【コミカライズ決定】婚約者大好き公爵令嬢フルティアは本心を隠したい
オーブリー公爵邸の庭のガゼボには、一組の男女がいた。
「素敵な刺繍だ。ありがとう、フルティア。宝物にするよ」
ハンカチに施された赤薔薇の刺繍を愛おしそうに指先で撫でる青年はオスカー。今年二十歳になったばかりのアンベール侯爵家の跡継ぎだ。
青みがかった銀の髪はサラリとしていて、紫色の神秘的で柔らかな印象の目元が麗しい。筋の通った鼻梁に、滑らかでシャープな輪郭。そんな整った容姿は老若男女問わず誰をも魅了し、過去には彼からほほ笑みを向けられて失神した令嬢もいたほど。
ただ、例外がひとり。
「宝物なんて大袈裟ですわね。まぁ、気に入っていただけたようで何よりですわ」
オスカーと同い年の婚約者――この屋敷に住まうオーブリー家の公爵令嬢フルティアは、すまし顔で端的に返事をした。
蜂蜜を溶かし込んだような色素の薄いブロンドの髪に、王家の血筋という証である赤色の目は涼しげで、美しくも畏怖を感じさせる。
国一番の美男を前にしても表情は崩れることがなく、冷たさを与えた。
「ねぇ、フルティア。お礼は何が良い?」
オスカーはやや困ったように眉尻を下げ、ほほ笑みを保ちながらフルティアに乞うように投げかける。
「婚約者として当然の贈り物です。お気遣いなく」
「でも、いつも僕がもらってばかりじゃないか。特にないのなら、ドレスを贈っても良いかな? 着たいデザインはあるだろうか?」
「オスカー様から頂けるのなら、なんでも嬉しいですわ」
嬉しいと言いながら、フルティアの表情は興味が薄そうな無表情のまま。
この婚約に愛はないと言わんばかりの態度だ。
「そう、か……わかった。来月の王太子殿下の誕生パーティー用に一着オーダーするね。では早速、僕は洋裁店に行くから今日は失礼するよ」
そう言ってオスカーは、少し寂しそうな笑みを浮かべてオーブリー公爵邸を離れた。
「もう我慢の限界ですわ」
フルティアは馬車が見えなくなるなり、自室に飛び込んでベッド下からトランクを引っ張り出した。
トランクを開けると、オスカーが描かれた大量の絵が姿を現す。
「はぁわぁぁぁぁあ! 今日もオスカー様が素敵すぎて辛い。危うく拝め倒してドン引きされるところでしたわ! よく耐えきりましたわ私! 神から与えられしオスカー様の美しさに感謝を!!」
フルティアは両手を胸の前で組むと、絵に向かって祈りを捧げた。
この大量のオスカーの似顔絵は、彼本人を前に失態しないよう、鉛筆や水彩絵具を使ってフルティア自ら描いたものである。
オスカーは幼少期の頃から、それはもう美しかった。
母に連れられお茶会に参加すれば、各家の令嬢たちはオスカーに夢中になり、自分が彼のお嫁になりたいと声をあげる光景をフルティア自身も何度も見た。
オスカーの両親は最初、息子の人気の高さに鼻を高くしたらしい……しかし、婚約者選びをする十歳に近づくにつれて問題が生じはじめた。
お茶会では、オスカーの婚約者の座を巡って爵位関係なく令嬢たちが争うようになり、掴み合いにまで発展するようになったのだ。
私と婚約してください。しなかったら泣くわ――と、公の場で無理やり迫ったり、その質問にオスカーが答えられないでいると、「私にあんなに笑顔を向けておいて酷い」と責める。
ついには娘に甘い貴族の親がオスカー誘拐を企て、華麗に助けて恩を売り、婚約を結ぼうとするマッチポンプ事件も発生。
誘拐は未遂で終わったものの、オスカーはすっかり外が怖くなって、屋敷から出られなくなってしまった。
そこでアンベール侯爵は、親友であったオーブリー公爵――フルティアの父に相談を持ちかけた。
息子を前にしても魔性に惑わされず、普通に振る舞える唯一の令嬢フルティア嬢をお嫁にいただけないだろうか、と。
つまり、フルティアにオスカーを守ってほしいという依頼。
アンベール侯爵の深刻な悩みっぷりと、家門同士で縁を結ぶこと自体有益であると判断したオーブリー公爵は承諾。
フルティアとオスカーが十歳のとき、婚約が成立した。
幼いにもかかわらず淑女の鑑と評判で、王家の血を濃く引き、身分も完璧であるフルティアを前に横やりを入れる家門はなく。今までオスカーに熱狂していた幼い令嬢たちも、勝ち目がないと悟ったのか、次第に他家の令息に目を向けて婚約を結んでいった。
『良いかい、フルティア。我がオーブリー公爵家の令嬢として、いかなる場合も毅然とした態度を意識し、決して取り乱す姿を見せてはならないよ』
『はい、お父様。でも、それは夫となるオスカー様の前でも?』
