表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

夫の寝言

作者: 雉白書屋
掲載日:2025/11/11

「……ね」


 ――ん……え……また? またなの……?


 深夜、とある夫婦の寝室。カーテンの隙間から漏れる外灯の光が、淡くシーツを照らしている。

 そのベッドの上で、妻はふいに目を覚ました。小さく息を吐き、再び目を閉じる。だが、眠りに落ちる前に耳が勝手に音を拾ってしまう。


「もうじきだ……」


 妻は再びため息をついた。まただ。隣で眠る夫の寝言に起こされるのは、今夜で三度目になる。


 ――もう……ほんと勘弁してよね……。


 妻は寝返りを打ち、夫に背を向けた。目をぎゅっと閉じる。


「もうすぐだ……」


 ――もうすぐ?


 妻はごろんと向きを変え、夫の顔を見つめた。静かな寝顔。苦しそうな様子もなく、汗もかいていない。悪夢を見ているわけではなさそうだ。

 そういえば、初めて寝言を聞いたときも同じようなことを言っていた気がする。いったいなんのことだろう。


 ――まさか……昇進のこと? 


 その緊張や不安が寝言として漏れているのかもしれない。妻はそう思い、わずかに口元を緩めた。


「もうすぐ……もうすぐ死ぬ」


「えっ、死ぬ!?」


 思わず声が漏れ、妻は慌てて両手で自分の口を押さえた。寝室は一瞬しんと静まり返ったが、すぐに穏やかな寝息が戻ってきた。


 ――死ぬ? 死ぬってどういう意味……? まさか……自殺を考えてるの?


 妻は夫に身を寄せ、そっと肩に触れた。

 そんなに思い詰めてたの? 私、何も気づかなかった……。聞いてあげなきゃ……でも、なんて声をかければいいんだろう……。


「早く死ね……」


 ――死ね!?


「さっさと死ね……」


 ――誰に言ってるの……? まさか……私? 


「死ぬんだ……もうすぐ……」


 ――もうすぐ死ぬって……まさか、毒? そういえば、最近体調が……。そんな、ありえない……でも、もしそうなら、どうして? 保険金……?


「早く次に行きたいんだ……」


 ――次……次ってなに……? まさか、浮気してるの……?


「もうすぐだ……もうすぐ死ぬぞ……我慢だ……死ね、死ね死ね死ね死ね死ね……」


 妻は息を呑み、そっと布団をめくった。足を床につけて、慎重に立ち上がる。呼吸を整え、音を立てないように寝室を抜け出した。廊下を抜けてキッチンへ向かい、そして――。





『ああ、やっと仕事ができた……。まったく、待つばかりで退屈で仕方がない。ほら、お前も早く死ね。死ね、死ね……』


 別の家のベッドの脇で、死神は小さく笑って呟き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