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第三章 奔流

 人間には新陳代謝や排泄といった生理現象がある。だからこうした設備があって、多くの住居で当然のように使えるのだろう。

 シャワーから流れる温水を頭から浴びながらそんなことを考えていた。

 天界にはこのような設備はない。延々の大地と工場しかないのだから当たり前のことではあるが。

 しかし、水というものは存在する。工場の天辺くらい高いところになると、延々の大地が発する地熱がほとんど伝わらず、夜を跨ぐ間にかなり冷え込むらしい。そのようにして冷たくなった工場の葉っぱが昇ってきた朝日を浴びることによって大量の水がその表面に浮き上がってくる。工場の本来の名称である夜露の大樹はそこから命名されたのだと、かつてギデオンが話していた。

 他の天使にとってその水は「朝方になると工場の上からたれてきて安眠を妨害してくる厄介なやつ」程度の認識らしいが、私にとってはこれもひとつの退屈しのぎだった。人間が飽きもせずに水浴びをする様子を時々眺めては、前述の理由のために誰もいない早朝の工場へ足を運び、枝の一本や二本をゆすってその真似事をしたことがある。もっとも、落ちてくる水は身震いするほど冷たいけれども。

 それと比べればヒカルの住むアパートの一室に備えられたこのシャワーは随分と機能的なものだ。赤色の栓をひねれば熱湯が出る。青色の栓をひねれば冷水が出る。両方ひねれば温水が出る。そして、常に一定の量が出続ける。

 隣に設けられた浴槽については長く使われていないらしい。内側の所々には赤茶色の水垢が付着していたり、壁との境目を埋めるようにはめ込まれた細長いゴムには黒カビのような染みが浮かんでいる。だが、人間界の大気をふらふらと飛び回った今の身にとって、そんなことは問題の数にも入らなかった。

 右の翼を広げて羽の表面に吸い付いた細かな黒い埃へシャワーヘッドを向けると、湯気の立ち上る水流が一枚一枚の汚れを擦らずとも巻き込んで、役目を終えた端からするすると排水口の中へと飲み込まれていく。

 折りたたんだ左の翼が早く洗って欲しいと言わんばかりにうずいているような気がするが、両翼を広げられるほどこの浴室は広くない。

 両方の翼を洗い終えるまで私は、温かい水という初めての体験に暫し心奪われていた。


 浴室から出ると、目の前に置かれた洗濯機の上にタオルとTシャツが用意されていた。延々の大地をほぐして広げたタオルよりも肌ざわりは劣るが、身体にのった水滴を集める性能はこちらの方が断然勝っていた。生まれつきの腰まで伸びた長い銀髪を包んでいた水分もあっという間に吸い込んでくれる。

 私が身体と髪を乾かしてから、丈があまりに合っていない白いTシャツを着て居間を覗き込むと、その間にヒカルが部屋を少し片付けていたようである。床や机の上で乱雑に散らかっていた空き缶やビンはどこかへまとめられ、室内は多少見られる程度には整理されていた。

 私は布団をたたんで部屋の空き領域を広げているヒカルの背に声をかけ、後で聞かれて面倒が起きないように、疑問に思われるであろう諸々をあらかじめ説明することにした。

 四角形の小さなちゃぶ台の向こうにヒカルが腰かけ、向かい合うように私も座った。


「あなたの最期を見届けるためにも、先に知っておいてほしいことがあるんです」

「ヒカルでいい。あと、そんなかしこまった口調でなくていい」

「……ヒカルの最期のためにも聞いておいてほしいことがあるの」

「どうぞ」

 両手を胸の前で小さく開いてヒカルが催促した。

 死期が迫ってくると伝えにきた天使を目の前にして随分な余裕だと思った。

 もっとも、酒に酔った勢いだかなんだかわからないがはっきりと死にたいと口にしていて、寿命がこれ以上延びないという説明を取り乱すことなく受け入れたことを鑑みれば、この落ち着き払った対応についても割り切ってしまってよいのかもしれない。

