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第十四章 結束

 1




「おう。どうしたの、笑美……じゃあなくて、()()()()

「少しだけ聞きたいことがあって。今、大丈夫かな?」

「ん~、まぁ少しなら。接客のふりをしながらでもよければだけど」

 明るい黄色のベストを着て買い物客の対応をしていたレンジは、そう言って次は客ですらない私の声掛けに対応した。気付けば頭の中で延々とこだましてしまいそうな、一種の中毒性を孕んだノリの良いテーマ曲が店内に響き渡っている。煩わしさが全くないとは言わないが、これから切り出す話の内容を考えればこれくらい明るい雰囲気の方がむしろ丁度良いようにも思えた。

「今日はヒカルは一緒じゃないの? 人間界にはもう慣れた感じ?」

「二十日もいればさすがに街の形も覚えるよ」

「ん? ってことは最初に会った日が人間界初日だったってこと?」

「そう。あの日の夜にヒカルに声をかけたの」

「それじゃあ、昼は」

「空を飛ぶ練習してたよ」


 以前のりゅーちゃんの快気祝いの場で、レンジにも私が天使だということを伝えていた。

 もちろん事前にカミサマに許可は貰った。禁忌を犯した今の身からすればただの呼び出し程度の熱感なんて微熱のようなものでしかないだろうけれども、当時の段階ではそんなことは知る由もなければ、わざわざ余分に背中が焼ける感覚を得ようとも思わなかった。それに、許可を事前に一本貰うだけで回避できるのであれば越したことはない。

 私が天使だとヒカルとりゅーちゃんから聞かされてもレンジは信じなかったが、さらけ出した翼を見た途端、文字通り後ろに一回転して腰を抜かしていた。そうして私の翼を触ったりして手の込んだいたずらではないことを再三確認した後、持参した酒を浴びるように飲みながら自分に言い聞かせて、それでようやく信じた様子だった。レンジが酔った姿を見たのは後にも先にもあれが初めてだった。りゅーちゃんとは逆に静かに潰れるタイプらしい。


「それで、聞きたいことって」

「ヒカルの、その、昔の話が聞きたくて」

「ヒカルの? そりゃいいけど、本人に聞いた方が早いんじゃないの」

 そう言うとレンジは歩きながら少し考えて、やっぱり俺が話すよと前言撤回して私に向き直った。気付けば周りには私よりも背の高い洗濯機が幾つも並んでいて、そこら中に設置された小型のモニターでは、それらがいかに素晴らしい機能を有しているのか実演する映像が音割れ気味に再生されている。ここは仕事に関係ない話をするにはうってつけの場所なのだろう。

「どこまで知ってるのかわかんないけど、俺とヒカルは中学からの同級生なんだよ」

「それも初耳」

「そっか。ときどき話したりするくらいの仲だったよ。きっかけは忘れちゃったけどさ」

 どこの部活にも入らずに、用事があるといって級友の誘いも毎回のように断って、そうしてクラスから若干浮いていたヒカルにレンジが声をかけたらしい。とっつきにくそうな雰囲気だったが、話してみればなんてことはない、ちょっと変わってはいるが面白いやつだったと、そのように語った。

「でも、中三の頃に塞ぎ込んだんだよ。友人が亡くなってさ。同じ高校へ行ってからも変わらずだったよ」

「その時期は覚えてる?」

「ちょうど今くらいだったと思うけどなぁ。九月くらいだったかも」

 高校卒業後は長らく顔を合せなかったが、四年ほど前に街中で出会ったことをきっかけに偶然近くに住んでいることを知り、それを機会に今のような家で飲む関係になったらしい。

「あんなゾンビみたいな顔つきがうろうろしてたら、世紀末じゃなくてもショットガン担いで外に出たくなるからさ。だから半ば無理やり押しかけたんだよ」

「友達想いなんだね」

「どうだかなぁ。あっちは迷惑だと思ってるんじゃないかな」

 私はその心配を否定した。確証を持ってそう言える。

 レンジの腰にぶら下がっている機械が震えた。赤いランプが点滅していて、何かの用事が割り込んできたのは明らかだった。

「もう行くね。話してくれてありがとう、レンジ」

「あぁ。ヒカルにもよろしく言っておいてくれ」

 そのつもりだ。だけど飲みに誘った選択が間違ってなかったことはヒカルから直接聞いてほしい。

 またな、と言って足早にフロアの奥へ消えていくレンジの背にそう心の中で返事をして、先に会うべきもう一人のもとへ向かうために、出口へと続くエスカレータに足を乗せた。




 2




「あっ! えみエル~!! 探してたんだよ~!!!」

 店舗に足を踏み入れるなり、声をかけるよりも早くりゅーちゃんが抱きついてきた。マザーに抱きついたときのことを思い出す、そんな感触だ。抱きつくのはいいが抱きつかれるのはごめんだというのはわがままが過ぎるだろうか。だけど、こんなに息が詰まるほど強く腕を回されては誰もがそんな身勝手さを露呈するに違いない。