『あぁ、オスカーを大切に思うのならそうしたほうが良い。前も言ったが、特にオスカーは自分にのめり込む令嬢にトラウマを持っているからね。嫌なことを思い出させたら可哀想だ。フルティア、できるかい?』
『任せてください。余裕ですわ』
オスカーは美しい少年だと思っていたが、それ以上それ以下でもない。他の令嬢のように興奮を覚えなかったフルティアは、未来の夫が美しくて幸運くらいにしか考えていなかった。
だが、婚約者としてオスカーと交流するうちに、フルティアの気持ちが変化していった。
婚約してから一年目。最初は警戒し、固い態度のオスカーだったが、フルティアが自分に執着していないと知って安心したのか、彼は徐々に明るくなっていった。
弟を見るような微笑ましい気持ちで、フルティアの中でオスカーは大切な存在になった。
二年目。フルティアにすっかり懐いたオスカーが、「淑女の鑑たるフルティア様に相応しい婚約者になります!」と努力し始めた。そのように言われたら、フルティアも淑女の鑑で居続けなければいけない。当然のように彼女も努力を始めた。
互いに切磋琢磨する関係はまるでライバルができたようで、フルティアの中でオスカーの存在がまた大きくなった。
それから年を重ねることに、オスカーは誰から見ても魅力的な男性に成長していった。
成長期を迎えたオスカーの背はぐんと伸びて、フルティアの頭ひとつ以上高くなった。剣を嗜んでいるため、身体は程よく引き締まって均整がとれている。
ふくふくだった輪郭はシャープになりつつ、目元は柔らかいまま。大人の男性の色気が増していった。
そんな素敵な男性に育った婚約者は、他の令嬢には冷たく、フルティアにだけ甘い態度。その甘い態度から繰り出される笑みの破壊力はすさまじく、フルティアの中のオスカーは唯一無二の存在になった。
深みにはまるように、恋に落ちたのだ。
それから「綺麗ね」と純粋に思っていたオスカーの顔が、何よりも眩く見えるようになってしまった。
「特別扱いは嬉しいけれど、なんて試練なの!?!? オスカー様に夢中だなんて、バレたら嫌われてしまうのに……!」
フルティアは似顔絵を胸に抱きながら、めそめそ泣き始めた。
オスカーが他の令嬢に冷たいのは、彼の気を引こうと彼女たちが好意を隠さないから。フルティアという婚約者がいても、一夜の夢を欲し、オスカーに近付く令嬢は案外多い。
ただオスカーは一切の興味を示さない。どんなに美しい令嬢も冷たくあしらう姿から、過去のトラウマは今も彼の心の傷となって残っているのが察せられる。
(オスカー様は好意を寄せられることが苦手。オスカー様が私を慕ってくれているのは、靡く様子を見せないから安心できる相手と認識しているだけ……きっと私が好意を示したら、しかも強火と知ったら、トラウマを刺激して嫌われてしまうわ)
穏やかな好意を示す程度に調整できるのなら良かったが、そこまで器用ではなかったらしい。
少しだけ好意を伝えようと試みたこともあるのだが……
『オスカー様、もう少し一緒に居ても良いかしら?』
オペラ鑑賞の帰りの馬車の中。オーブリー公爵邸に着きそうになった頃、オスカーと離れがたくてそう言ったことがある。
すると、正面に座っていたオスカーは感動しきった表情を浮かべ――
『僕もそう思っていたんです。フルティアの時間をいつもより少しでも多くもらえるなんて、あぁ光栄だ。馬車を遠回りさせましょうか。その間、隣に座って良い?』
『え、えぇ』
『ありがとうございます。嬉しいな』
オスカーはフルティアの隣に腰を下ろした直後、心からの幸せそうな笑みを浮かべた。
あまりにも尊い笑みを、いつも以上に近くで見てしまったフルティアの目は眩しさで焼かれ、心臓は華麗に爆発。
わずかに見せた隙に対して、オスカーは何倍もの甘い態度で返そうとしてくると判明した瞬間だった。
このままでは気を失うか、醜態をさらすことになると判断したフルティアは「やっぱり屋敷に帰りたいですわ」と前言を撤回し、帰路に着くことにしたとうわけだ。
期待させてオスカーには申し訳ないことをしたが、トラウマを刺激するよりはマシという判断である。
このように間近で笑みを向けられただけで理性が危うくなるため、ここ数年のフルティアは甘い雰囲気を避け続けている。そのため、フルティアとオスカーは口づけどころか抱擁の経験すらない。
接触はエスコートとダンスのみで、予定があるときは前日から精神統一をする徹底ぶりだ。
(結婚まであと半年。それまでに、どうにかしないと……!)