「人間には寿命があってこれが尽きた瞬間に死ぬの。砂時計みたいなものだと思って」

「その上蓋を外して砂を注ぎ足すのが寿命の供給ライン、でいいんだな」

「だけどヒカルの砂時計の上蓋は閉じられた」

「だから後は減るだけ。そこまでは聞いたよ」

 その場の雰囲気で適当な相槌を打っていただけかもしれないと思って念を押してみたが、どうやらはっきりと現状を理解しているらしい。それなら話は早い。

「寿命による死のタイミングは絶対に変えられないの。それは知っておいてほしくって」

「自殺でもか」

 当然の疑問だと思う。

 だけど答えはその通りで、たとえ自殺であろうと死期は変えられない。

 ある日に己の手でこの世を去ることを決めた人間がそれを実行したとしても、その寿命が尽きる日時はとうの昔から、そのある日をもって収束するようになっている。

 つまり、人間が「決めた」日時で死ぬのではなく、寿命によって「決められた」日時で死ぬということだ。

「どんな最期だとしても、自分の意思で死期を早めたり遅らせたりすることはできないの」

「どうだか。もしかしたらここでいきなり俺が近くの踏切まで走り出すかもよ」

「それはないよ」

「どうして言い切れるんだ」

 それは、天使の眼には見守ると決めた人間の寿命が見えているからだ。

 ヒカルの寿命があとどれくらいなのか、私の瞳には秒単位でその残り時間が映っている。

 だから、何月何日の何時何分何秒にヒカルが死ぬのか、私はもう知っている。

「……便利な眼だな」

「そうでしょ」

「いつ俺が死ぬのかは教えてはくれないのか」

「それは絶対に教えられないよ。天界の禁忌だからね」


 そう。人間にその寿命を教えることは天使が最もやってはならないことだ。

 人間は自分が持っている寿命を使い切って死ぬ。寿命を知らない人間が己の意思で早期の自殺を図ろうとしても、その行動は何かしらの外的要因――たとえば、列車にはねられようとする寸前に突風で体勢を崩し直撃を避けたり――によって必ず失敗する。だから寿命に従わずに死ぬことはできない。これは絶対の理であり、カミサマであろうと覆せない。

 だけど、天使がその人間に寿命を教えれば話は変わってくる。

 自分が死ぬ時刻がはっきりとわかった人間は、生の理から外れた存在へと移ろい、運命として定められた死期よりもより早く、自らの死を受け入れることができるようになる。そうすると、人間の肉体と共に消化されて使い切られるはずだった寿命は定着すべき肉体を先に失ったまま置き去りにされてしまい、「行き場を失った寿命」として人間界を彷徨いながら無為に消える。

 ただの自殺ではなく、自分の寿命を知ったうえであえてそれを無駄にするという行為は天界では決して認められない。だから、天使はその可能性を生み出さないためにも、人間に寿命を教えてはならない。

 そういう決まり事なのだ。講義ではそう学んだ。


「破るとどうなるんだ」

「さぁ……? 破った天使を見たことがないからわかんない」

「そうか。じゃあ聞かないことにするよ」

 それは助かる。変に気になられて頻繁に聞かれるようでは面倒だし、最悪の場合は口を滑らせて禁忌に触れる恐れもある。聞かれないのであればその心配もないだろう。

「あと、寿命を延ばせるのは工場の供給ラインから追加の寿命を貰ったときだけだからね」

「つまり、俺の寿命はもう絶対に延びないってことか」

 絶対だと断言するとなると少し不安になる。

 ギデオンが話していたぶんには、人間に命を与える経路は寿命の供給ラインだけなのだから工場を尊重しろと、そう言っていた。

 ただ、マザーはもう少し複雑なことを話していたような気がしないでもない。とはいえその手段は極めて限定的なためもはや意味を成さないとも言っていた記憶がある。

 とすれば、やはりギデオンの弁の通りだろう。私はヒカルの意見を肯定した。

「わかった。俺はそう遠くないうちに死ぬ。そしてその最期を見届けるまでお前がここに住む」

 それで合ってるんだなと、ヒカルが確認した。

 あまりにもすんなりと話を結論付けて受け入れたヒカルに対して、もはや驚いたりすることの方が余計な気遣いのような気がした。

 それに、住まわせてくれるというのなら向こうの気が変わらないうちに受け入れた方が何かと都合が良さそうであった。

 外で寝てもどうにかなるかもしれないが、ここに来るまでに踏みしめたアスファルトという地面は、延々の大地と比べて歩くにも横になるにもざらざらとして固すぎる。それに雨風や雷、野犬に野鳥といったまだ見ぬ脅威があるのだから、やはり人間界の家屋には相応の価値があった。

