04-2.フィオナの暴走
「フィオナ」
アビゲイルは立ち上がる。
それから、机の上に放置をされていたティーカップを手に取った。
「頭を冷やしなさい」
アビゲイルは冷えた紅茶をフィオナの頭からかける。
紅茶をかけられたフィオナは唖然としていた。
「きゃあああっ!」
そして、事態に気づき、悲鳴をあげる。
フィオナの悲鳴が執務室に響く。フィオナの悲鳴を聞いても駆けつけてくれる人はいない。
バンフィールド公爵家の当主はアビゲイルだ。
公爵邸で絶対的な権力を握ったのだ。
そんなアビゲイルの蛮行を誰も避難しない。帝国の必要悪であるバンフィールド公爵家の当主としてふさわしい悪女のやり方だった。
「なにをするのよ!」
フィオナは一歩下がりながら抗議の声をあげた。
パステルカラーのピンクのフリルをふんだんに使ったドレスは紅茶で汚れ、頭は紅茶で濡れている。みっともない姿にアビゲイルは笑った。
……わたくしも同じような目に遭わされましたからね。
アビゲイルは人前でフィオナによって同じような目に遭わされたことがある。逆行前の話だ。それを知るのはアビゲイルとチャーリーだけだ。
「前公爵の養子が公爵に意見を言うなんて。許されることではなくってよ」
アビゲイルの言葉をフィオナは理解をできなかった。
「前公爵? 公爵はお父様だわ」
「父上はわたくしに公爵位を譲られましたわ」
「嘘よ! だって、次の公爵はフィオナのはずよ!」
フィオナは泣いた。
泣いて必死に訴える。
……どうして、そう思うのかしら。
たとえ、血が繋がっていたとしてもフィオナは公爵にはなれない。爵位を継げるのは第一子のみだ。第一子が爵位継承前になんらなかの死を迎えた場合のみ、第二子が爵位を継ぐことができる。
帝国の法律で定められていることだった。
どちらにしても、血の繋がりがなく、養子にすぎないフィオナには公爵位を継ぐことはできない。アビゲイルの身になにかあれば、爵位は分家に移るだけだ。
……誰かに入れ知恵をされているのかしら。
アビゲイルを蹴落とすためならば、フィオナはなんでもする。
そこまでしなければいけない理由があるのだろうか。
「なぜ、そう思うのかしら」
アビゲイルは問いかける。
それに対し、フィオナは涙を拭いながら口を開いた。
「クリス様が教えてくださったのよ」
フィオナの言葉にアビゲイルは背筋が凍るような思いをした。
……クリス。
婚約者の名をここで聞くとは思わなかった。
養子縁組をしたばかりのフィオナとよく話をしている姿は見ていた。将来の家族として仲を深めるのは当然だと主張していたが、この頃から公爵位を奪うことを企んでいたのだろう。
……あなたの名を聞くことになるなんて。
最初から裏切られていた。
暴力と暴言でアビゲイルを支配し、公爵位を奪うためにアビゲイルを殺した。逆行前、アビゲイルを殺すために馬車に細工をするように企んだのはフィオナではなく、クリスだったのかもしれない。
「それは大きな間違いよ、フィオナ」
アビゲイルはフィオナに優しく言い聞かせる。
12歳のフィオナは多感な時期だ。周囲の影響を受けやすい。
「公爵を継げるのは第一子だけなのよ。つまりは、あなたとわたくしの血が繋がっていたとしても、あなたには継承権はありませんのよ」
アビゲイルの言葉に対し、フィオナはアビゲイルを睨みつけた。
……怖い顔をすること。
初めて見た気がする。
優位を誇り、優越感に浸っている姿しか見たことはなかった。
「クリス様が嘘を吐いたとでもいうの?」
「ええ、そうなるわね」
「お姉様は公爵を継いだの? 本当に?」
フィオナはアビゲイルから数歩下がる。
それから、なにかを考えていた。
「わたくしの味方になった方があなたにとって利益のある話ではないかしら」
アビゲイルは囁く。
……フィオナを利用してみましょう。
味方になるつもりはない。利用して捨てるだけだ。
アビゲイルが逆行前にされたことをフィオナにも体験させる。それがアビゲイルの復讐だった。
「お姉様には利益があるの?」
「わたくしは不用意な争いを好みません。時間を無駄に使いたくはありませんから」
「時間の節約になるってことね。……いいわ。休戦としましょう」
フィオナは12歳とは思えない発言を繰り返す。
貧困街で生きていくのには年相応ではいられなかったのだろう。年齢よりも知恵を働かせなければ生き残れない環境がフィオナを成長させた。
……休戦ね。
フィオナは常に戦ってるつもりだったのだろうか。
アビゲイルに地味な格好をさせ、引き立て役に使っていた。クリスもアビゲイルとのお茶会にはフィオナを招き、フィオナの相手ばかりをしていた。
……二人の関係は怪しいわ。
逆行前の三年後には結ばれていた。
しかし、この時点でなんらかの協力関係にあったのだろう。
「お姉様」
フィオナはしたたかだった。
悪女を目指すアビゲイルの上をいっている。
「クリス様の意見を聞きたいわ」
「聞いてどうするのですか」
「どちらがフィオナの利益になるのか、確かめたいの」
フィオナの言葉にアビゲイルは頷いた。
……確実に暴走をしているわね。
作戦通りだった。
フィオナは暴走をしている。誰を信じるべきか、わからなくなっている。
アビゲイルはフィオナの前に甘い餌を投じたのは、暴走させるためだ。フィオナは暴走をすると年相応の知恵しか働かない。
「お茶会の席を設けましょう」
アビゲイルはフィオナに背を向け、机に向かって歩いて行った。
そして、手紙を取り出し、クリス宛に簡単なお茶会の誘いの手紙を書いていく。
「フィオナ」
「なによ」
「ドレスコードは白にしましょう。クリスの慌てる顔が見てみたいのよ」
アビゲイルの提案に対し、フィオナは頷いた。
異存はないようだ。
アビゲイルはドレスコードの記載をする。こちらか指示をしたのは初めてだった。