、これ?
凄く地味ね、ダサイわ!
こんな物を見せるために、この私をわざわざ呼びつけたのかい?」
不機嫌そうに目を釣り上げる皇后に
「いえいえ、滅相もございません。
もっと上等な品だってあるんです。
シルクの方は前座としてお見せしただけに過ぎなく…」
「もういいわ。
だったらさっさと出して頂戴!」
「ははっ!!
今わたくしめが持っている物の中で、今日はこれが一番上等でして…。
これはスパンコールを縫い付けて特別な細工を施してあるドレスでして…どうでしょうか?
こうしてドレスに光が当たる角度によって美しく輝き、まるで銀河のようでしょう?」
「うぅ〜ん…悪くは無いけど、なんだか安っぽいのよね。
ねぇ、何か大きなダイヤとか、沢山の宝石が縫い付けてあるような、もっと豪華な物はないの!?」
「…申し訳ございません。
先ほども申し上げた通り、このスパンコールが今私の持っている品で最高級でありまして…」
深々と商人が頭を下げると
「そう、ならもうお帰りなさい。
無駄な時間を過ごしたわ、ご苦労様」
大欠伸をしながら魔女はそう言って商人を下がらせました。
商人は密かに思いました。
「この国の王様の目は節穴だな。
いつかきっと痛い目を見るだろう。
いや、もう見ているかもしれないな。
この国が滅ぶのもそう遅くはないだろう。
そして私がここへ来る事はもう二度とないだろうな」
商人は国の行く末を憐れむように振り返り、お城を後にしました。
ある日、魔女が歩いているところへ一匹の猫が通り掛かりました。
魔女は
「邪魔よ、おどきなさい!
私が通るわ!!」
そう言って思いきり猫の腹を蹴り上げました。
蹴り飛ばされた猫は壁に強かに頭をぶつけて、そのショックで亡くなってしまいました。
家臣が溺愛し大変可愛がり世話をしていた猫で、猫が亡くなった事に家臣は大変悲しみました。
怒りすら湧き怒らぬ程に心が無になってしまい、怒りも、笑いも、泣く事も、何の表情もしなくなった後にその家臣はその後城から姿を消しました。
ウルースタは最近のリラーブの変わり果てた様子に頭を悩ませていました。
一体どうしたと言うのだろうか?
分からない事が多すぎるのだ。
最近のリラーブは、あの頃のリラーブとは全くの別人のように変貌してしまったのだ。
所作も発言も、作る表情全てが僕の好きになったあの時のあの娘じゃないような気がするのだ。
まるであの子の皮を被った他人が中に入っているかのようにさえ思えるのだ。
それに比べ、牢屋にいる魔女の様子は何だか魔女という感じがしないか弱さを感じる。
とても人を騙して国を乗っ取ろうとしていたようになど見えない程にだ。
ウルースタが深い溜め息を吐いていると、心配した下臣がウルースタに声を掛けました。
「国王様、溜め息なんて吐いておられて一体どうされましたか?
どこかお身体の具合がすぐれませんかな?」
「いや、なに。
大した事じゃないが、少しお前に聞いてみたい事がある」
「はい、何でございましょうか?」
「お前は僕が連れてきたリラーブについてどう思う?
何でも良いんだ。
僕に遠慮せずに思ったまま答えてくれ」
「その…大変お綺麗な方で…」
目を泳がせながら濁すように言う下臣に
「じゃあ君が言わないなら僕から言おう。
最近のリラーブは何だか様子がおかしい。
人が変わってしまったというか、なんというか…」
「…確かに私もお変わりになったような印象を受けております。
権力は人を変えてしまうと言いますからね…」
「やはりそうなのだろうか…。
君はあの子を綺麗だと言ったけど、何ていうかな…。
確かに今は着飾ってあの時よりも見た目は綺麗になったのかもしれないけれど、なんだか僕…ちょっと怖いんだ」
「怖い?
ですか…?」
「そうだ。
何ていうか…見た目は綺麗にしているけど、何となく雰囲気がザラっとしているというか…何か棘みたいなものを感じるというか…。
本当に直感でしかないんだけど、あの子といると何となく心がザワザワするんだよ、僕」
「私は何も申しません。
しかし国王様がそう感じられたのであれば、その直感は正しいのかもしれません」
そう話しているとドアをノックする音が聞こえました。
「通しておくれ」
「ハッ!」
兵士がドアを開けると、別の兵士が
「魔女の様子を報告しに来ました!
あの女は飽きもせず毎日毎日一日中泣いてばかりいるだけで、それ以外の変化は特にありません」
「そうか。
分かった、ご苦労」
「は!!」
兵士は敬礼した後に部屋を後にしました。
牢屋の魔女の事が気がかりでウルースタは直接牢屋へ様子を見に行きました。
兵士の報告通り、しくしくと牢屋で泣き続けておりました。
「君、なぜ泣いているんだい?