「エミエル・ストロベリーフィールド。私の名前だよ。よろしくね」

「あぁ聞いたよ、良い名前だ。短い間かもしれないがよろしくな、エミエル」

 エミエル、と上の名前だけで呼ばれると、上級天使になったような気がして顔も見たことがない他のエミエル一同になんだか畏れ多いような気恥ずかしいような気がしたが、不思議とこの照れくささに私は心地良さを感じた。

「それじゃあ、明日は服を買いに行こう」

「……へっ?」

「人間界では服を着て出歩かないと面倒なことになるし」

 留置所で寿命をむかえるのはお断りだと、冗談めかしてヒカルがそう付け加えた。


 天界から眺めていた男と本当に同じ人物なのだろうかと、出会ってからの二時間で何度思ったことか。

 正直なところ、天界から気に掛けていた三年間で、私はヒカルに愛想を尽かしていた。

 それは、前の二人の対象者が生に対して懸命だったことも影響しているだろうが、それを度外視しても明らかに生気のない、鬱屈した雰囲気を隠しきれていない、そのような自暴自棄な様子でヒカルが寿命を浪費していたからだ。

 感情面の話なのだから起伏も当然あるだろう。もしかしたら、この三年間でたまたま見過ごし続けてきた、調子の良い部分を目の当たりにしているのかもしれない。

 そうであれば彼の気力がいずれ下に振れることも考えられるが……


 呼び鈴の音が不意に部屋に響いた。

 突然の大きな音に思わず肩がすくみ、その拍子に両翼の先端がちょろっとはみ出してTシャツの肩甲骨付近に二つの小さなテントを張った。この二枚は昔から本当に気分屋だ。主人に仕える気があるのか時々疑いたくもなる。

 いそいそと翼を片付ける私を背に、ヒカルが玄関まで向かってドアを少し開けた。

「待たせたな! 酒屋が臨時休業だったからコンビニをハシゴしてたんだよ!!」

「いえぇぇぇぇい! 飲むぞぉぉぉお!!」

 近所迷惑という言葉は知っているが天界でそれを感じたことはない。この襲来がまさにそれを端的に表す1カットなのだろう。缶が詰め込まれたコンビニのビニール袋を両手に持った男と、それとは別の何かが入っているであろう薄い袋を手にした女が玄関先に立っている様子がここからでもうかがえた。

