04-1.フィオナの暴走
翌日、首都に旅立つ馬車を見送った。マリアは文句の一つも言わず、チャーリーの決定に従っていた。それにより、フィオナの味方は公爵領の公爵邸からいなくなることになる。
フィオナはそれが許せなかった。
馬車を見送ることもせず、部屋の窓から馬車を睨みつけていた。
……愚かな人ですこと。
母をとられたと思っているのかもしれない。まだ12歳の子どもだ。親に依存をしていてもおかしくはない。
去年まで育ってきた環境のことを考えると、マリアだけが首都の屋敷に呼ばれたことを羨ましいと感じているのかもしれない。
どちらにしても、アビゲイルには関係のないことだ。
「執務室に戻ります」
「かしこまりました、公爵閣下」
馬車が見えなくなったのを確認して背を向ける。
マリアが乗っている以上、アビゲイルの時のような事故は起きないだろう。
* * *
執務室に入ると書類が綺麗に並べられていた。チャーリーの気遣いだろう。
書類が見やすいようにと区分ごとにわけられていた。それでも、机が見えないほどの山である。
「毎日、同量の書類を処理していただきます」
「……父上はこなしていたのですか?」
「はい。首都の屋敷でこなしておりました」
執事長の返事に対し、アビゲイルは苦笑する。
……騎士団の仕事をしながら、書類仕事もしていたのですか。
チャーリーの才能には驚かされる。
皇帝陛下から信頼されているだけある。
「公爵閣下。まずは社交界への紹介状を目を通してください」
「社交界デビューはまだしていないのにですか?」
「公爵閣下として社交界デビューする日は決まっております。その日に皆様を招待すると返信なされてはいかがでしょうか」
執事長に言われ、アビゲイルは頷いた。
公爵として社交界デビューする日は聞いている。再来週だ。準備は使用人たちが整えてくれるだろう。
……再来週、私は婚約を破棄するわ。
婚約破棄の屈辱を味合わせるのだ。
そのための準備は始めている。
「お姉様!」
扉を叩くこともなく、勝手に扉を開けてフィオナが飛び込んできた。
常識外れの行動に執事長の眉間にしわが寄る。
「公爵になられたって本当なの!?」
フィオナは使用人たちから聞いたのだろう。
情報が早いことだ。
それに対し、アビゲイルは足を組み、椅子から動かない。
「それがどうかしましたか」
アビゲイルは感情の籠っていない声で返答した。
「ずるいわ!」
始まった。
フィオナの口癖の一つだ。
去年、貧困街から引き取られてきてからというもの、何度、聞いたかわからない。アデラインの持ち物を欲しがり、なんでもかんでも、ずるいと叫ぶ。
気弱令嬢だった頃のアビゲイルは母の遺品以外は譲ってしまった。
それがいけなかったのだろう。
まだ「ずるい」と叫べば、手に入るものだと信じて疑っていない。
「フィオナの方が公爵にふさわしいのに!」
フィオナの主張に対し、執事長は声を出して笑ってしまった。
あまりにもおかしい主張だった。
それに対し、フィオナは執事長を睨みつける。
「あなたの方が公爵にふさわしいかしら?」
「ええ、そうよ!」
「おもしろいことをおっしゃるのね。貧困街出身の誰の子かわからないような人が公爵だなんてありえないわ」
アビゲイルは毒を吐く。
その言葉にフィオナは顔を怒りで真っ赤にした。侮辱されていることがわかったのだろう。
アビゲイルは紹介状に目を落とす。
早くも新しい公爵にお会いしたいという内容のものだった。チャーリーは逆行したことを知っていたからこそ、事前に公爵位を譲る手順を踏んでいたのだろう。
貴族たちはアビゲイルが公爵だと知っている。
だからこそ、15歳のアビゲイルに媚びを売るような内容の手紙を寄越したのだ。バンフィールド公爵に少しでも気にいられようと必死である。
逆行前はアビゲイルを見もしなかった人々だった。
それが媚びを売っている。
それ以上におもしろいことはない。
「フィオナはお母様の子よ!」
フィオナは叫んだ。
母親の出身はわかっている。破産に追い込まれ一家離散した子爵家の出身だ。貧困街に子爵家の出身の娘がいると聞き、後妻にしたのはチャーリーだ。そこには愛ではなく、他家から後妻を迎え入れることにより発生する問題を回避するためだったのかもしれない。
しかし、今は間違いなく、マリアを愛している。
それはマリアが優秀だったからだ。
「御父上の話をしているのですよ」
アビゲイルはわかりやすいように言い直した。
それに対し、フィオナは黙ってしまった。
フィオナの父親が誰なのか、わかっていない。しかし、貧困街に住む人だろうと推測される。身重のマリアを置いて逃げるような人だ。ろくでもないだろう。
「父親は誰かしら。教会で鑑定をしてもらえばわかるかもしれないわね」
アビゲイルは追い打ちをかけるように優しく提案をした。
「……父親はお父様だわ」
フィオナは涙を流した。
泣けばすべてがいい方向に進むと信じて疑わない。
「チャーリーお父様がフィオナの父親よ」
フィオナは本気だった。
だからこそ、貧困街に迎えに来てくれたのだと信じていた。
「ありえないわ」
それを打ち壊す。
アビゲイルは笑った。
「バンフィールド公爵家の後継者は一人だけと父上は断言したわ。それは、わたくし以外には子どもがいないと言っているのも同じことよ」
アビゲイルは事実を告げる。
それにフィオナは納得していなかった。
「お姉様が婚外子かもしれないわ」
「亡くなった母上の不貞を疑うというの? なんて常識のない子でしょう」
「亡くなった人の真実なんてわからないじゃない!」
フィオナは叫んだ。
それに対し、アビゲイルは呆れたような視線を向けた。亡き母が不貞を働いていた事実は存在しない。アビゲイルはチャーリーの唯一の子だ。