捕まった事が怖いからかい?」
「いいえ、どうしてこうなったのかが分からないのです」
リラーブはうつむいていた顔を上げて、ウルースタの方を向いてそう言った時、ウルースタは彼女の姿を見てはっとしました。
この魔女と思われる女の首に下がっている赤い宝石のペンダントの事は、ウルースタもよく覚えています。
あれはただの宝石ではない特別な物です。
恐らく世界に一つだけしか存在しないはず。
他の適当な高級なだけの石ならば、この世の中に五万と存在するだろう。
しかしあの不思議な力を秘めた石は世界に一つしか存在しない。
それをなぜこの魔女が持っているのだろうか?
「君、そのペンダントはどこで手に入れたんだね?」
「え…?
ウルースタ忘れてしまったの?
あの日あなたにペンダントを貸した日に、母の形見だって話した事を」
その通りだ。
一体これはどういう事なのだろうか?
何故この魔女があの日の事を知っているのだろうか?
僕はあの日の事を誰にも話していない。
それにあの娘の周りには動物たちしかいなかったはず。
それなのにあの娘が別の人間にわざわざこんな話をするとは思えない。
それにこの女は僕のことをウルースタと呼ぶ。
あのリラーブの姿をした娘は少し前までは僕の事を国王様と呼んでいたが、最近では三人称を呼ばずに話す。
何もかも全てがあの日を境におかしくなった。
それに話し方、表情、言葉遣い、見た目は恐ろしい形相をしているが、この魔女からはかつて二人で、あの小屋で過ごした時に感じた雰囲気の柔らかさや温かさのようなものを感じる。
まるで本当に二人の人間の中身だけが入れ替えられたかのようだ。
ウルースタはこの魔女からは伝承で知られるような邪悪さを感じられずに困惑しました。
牢を後にしたウルースタはリラーブの様子を伺いました。
何やらまた下臣と揉めているようです。
「私は甘い味付けが嫌いだって何回言ったら分かるんだい!?
この脳なし給料泥棒が!!
お前はクビよ!
さっさと出てお行き!!
無能な下臣は要らないんだよ、ボケが!!」
下臣を口汚く罵るリラーブの首元を見ると、やはりペンダントはありません。
ウルースタは驚愕のあまり息を呑みました。
やはり思った通り二人の人間の中身だけが入れ替わっているのだろうか?
今、口汚く罵っている方が本物の魔女だとして牢屋に入れられている方がリラーブだとしたら、全ての出来事に説明がつく。
だとしたら大変だ!
もうじき魔女裁判が行われ、牢屋の彼女は処刑されてしまう。
何とかして早く逃さねば!!
ブルータスはその晩、牢屋で番をしている兵士に別の命を言いつけて牢屋から兵士を追い出しました。
兵舎から牢の鍵を盗み、魔女の姿をしたリラーブの牢を開けてこっそり逃がしました。
城外に出た時にリラーブはペンダントをウルースタの首に掛けました。
「あげるわ。
この先あなたに何かあった時、きっとこのペンダントがあなたを護ってくれるから。
逃がしてくれてありがとう。
愛してるわ、ウルースタ。
そして、さようなら」
涙を浮かべ、振り切るようにリラーブは走り出しました。
ウルースタは彼女の身を案じながら、ぎゅっと彼女に託されたペンダントを握り締め彼女を見送りました。
ウルースタは皆んなにペンダントの事を気づかれぬよう、服の内側に隠しました。
翌日、ウルースタは真実を確かめるためリラーブの姿をした魔女に質問しました。
「リラーブ、以前僕があげたティアラはまだ持っているかい?」
何も知らない魔女はたじろぎ、目を泳がせました。
「え…えぇ…。
…でも今は修理に出してしまって手元にないのよ」
「そうか、ならいい」
そうとだけ言ってウルースタは魔女の元を離れました。
さぁ、魔女は大慌てです。
何としてもウルースタがリラーブに贈ったらしいティアラを見つければなりません。
しかしそんな物は存在しません。
もしも本物のリラーブならばティアラなど存在しない事を知っているはずである事を確かめる為に、ウルースタが作り話をしただけなのですから。
ですが存在する物として考えた魔女は探し出す為に必死です。
魔女はとにかくティアラを探している事をウルースタに知られる訳にはいきません。
城の下臣に命じてウルースタに内密にしてリラーブの小屋にティアラがないかと探し出すよう命じた後、直接リラーブからティアラのことを聞き出そうと牢へ足を運びました。
そしてその時ようやく牢の中が空っぽである事に気づいたのです。
おのれ、無能な下臣どもが!!