 私はこの二人に見覚えがあった。

「……今日は飲む約束だったか?」

「先週飲んだときにそう言ったろ? 来週もやるって」

「そうそう~ 飲むぞぉぉぉお」

 私ですら覚えている。先週、ヒカルが酔い潰れながら人生放棄のトリガーを引いたのは、この二人と飲み散らかして彼らが帰った後のことなのだから。

「……わかった、上がっていいぞ」


 ……何がわかったのかは定かではないが、私がここにいることは問題ないのだろうか。

 ……追い返さなかったということはそれなりの考えがあるということなのだろうか。

 ……天使はアドリブが下手だということも先に伝えておくべきだったのだろうか。


 妙な緊張感のワイヤーが全身の筋肉に張り詰めて、姿勢が無意識にしゃんとした。


「おじゃまし……おっ」

「飲むぞぉぉ……おっ」

 来訪者の二人はほぼ同時に私の存在に気付き、ほぼ同時に「おっ」と口にした。

 それはそうだろう。心情はなんとなく察する。

 私は「こっ……こんばんは」というなんとも情けない挨拶を喉から絞り出した。

「あぁ……その、いとこだよ」

「初耳だぜ」

「めったに顔を合わせないからな。暫く一緒に暮らすことになったんだ」

「なんだそうかよ~ 返答によっては『1』『1』『0』に指がかかるところだったぜ」

 それで名前はと、来訪者男が私とヒカルの顔を交互に見ながら質問する。


 ……私に訪ねているのだろうか。

 ……だとしたら正直に教えればいいのだろうか。


 ちらりとヒカルに目をやると、一瞬考えた彼が代わりに答えた。

「イチハラエミ。苺の野原でイチハラ、笑うに美しいでエミ」

 だったよな、と振られたので、反射的にうなずいた。名前から何か疑われるようなことはまずないだろうが、人間関係のあれこれについてはヒカルに一任した方が良いだろう。

 それに、咄嗟に思いついた名前にしては上等だ。マザーから貰った私のお気に入りの名前を崩していない。これはこれで気に入った。

 そうかぁよろしくと、来訪者男は屈託のない健やかな笑顔を私に向けた。

 こうして何度もヒカルの家に飲みに来る様子を天界から覗いていたため、副産物的にこの来訪者男のことも少しだけ知っている。


 伝練治。名前の読みが分からなかったが、ヒカルの携帯電話にメールが届いたときに一度だけその読みが映っており「ツタエレンジ」だと判明した。そういう機会が来るまでわからずじまいだったのは、ヒカルがもっぱら「電子レンジ」と呼んでいるからだ。

 そして、酒に強いらしい。らしいというのは、一般的にどれくらい飲めば人間が酔うのか見当もつかないからだが、少なくとも一週間前のヒカルのような状態になった様子は今のところ見たことがない。もっとも、ヒカルの家で飲んでいるとき以外の様子を見たことがないのだからあまりあてにはならない根拠ではある。


「俺のことはレンジか、なんなら電子レンジでもいいよ」

 そういっておどけるレンジの目には天使の姿形は映っていないのだろう。手にした袋に目をやって「こんなことならアルコール入ってないのも買ってくればよかったなぁ」なんて言っているのだから、大方成人していない人間の女子あたりに見られているに違いない。とりあえずは安心できそうだ。


「……えみえる」

「……えっ?」

「えみえるだ……」

 そう思った矢先、さっきまで静かだった訪問者女が耳を疑うようなことを呟いた。

 彼女は丸い目をぱちぱちとさせながら、じっとこちらを見つめている。

 この二人が来てからは一度も本名を明らかにしていない。

 もちろん、つい二時間前に顔を合わせたばかりのヒカルが、それより前に彼女へ教えたなんてこともあり得ない。

 別に名前を知られることは問題ではない。

 ただ、天使だということが知られるのはまずい。接触対象である人間以外に天使だと知られることは、禁忌ではないにせよ好ましい事態ではないのは明白だ。状況や規模によっては上級天使から厳しいお叱りを受ける可能性も有り得る。

 天使がむやみに人間界へと降りない理由にはいろいろあるが、存在の秘匿という点がやはり一番大きい。彼らから見ての超常をわざわざ披露して秩序を乱す必要性などどこにもない。私だって今日というこの日まで、意味もなく人間界にちょっかいを出した覚えはない。

 だが、どういう理由だかこの来訪者女は私の名前を知っている。

 ということは私が天使だということも、もしかしたら……


「そう! えみエルだよ!! ビビッときたね!!! このあだ名に!!!!」

「んっ、あだ名……?」

「もう一目でなんていうか、天使感みたいなものを受信したよ! だからえみエル!」

 そういってこの来訪者女は私の前に土下座のような姿勢でぺたりと伏せ、ははぁと感嘆を上げながら拝み始めた。

 天使という語が出た瞬間はそれこそ身構えたが、その後の諸々は私の中で杞憂という言葉を思い浮かばせるに充分足りるものであった。

 そうだった。この来訪者女……白鞘竜姫(シラサヤ リュウキ)を、そこまで深い洞察力を携えているような切れ者だというように認識させる出来事は、この三年間で一度もなかった。


