表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/15

寝癖君

 電車の窓から見える雲が、入道雲から鱗雲に変わってきた九月中旬。

 私、松本凛華(りんか)と幼稚園の頃からの大親友、武田雪乃(ゆきの)は学生と社会人で混み合う、通勤通学ラッシュの電車に揺られていた。


 今日もある人を探している。

 きっとこの車両に乗っている女子はほぼ全員、彼か彼の友達君のことを探して目で追っている。


 他の子は知らないけれど、私は自分のことを彼に認識してもらおうなんて思ってない。

 ただ彼と同じ車両に乗り、今日の彼を眺めていたいだけ。

 イケメンだけではいい表せない彼を……。



「あ! 凛華見て。いた!」

 雪乃が指差す方を見ると、私たちが探していた彼がいた。

 入り口近くのスタンションポールに右腕を絡ませ、有名中高一貫校の制服を着、両手でチャートを持って読んでいたのが、彼。

 電車に揺られながら、彼は毎日参考書を読んでいる。


 今日も勉強熱心な彼。

 イケメンで勉強熱心なんてポイント高すぎる。

 でもそんなことが入ってこないぐらい、今日の彼もすごかった。


「今日、いつもよりすごくない?」

 目を凝らさなくてもわかる。

 何がすごいって?

 それは……。


「今日もすごい寝癖だよね」

「どんな寝方したら、あんなすごい寝癖になるんだろうね」

 彼の隣にいる友達君は、寝癖一つなく綺麗にセットされている。

 なのに彼は『寝癖の凄さランキング』があるとすれば、今日も新記録を叩き出すほどの寝癖。


 でも彼は決して不潔とかじゃない。

 制服のシャツにはアイロンがしてあって、ズボンにはアイロンでプレスされたセンタークリースも入っている。

 肌もスベスベで思春期特有のニキビもなければ、髪質は猫っ毛でフワフワ柔らかそう。

 髪型は前髪は眉が隠れるほど長いけれど、後髪の裾は綺麗に切り揃えられてるから、あえての長さみたい。


 なのにどうしてか寝癖がすごい。本当にすごい。

 ちょっと襟足や頭のてっぺんが少しはねてるとか、そう言う次元じゃない。本当に『爆発』してる。

 髪の毛が右へ左へ縦横無尽に飛び跳ねてる。


 だから私と雪乃は彼のことに、密かにあだ名をつけている。それは……。

寝癖君(・・・)ってさ、あれ直そうと努力とかしてるのかな?」

 他の学生や社会人で時折視界から隠れてしまう彼の姿を、雪乃が目で追う。


「あれは……してないと思う。だってあんな寝癖がついてたら、私ならシャワーするもん」

 雪乃とヒソヒソ話をしていると、急に寝癖君がチャートから視線を上げた。


 目があわないように急いで雪乃と二人して、視線を落とす。

「とにかく今日も寝癖君に会えたから、いいことあるかもね」

 小声で話、またチラリと視線を上げると、寝癖君の視線はまたチャートを見ていた。 


 雪乃は寝癖君に興味はない。

 でも私は寝癖君を見かけただけで幸運だけど、寝癖君に会えた日はさらにいいことがある。


 例えば学校までの道の信号が全部青だったり、よく行くアイスクリームのお店で、ダブルを頼んだのに店員さんが間違ってトリプルにしちゃって、そのままおまけにしてもらったり。


 とにかく彼は私たちに幸運をもたらす、幸運の寝癖の持ち主とも言っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