あの女をまんまと逃しやがって!!
はらわたが煮えくり返った魔女は心の中で叫びました。
城中の下臣を集め徹底的に魔女を探し出し、捕まえることを命じました。
「あの魔女は危険な存在だ!!
絶対に逃してなるものか!!!
探せ!!
探して殺せ!!!!
手段は選ばなくていい!!
必ずや探し出して抹殺するのだ!!!
おのれ…薄汚い邪悪な魔女め!!
絶対に許してなるものかっ!!!
殺して焼き払って、骨も残らぬほどにバラバラにしてやる!!!」
リラーブの姿をした魔女に国中の兵士たちが恐れを慄き、困惑しました。
中には今起こっている出来事について疑問を持ち始める者さえ出始めました。
リラーブにはウルースタ以外にも味方がいました。
それは森の動物たちです。
あの晩、森へ帰って動物たちに魔女に姿を変えられてしまった事、追われている身であると言う事、そして捕まったら今度こそを殺されてしまうという事も、動物たちには何でも話しました。
動物たちは初めは少女の姿が変わり果てた姿だったため、驚き警戒していましたが彼らは人間と違って第六感があるのです。
姿は違えどそれがリラーブである事がすぐに分かりました。
森の熊が自分の穴ぐらに少女を連れて行き、匿いました。
少女がなかなか捕まらないため、魔女は日に日に苛立ちを募らせました。
ティアラとやらも見つからない上に、あの小娘も捕まらない!!
「本当ににどいつもこいつも無能どもめ!!
このままティアラとやらが見つからなかったらどうしたもんかね…。
クックク…あの世間知らずなウルースタとかいう小坊主をいっそ抹殺してしまおうか。
アハハハハッ!!
そうすれば、この城の実権はアタシのものだよ!!
あの小坊主は、もう用済みだよ。
何としてもあの女の味方になろうとする事には虫唾が走るんだよ!
本当に忌々しい!!
この私を疑うだなんてね。
そろそろ消えてもらうのも手かもしれないね。
千年の恋も何とやらってね、アッハハハハッ!!!」
魔女の様子を伺うために下臣に協力してもらい、密かに皇后の部屋のドアを少し開けた隙間からウルースタは魔女の独り言を全て聞いてしまったのです。
やはり今ここにいる女はあの娘ではありえない。
今目の前にいるこの女こそが魔女なのではないか?
僕は真実が見たい。
胸の裡でそう願った瞬間ペンダントの赤い宝石が光り、目の前にいる女の姿が露わになりました。
その姿は牢屋で見たあの魔女の姿に瓜二つでした。
そうか!!
僕が真実が見たいと願ったから本当の姿が見えたのだろう。
その時、隣で一緒に話を聞いていた下臣が
「ハッ…ハッ…ハクション!!」
と大きなくしゃみをしてしまったのです。
皇后ははっと振り返りました。
そしてウルースタに自分の言った事を全て聞かれていた事に気づいたのです。
咄嗟に魔女は口封じのためウルースタに呪いをかけました。
するとどうでしょう?
ウルースタの姿は、たちまちのうちに牛の姿に変わってしまったのです。
「ウ…モモモモ…。
モウ〜」
牛になってしまってはもう二度と人間の言葉を話すことができません。
くしゃみをした下臣も醜いヒキガエルに変わってしまいました。
さぁ、もうこれで皇后に逆らえる人間は誰もおりません。
後はあの娘だけです。
皇后は娘の性格を利用し、牛に変わり果ててしまったウルースタを人質に娘を呼び出そうと考えました。
そこで森の使いの者たちに、あの湖の動物たちに言伝を頼むよう命じました。
"お前の愛した男はお前が逃げ出した責任をお前の代わりに取らされて、牛の姿に変えられてしまったよ。
自分の身さえ助かりたくばそれも良いだろう。
しかしお前の代わりに責任を取らされたこの男は、一生お前のせいで牛として生きて行かねばならないのだ。
そこまでしても己の身が可愛いか?
本当にこの男の身を案じるのならば、ただちに自首せよ!
さすればこの男だけは助けてやる"
との事だった。
そして言伝と同時に絵師に描かせた牛の姿絵も一緒に動物たちに届けたのだ。
その絵にはリラーブが以前あげたペンダントも描かれておりました。
牛になってしまったせいで、首に収まらずサークレットとして描かれておりました。
おそらくこの姿絵は本物だろう。
ペンダントの事は私たち二人しか知らないのだから。
リラーブは戻れば自分が処刑されるという事を理解している。
しかし自分のせいでウルースタが責任を取らされ、処刑されてしまうのだけは嫌でした。
彼の存在なくして、どうして自分だけが幸せに生きられましょうか?