今は結婚前だから、清らかな関係でいるべきだとオスカーを諭しているが、結婚後はそうは言っていられない。
抱擁や口付けはもちろん、跡継ぎを作るという使命のため、それ以上の展開にも踏み込むことになる。
このままでは、初夜に特大の醜態を晒すことになるだろう。
「うぅ……オスカー様に嫌われたくないよぉ……似顔絵をたくさん見て、オスカー様の美しい顔に慣れようとしているけれど……いつになったら効果が出るのよぉ……」
小さい頃からの幼馴染で、見慣れた顔のはずなのに、オスカーの顔を見るたびにフルティアの胸は何度もトキメクから困ったものだ。
フルティアはオスカーの似顔絵を見ながら、今日も涙した。
一週間後、フルティアは領地の別荘にいた。年に一度の夏、湖のそばに建てられた別荘で一週間ほど、ひとりのんびり過ごすのが恒例なのだ。
だが、今年は目的がある。
「オスカー様の肖像画を描くわよ!」
いつもはスケッチブックに描く程度だったが、いまいち慣れの効果を感じられない。
そこでフルティアはキャンバスにリアルなオスカーを描くことで、より効果が望めるものを生み出そうと考えたのだ。
画家に頼もうとも思ったが、用途を聞かれたら非常に困る。画家を呼び寄せたことがどこから洩れて、オスカーの興味を引いても困る。
『僕の肖像画を頼んで、どうするの?』
なんて、本人に聞かれたらもう……想像もしたくない。
「さて、どの絵をベースにしようかしら?」
早速フルティアはトランクを開け、オスカーを描いたスケッチをテーブルに並べていった。
オペラを鑑賞する真剣な横顔、ダンスのときに見せる大人っぽいすまし顔、庭園を散歩しているときの穏やかな顔。でも一番耐性をつけたいのは、彼の笑みで……。
「馬車で見せてくれた、あの時の笑顔にするわ!」
フルティアは当時の記憶を頼りに描いたスケッチを手に取った。
まだ鉛筆で描いただけの状態だが、これをベースにして本物に見えるような着色を意識すれば、素晴らしい訓練用の肖像画ができるはずだ。
そう気合を入れていると、誰かが部屋に入ってくる人の気配を感じた。
今日は夏の晴れた日で、風通しを良くして部屋を涼しくするために窓と扉を開け放っている状態。
「お茶ならまだ後でも良いわ……って」
使用人が飲み物を届けてくれたと思ってフルティアは振り返ったのだが……思わぬ入室者に、彼女は目を丸くした。
「オスカー様!? どうしてこちらに?」
「どうしてって、今年はフルティアと過ごしたいって事前に義父上には許可をとっていたんだけれど、聞いていない? おかしいな? 義父上は、フルティアも了承済みだって言って誘ってくれたんだけど」
不思議そうにきょとんとしている表情から、オスカーは本当にフルティアの父から許可を得て別荘に足を運んだのだろう。
そのとき強い風が窓から吹き込んできた。
「あぁ!」
テーブルに並べていたスケッチは舞い上がり、フルティアの伸ばした手から逃げるように、扉の前に立っていたオスカーの足元に広がった。
彼は一枚手にし、描かれているものを見て眉間に皺を寄せる。
「……僕の似顔絵? これ、全部?」
「――っ」
終わった。見られてしまった。
数十枚にも及ぶ似顔絵を所持しているなんて、好きだとしても、一般的な行為ではないことをフルティアは重々に自覚している。
フルティアはオスカーの顔を見るのが怖くて、顔を俯かせてスカートを握った。
「どうして、こんなに僕の似顔絵を持っているの?」
「……慣れるためです。オスカー様のお顔に」
「慣れる? 僕たちは婚約して十年以上、何度も顔を合わせているのに何を慣れ……あぁ、そうか。自惚れていた。周囲から綺麗だと言われてきたけど、フルティアだけは僕の顔に見惚れたことがなかったね。大きく好みから外れた顔なのでしょう? それでも結婚しなければいけない。苦手な顔に慣れるためって、わけか」
「オスカー様?」
トーンダウンしたオスカーの声が気になり、フルティアは顔を上げた。
すると目の前には、傷つき、自嘲するオスカーがいた。
「そもそもこの婚約も僕を守るために結ばれた婚約。フルティアがずっと不本意に思っていたとしたら、申し訳な――」
「違うんです! 逆です! オスカー様のお顔が好みすぎるから困っているんです!」
