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寝癖君

 そして次に寝癖君を見た時、事件は起きた。


 雪乃は私の乗る駅の一つ手前の駅から乗ってくる。

 なので私はいつも乗る車両に、いつものように乗り込むと、ぐいっと雪乃に腕を引っ張られた。


「え? なに?」

 いきなりのことに驚いて雪乃の方を見ると、

「ん! んん!!」

 雪乃は顎で前方を見るように声を出さずに促してきた。


 なにがあるのよ〜。

 いつもと違う雪乃の反応に少し疑問を感じながら見ると……、

「えっ……!? ん!? んん〜!」

 驚きすぎて、大きな声が出そうになるが、雪乃の掌で口を塞がれて叫ばれるはずだった言葉は、口の中にとどまった。


「シー。できる?」

 シーっと口の前で人差し指を立たせた雪乃は、私に黙ってられるか目で威圧する。

「ふんふん」

 口を塞がれたまま大きく2回頷くと、雪乃はそっと口から手を離してくれた。


「凛華、平常心よ平常心。わかった?」

「ふんふん」

 小声で話す雪乃の言葉に、また大きく2回頷く。


「せーので、チラ見。わかった?」

「ふんふん」

 再度、大きく頷いた。

「せーの」

 雪乃の小声に合わせて視線をあげると……。


「「!!」」

 私たちの真ん前でにこやかに微笑みながら小さく手を振る寝癖君の弟の姿が。

 そして隣にいる寝癖君の方を指差し、

「寝癖君、帰ってきました」

 小声で囁き、また後光がかる笑顔を私達を見た。


(弟君!?)


 寝癖君に聞かれてないか、瞬時に視線を寝癖君に走らせる。

 当の寝癖君。今日は化学の本を熟読していて、全く気がついていない。 

 ほっと胸を撫で下ろしてから弟君を睨むと、弟君は「えへへ」と頭を掻いて照れ笑い。


 悪ふざけが過ぎる!

 ギロリと睨むと怯える表情を作り、寝癖君の影に身をかがめ隠れた。


「ん? (あき)、どうした?」

 寝癖君は急に抱きついてきた弟君の方に視線を上げて、優しく声をかける。

 今まで遠くから見ていたので気づかなかった細かなところまでしっかりと見え、いつもは俯き隠れていた顔が見えた。


 きめ細やかな肌に長いまつ毛が揺れている。

 切れ長の涼しげな目、形のいい鼻と唇。右目下に泣きぼくろまであり、大人っぽくて同い年には見えない。

 声変わりはしているけど、爽やかで耳馴染みのいい声は、ずっと聞いていたい感じがする。

 それに悔しいけど、女子の私達よりいい香りもする〜!


「怖いお姉さんに睨まれて……」

「え? 睨まれた?」

 化学の本を閉じ、寝癖君は視線を上げあたりを見回す。


 やばい!

 慌てて視線を下げると、

「そんな人はいなさそうだけど……。まぁ、秋はイケメンだから、誰かに見つめられてたのかもしれないな。もうすぐ降りるから、それまで隠れてな……っていっても、俺より秋の方が背が高かったな」

 五センチほど高そうな弟君の頭に寝癖君は腕を伸ばし、ガシガシ撫でる。


春兄(はるにい)は優しいな」

 満更でもなさそうに、弟君ははにかんでいる。


 美形とイケメンのイチャイチャ。

 決して嫌な光景じゃなかったけど、朝から心拍数上げる驚きサプライズはやめていただきたい。

 雪乃と目を合わせると、弟君は自分の制服のポケットに手を入れた。


 なんだかとても、嫌な予感がする。

 嫌な予感しか……しない。

 身構えていたけど結局何もなく、寝癖君と弟君が降りる駅に到着した。


「春兄、着いたよ」

 本に目を落としていた寝癖君が顔を上げた。

「もう? あと少しだったんだけどな〜。続きは学校で読むか。よし秋、今日はいつもより早く歩いて学校に行くぞ」

 寝癖君は急いでリュックに本をしまう。

「また〜? 春兄の競歩、速すぎるから疲れるんだよな〜」

 言いながらも、また弟君は嬉しそう。 


 今日分かったことは、弟君は寝癖君に『秋』と呼ばれていて、弟君は寝癖君のことを『春兄』と呼んでいる。

 寝癖君はイケメンというより美形でとてもいい声。

 弟君に優しい勉強家ってとこかな?


 多すぎた朝の情報をまとめていると電車のドアが開き、寝癖君と弟君の体がそちらに向き、足を一歩前に出す。

 明日もここに乗るのかな?

 だったら私もここに乗ったら、今日みたいに寝癖君の近くにいられるかな?


 そんな夢みたいなことを考えていると、

「はい」

 弟君がパポケットから何やら取り出す。 

 そして手のひらサイズの紺色の本のようなものを私に渡してきた。


 え?

 咄嗟に受け取ってしまうと、

「学校名はそこに書いてあるから、職員室まで届けてあげてね」

 それだけ言い残し、弟君は電車を降りた。


「え? え? どういう意味?」

 慌てて聞き返そうとしたけど、無情にもドアは閉まる。

「凛華、何渡されたの?」

 隣にいた雪乃と一緒に手渡されたものを覗き込む。

「これって……」

「だよね……」

 多分、私と雪乃の中で思ったものは同じ。

 これは学生ならみんな持っていて、大切なもの。

 それは……。


「「生徒手帳!」」

 雪乃の声と私の声が重なった。

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