そうなるくらいならば、私が死したとしてもせめて彼にだけは幸せに生きて欲しい、そう思いました。
鳴きながら止める動物たちを振り切ってリラーブはお城へ赴き自首しました。
魔女は
「よく来たねぇ、この薄汚い雌ブタが!!
色恋だけは一人前じゃないか!!
こんな所にノコノコと一人で出てくるだなんて、良い度胸だ。
お前には死んでもらうよ」
皇后はそう言うとリラーブを処刑台に立たせました。
「魔女裁判など必要ない。
お前は即処刑だよ。
いい気味だ。
皆の衆!
これが恐ろしいあの魔女だ!!
人を騙し国を乗っ取ろうとした者のこのおぞましき姿をよく見よ!!」
皇后が声を上げると処刑台の周りに集まってきている民衆が次々にリラーブに石を投げました。
そして十字架に括られ、手足には杭を打たれ、リラーブは悲痛な叫び声をあげました。
「聞いたか!?
何とおぞましい叫び声だろう。
これが魔女の断末魔だ!!」
「さぁ、火を放て!!」
皇后の命により、城の下臣たちは十字架に火を放ちました。
リラーブは神に願いました。
神よ、大いなる神よ。
たとえ私が死しても彼を空から見守れますよう、どうかおはからい下さいませ。
裁きとは不当な物であってはならないのです。
ですからどうかこの世の中が正しき者を助け、悪しき者は裁かれるような正しき心を持つ者にとって優しき世の中になりますように。
そしてリラーブは火刑に処され命を絶たれてしまったのです。
彼女の願いは大いなる神、ゼウスが全て見ていました。
彼女は星になりました。
この世の中が公平さを保ち調和されるようにと、天秤の姿として彼女は夏の夜空に姿を表します。
ウルースタは涙を流しました。
自分が不当に裁かれると理解した上で、守られもしない約束のために彼女は命を懸けたのです。
ウルースタはこの約束が守られないことを直感で理解していました。
だからウルースタは彼女がここへ戻って来ない事を密かに願っていたのです。
しかし現実は上手くいきません。
魔女はやはり約束を守りませんでした。
魔女にとって約束とは守るものでなく、守らせるものだからです。
彼女にとっての約束とは自分が利益を得るためのツール以外の何ものでもないからです。
ですからウルースタは永遠に牛の姿のまま元の姿に戻る事はありませんでした。
ウルースタはこの国が滅んでいく姿を見るに耐えず、魔女が油断をしている隙に後ろから角で一突きしました。
魔女は瀕死ながらも抵抗し、ウルースタに魔法を放ちました。
魔女の魔法が直撃したウルースタ。
そしてウルースタの角で身体を貫かれた魔女。
双方が相打ちでした。
ウルータスも願いました。
自分が死した後、せめて本当のリラーブと空で一緒になれるようにと。
しかし魔女が死の間際に呪いをかけました。
「絶対にこのアタシを差し置いて二人を幸せになどさせてなるものか!!」
魔女は呪いをかけ、どんなに月日が流れ過ぎ去ろうとも、二人が永遠に会えぬようにと天秤座と正反対に位置する場所へと、牡牛座の星を離れ離れにしてしまったのです。
こうして二人は互いに会いたいと願いながらも、二度と会える事のない悲しみを抱きつつも、二つの星はお空で瞬いているのです。
"夜空に君現れし時、我が姿消え去りし
夜空に私現れる時、君の姿おぼろに隠れ"
互いにそう唄いながら、夏が始まり秋が終われば天秤座は姿を隠し、冬が始まれば牡牛座が姿を現し、春が終わる頃には姿を消します。
母が語る物語を聞いた少年は
「悲しいね…。
二人とも離れ離れになっちゃうだなんて…」
そう言って涙を流しました。
「そうね。
でもきっと会えなくても、心は通じ合ってるわよ。
だって二人とも向かい合わせの場所にいて、お互いに見つめ合ってるみたいでしょう?」
「うん、そうだね!」
「アルデバラン。
後に続くもの…。
これは"者"ではなく"もの"だと思うの、お母さんは。
二人の気持ちは後にもきっとずっと続いていくものなのよ。
だからきっと寂しくなんかないわ」
「うん!
そうだといいな」
「それにね、アルデバランの赤さは少女に貰ったお守りのペンダントを表しているとも、お牛さんの芯の強い心の強さの輝きを表しているとも言われているのよ。
だから二人の思いはきっと凄く強いものだから、これからもずっとお互いに思い続けていくのよ」
「うん!」
「さ、もう寝なさい。
もう遅いわよ」
「はーい。
おやすみなさい」
そう言って少年は目を閉じた。
母は少年の頬にキスをして部屋を後にしました。
夜空ではアルデバランがきらきらと力強く輝いています。
―FIN―