「え?」
「オスカー様を目の前にすると、冷静ではいられなくなってしまうのです! だってどこを見ても完璧なんですもの。神より与えられし奇跡の尊顔と心から思っているほど。ただでさえ素敵なのに、神秘的な紫のその瞳に見つめられたら胸が痛くなるほど鼓動が速まって、頭の中が溶けそうなほど熱くなって、整った唇から優しい言葉をもらうたびに腰が抜けそうになり、地面にひれ伏したくなって、笑みを見てしまったら好きという気持ちが溢れ出して、拝み倒したくなって、ついでに叫びたくなる衝動にも駆られてしまうんです! こんな状態では初夜なんて無理だと思って訓練していたんです!」
言ってしまった。余計なことまで話してしまった気がする。
ただ、トラウマを刺激してしまったことについては謝りたい。
「オスカー様、ごめんなさい。大好きになってしまって……ごめんなさい」
フルティアは深々と頭を下げて、涙を床に落とした。
部屋の中には静寂が広がる。しばらくして――
「……フルティアが、僕を好き? 本当に?」
どこか現実を受け止められないというような声色で、オスカーから問いかけられる。
(そうよね。執着しないと長年信頼していた婚約者が、実はそうじゃなかった――なんて、信じたくないわよね。裏切りと変わらないもの)
胸が締め付けられるように痛い。オスカーを守るために婚約したのに。実際に守るために頑張ってきたのに、彼を傷つけてしまったことが心苦しい。
そう思いながら、フルティアは声を絞り出す。
「はい。オスカー様をお慕いしております……あなたが想像している以上に、好きなんです」
また沈黙が支配する。
オスカーがフルティアの前に立ち、指先を彼女の顎に添えて顔を上げさせた。
「ひぇっ」
オスカーに顔を触れられたことで、フルティアの顔は真っ赤になり、口からは情けない悲鳴が出る。
「この反応……本当に僕が好きなんだね。常にクールで気高く美しい人だと思っていたけれど、こんなに可愛い一面があるなんて」
フルティアの見上げた先には、恍惚の表情を浮かべるオスカーがいた。
紫色の目元を細め、口元は妖艶な弧を描き、物欲しそうに婚約者を見下ろしている。
その色気に当てられ、今にもフルティアの腰は抜けてしまいそうだ。必死に力を入れて問いかける。
「オスカー様は、私のことが気持ち悪くないのですか? 嫌になっていないのですか?」
「どうして、そんな風に思うの?」
「オスカー様は令嬢からの好意にたいして、すべて嫌そうにしているではありませんか。だから私も……」
「それで僕の前では、ずっと冷たいふりをしていたのかい?」
「だって、嫌われたくなかったから……! 嫌われるなんて、想像するのも怖くって」
涙をポロポロと零しながら訴えれば、オスカーの笑みはますます蕩けていく。
「あぁ、フルティアはこうやって泣くんだね。あなたの涙を見るのは初めてかも。しかも僕に嫌われたくなくて泣いているなんて、なんて可愛らしい人なのか。フルティアの笑顔をずっと見ていたいと思っていたのに、泣き顔で喜んでしまうなんて……どうしてあなたはこれほど魅力的なのか」
「本当? 私、オスカー様のこと好きなままでいいの?」
「えぇ、ずっと僕のことを好きでいて。僕の前では、気持ちを隠さないで。そうしたら僕が、そのままのあなたをとびっきり愛してあげます」
そう言ってオスカーは、フルティアの唇にキスを送った。
初めての口付けはそっと触れるような優しさで、たった数秒のもの。
それでもフルティアにとっては供給過多と言わざるを得ないほどの愛情を感じるもので――腰が抜けた。
「はぅ」
「おっと」
オスカーがさっとフルティアの腰に手を回し受け止めてくれるが、その逞しさがまた彼女の心を刺激して止まない。フルティアはますます顔を真っ赤にして、ふるふると小さく身悶えた。
「ふっ、本当にフルティアは可愛らしいね。でも、確かにこれでは初夜なんて迎えられそうにないか」
「ご、ごめんなさい。好きすぎてごめんなさい。訓練しますから、どうか待っててください」