「店長から聞いたよ~! あんまりにもいきなりでビックリを通り越しちゃったよ!」

「…………」

「返事もないしさ、えみエルも遊びに来なくなったしさ、もう寂しくて寂しくて」

「…………」

「……えみエル?」

 りゅーちゃんは現状をまくしたてた後にようやく腕を緩めてくれた。

「あぁ! ごめんね、えみエル! ついおかしなテンションになってて!」

「バイトは……大丈夫なの?」

「全然平気! 今は暇時のワンダーランドだから!」

 そういってりゅーちゃんは相変わらず動くものが見えない店内を背に、スケート選手の技か何かのようにその場でくるりと一回転した。テンションがおかしいのはいつものことだろうと少し思ったが口には出さなかった。天界でも人間界でも、これ以上失言を重ねる気はない。これもまた成長と言えるだろう。

「何があったの」

「ヒカルンが辞めちゃったんだよ、二日前にね。私が店長から聞いたのは昨日だけどさ」

「そっか……まぁそうだよね」

「長い付き合いの店長もこれにはたまげてたよ。理由は言えないけど急用がなんとかだとか。えみエルも、理由は知らない?」

 知ってはいるが言ってもどうしようもない。

 今から九十分後にはヒカルの寿命が尽きて死ぬと伝えたところで、余計に混乱させることは明白だ。

 それに、りゅーちゃんにもレンジにも人間界の様子を直接体験しにきたとしか言っておらず、ヒカルの最期を見守るために降りてきたという本当の理由は教えていない。当然、人間の寿命が見えるということも話していないのだから、ヒカルの寿命について説明しようとしたところで、それこそ意味がわからないと返されることだろう。

「ヒカルのことは心配ないよ。私も少しだけ天界に戻ってただけだし」

「そうなの? 大したことじゃないならいいけど、私の不穏レーダーが落ち着かなくて」

 そんな器官が人間に標準搭載されているのなら人間界はもっと平和なことだろう。精度も良好とくれば、天使だってひとつや二つ装備したくなる。

「ありがとね、りゅーちゃん」

「ん? なんの話?」

「飲み会に参加したのは、ヒカルを元気付けようとしたからだよね」

「あれっ。話したことあったっけ?」

「それを、伝えておきたくて」

 りゅーちゃんとヒカルがバイト先で知り合ってから、レンジとヒカルの飲み会に加わるようになるまでの話もレンジから先ほど聞いた。

 吹けば消し飛びそうなほどに覇気のないヒカルを心配したりゅーちゃんが、DVDを返却しにきたついでにヒカルと話をしていたレンジに声をかけたのがきっかけだったらしい。本来の理由はそのときにレンジにだけ話して、楽しそうだからという理由で隠し通して今日まで至る。

 話の真偽を確認するとりゅーちゃんは、バレちゃあ仕方ないと言って内容を認めた。

「隠さなくてもよかったんじゃないの」

「恩着せがましく聞こえたら嫌だったし。それに楽しそうだったのは本当のことだったからね」

「知り合ってすぐの人にも、随分積極的なんだね」

「うん。 ……実は私ね、結構前にも天使に会ったことがあるんだ」

 唐突にりゅーちゃんがそんなことを切り出した。

 私が天使だと聞いて大して驚かなかったのは、それが理由だろうか。

「そうなの?」

「物覚えは悪くないはずなんだけどうろ覚えなんだよね。でも、天使っぽい子に会ったことは覚えてる。どこで出会ったんだったかなぁ……キラキラ眩しくって、一緒にいるだけで楽しい気分になれる、そんな子だったの」

「天使っぽい子、かぁ」

「うん。その子に会ってから、人生楽しまなきゃもったいない!って、本当にそう思うようになったんだ」

「それで、そんなに明るいんだね」

「そうそう。えみエルがきてもっと楽しくなって、なんだかあのときのことを思い出しちゃったよ」

 りゅーちゃんが私の手をとった。

「ヒカルンもえみエルが来てきっと、いや絶対、楽しいと思ってるよ! 私もそう思ってるんだから、うん、絶対そうだよ!」

 感謝しにきたのに、感謝されてしまった。

 どんな反応をすればいいのか戸惑って、その感謝を素直に受け取って、また返した。

 それを受け取ったりゅーちゃんがまた返して……

 そうこうしているうちに何を言っているのかわからなくなってきて、最後には二人して笑ってしまった。

「また来てね、えみエル! 次はあの映画の続編を用意するからね!」

 その声に手を振りながら、私は自動ドアを抜けた。

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