 レンジと同じ理由で、竜姫のことも少しだけ知っている。

 こうしてヒカルの家で時々酒を飲むというところは共通しているが、これは断言できるが酒に弱い。飲み始めて五分も持たずに酔うのが常なら、人間界の飲み屋はもっとひっきりなしに客の入れ替わりがある

ことだろう。

 そして、ヒカルと同じ店で働いているという点においては、レンジよりも多少は私に自前のつむじを見られているということでもある。とはいえ、わざわざヒカルよりも観察する必要がなかったのでそれ以上の情報は持っていないに等しいが。


「さぁさぁ! せっかくお近付きになれたんだから飲もう!! さぁほら!!!」

 そう言い出したかと思うと、竜姫は突然私を小脇に抱えてビニール袋の中身を机に広げはじめた。いつの間にかレンジは居間の隅に置かれたテレビの電源を入れており、薄い袋の中から取り出した円盤をその下に敷いてある機械に吸い込ませている。

「えみエルは何がいいかなぁ~ チューハイとかあるよ! オレンジだけど、柑橘系はい

けるかなぁ?」

「なぁヒカル、この家にアルコール以外はないのか」

「蛇口をひねれば水は出せるぞ」

 今日の昼まで人間界の物事は見聞きした上での想像上のものでしかなかったのだ。生まれてから延々の大地しか口にしていないのに、チューハイだのオレンジだの柑橘系だの、そういった言葉を並べられてもわかる由がない。

 それくらいならまだ工場で水浴びをしている際に口に入ったことのある水とほとんど同じであろう、人間界の水の方が幾らか安心できる。

 私はヒカルの提案を受けようとそちらに顔を向けた。

「……でも笑美は二十歳超えてるぞ」

「えっマジで!?」

「よっしゃあ! じゃあこれにしよう! 天使と飲めるだなんて何たる幸運!」

 なんということか。状況はことごとく私の思惑から外れて転がり突き進んでいく。

 見ればヒカルには薄すらと笑みのようなものが浮かんでいた。どうやらこの部屋に私の味方はいなかったらしい。コップを机に並べるヒカルの顔を睨みつけると、その口元が微かに動いて、私にこう告げた。

 これも経験のひとつ、と。


「氷がほしいなぁ。ヒカルンある~?」

「あぁ、いくらでもある」

「リモコンの電池くらい交換しろよな~ もう大分きてるぞこれ」

「冷蔵庫で冷やせばまだ復活するだろ。とりあえず連打しとけ」

「杏仁豆腐コーラ味のお酒なんて買ったのレンジ~?」

「俺だってたまには冒険したいときがあるの」

「あれっ、そういえばえみエルは彼シャツ状態だねこれ!」


 部屋の中にはあっという間に酒場の雰囲気が満ち溢れた。

 DVDが再生されたテレビには、荒廃した土地で陽気な音楽に合わせつつロボットがゴミをかき集める場面が映し出されている。その傍らには茶褐色の昆虫が寄り添っていて、ロボットに対してあれやこれとちょっかいをかけては離れようとしない。その光景はサイズ感は逆だとしても、竜姫に絡まれている今の私の状況とよく似ていた。

「えみエル~~~!!! 私のことはりゅーちゃんって呼んでぇぇぇ!!!」

「りゅ、りゅーちゃん……?」

「そう!!! この名前ゴツすぎてかわいさが足りないからぁぁぁ!!!」

 私の髪に頭をうずめて泣く竜姫……もとい、りゅーちゃんは、私がテレビに視線を向けていたほんの一瞬の隙にもうできあがっている様子だった。その勢いに押された私は、りゅーちゃんが差し出す謎の液体が注がれたコップを思わず受け取ってしまった。


 ……これがオレンジとかいう果物味のチューハイだろうか。

 ……それともさっきちらっと聞こえた杏仁豆腐コーラとかいう味なのだろうか。

 ……もうここまできたなら流れに乗ろう、天使がやけになることがあっていいだろう。


 私は初めて天界産以外のものを口にして、そうして人間界での初めての夜を過ごした。

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