「訓練って、似顔絵を見て慣れるっていう? そんなの許さないよ。僕という本物が目の前にいるのに、似顔絵を求めるなんて妬けるじゃないか。それに見るだけじゃなくて、少しずつ触れ合うことにも慣れよう? 抱擁も口付けも、少しずつ増やしていこうね。そんなの似顔絵にはできないでしょ? ね、フルティア?」
そう告げながらされた二度目の口付けに、愛情過多となったフルティアは意識を手放した。
***
オスカーは気を失ったフルティアを抱え、近くのソファに横たわらせた。
顔を真っ赤にして、目を瞑る彼女の顔も見るのは初めて。
「幸せすぎる」
オスカーはフルティアの無防備な寝顔を見ながら、ため息交じりに呟いた。
幼少の頃、執拗な好意とあらゆる悪意に晒されたオスカーにとって、家族以外の女性は天敵だった。
美しい人形を取り合うように争う令嬢はもちろん、やたらと体に触れてくる若いメイドもいて、女性という生き物自体を嫌悪していた。
誰かがオスカーの顔を見て、女性を狂わす『魔性の顔』と言っていた。
でも跡継ぎとして生まれた以上、女性と結婚しなければいけない。
そう未来に絶望していたとき、フルティアとの婚約が決まった。
きっとフルティアも自分の顔を見たら狂ってしまう――そう怯えていたが、予想とは裏腹にフルティアはオスカーの前でも落ち着き払った態度を保ったまま。
他の令嬢のように自分の自慢を披露するでもなく、機嫌を取ろうと媚びを売るのではなく、泣いて気を引こうともせず……ただただ静かにオスカーの隣で本を読む。はじめは、そのすました態度と表情が怖いと思ったが、決して性格まで冷たいわけではないというのは、早い段階で分かった。
子ども同士の交流会で、以前オスカーを巡って争っていた令嬢が近づくと、フルティアはさっと盾になって守ってくれたのだ。それは一度や二度だけではない。
『自分の婚約者を大切にするのは当然ですわ。あまり気にしないでくださいませ』
お礼を言えば、毅然とした態度でフルティアに返された。
その気高さと美しさを前にして、恋に落ちないほうが難しかった。
フルティアが愛おしい。そして、フルティアの愛がほしい。
あれほど女性からの好意を嫌悪していたのが嘘のように、愛を欲するようになった。
それからフルティアに相応しい婚約者になるべく、オスカーは努力を重ねた。賢い彼女とたくさん会話ができるよう必死で勉強をし、頼れる男に見られたくて剣術も始めた。気を引きたくて、贈り物もたくさん用意した。
『フルティア、僕を好きになって。僕にはあなたしかいないんだ』
フルティア以外は何もいらないから、どうか振り向いてほしいと願った。
しかし何年経っても、フルティアのすまし顔は崩れることなく、浮かべる微笑みも計算された見本のようなもの。
切なさを感じつつ、それでもフルティアが手に入るのなら甘んじて現実を受け入れよう――と思っていたが、まさか。
「僕をこんなにも愛してくれていたなんて」
フルティアがずっとすまし顔だったのは、オスカーをトラウマから守るためだったなんて、誰が想像できたか。
素の感情を押し殺して、何年も耐えるなど、生半可な愛ではできない所業だ。
その事実だけでも愛おしいというのに、嫌われたくなくて涙する顔の可愛さときたら……実に困ったものだ。
指先であごに触れただけで、顔を真っ赤にする初々しさもどうしたものか。
二度目の恋に落ちたような気分だ。
「今まであなたが僕を愛しているなんて夢にも思わず遠慮していましたが、もう良いよね?」
好かれていない相手に触れられることが、どれだけ気持ち悪いか。それを幼少期に身をもって実感しているオスカーは、フルティアの気持ちが自分に向くまで何年もの間、色々と我慢してきた。
エスコート以外で手を繋ぐことも、寄り添って座ることも、頭を撫でることも……。
しかし、今は両想いであることが分かっている。
「覚悟してくださいね。フルティア」
オスカーは眠っているフルティアの涙を優しく指で拭いながら、甘く囁いた。
*補足*
<オーブリー公爵>娘とオスカーが両片想いですれ違っているのを知っていてもどかしく思っていたため、ラッキーな事故が起きないかなぁ~と、娘に内緒でオスカーを別荘に誘導して送り込んだ。無事成功。
*****
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