01.メイドはフィオナに泣きつく
* * *
フィオナ・バンフィールドは養子縁組をした公爵令嬢だ。その権力は皆無であり、本来ならば使用人たちにも相手にされないはずだった。
しかし、フィオナは泣き真似と嘘が得意だった。
雇用されて間もない使用人たちを狙い、義姉のアビゲイルに嫌がらせを受けているのだと嘘を吹き込んだ。かわいそうな令嬢の出来上がりだ。公爵と血の繋がりはないのは義姉であり、本当の後継者は自分なのだと嘘を吐き続けていた。
その罰が当たった。
アビゲイルを監視するためにつけていたメイドであるダリアが解雇されたのだ。そのことを知らせた他の使用人たちも動揺しており、なんとか裏口からダリアを侯爵邸に引き込むことに成功させた。
……まさか、アビゲイルが動くなんて。
気弱令嬢として知られている姿しか知らない。
周囲の目を気にしているようにしか思えなかった。
「フィオナお嬢様。どうしたら、いいのでしょうか」
ダリアは傷心していた。
そんなダリアを見てフィオナはめんどうだと思っていいた。
「大丈夫よ、ダリア。今日はお父様が帰って来られる日だもの。フィオナがなんとか説得をしてみるわ」
本音を隠し、フィオナは天使のような笑顔を浮かべる。
毎年、この日だけはチャーリーはかかさず帰って来る。大事な日なのだろう。その日が何の日なのか知らないフィオナは勝算があった。
フィオナはかわいらしい。
12歳とは思えないほどに頭も回る。悪知恵が働くのだ。
* * *
……追い出したはずですが。
家族だけの小さな晩餐会にはダリアがいた。
メイドとして当然のように働いている姿に他の使用人は引いていた。露骨なまでに距離をとり、アビゲイルの様子を伺っている。
……フィオナが動きましたね。
すぐに事情を理解する。
フィオナ専属のメイドとなにやら会話をしている姿から、解雇は冗談だと判断したのだろう。アビゲイルが見下されている証拠だ。
……今回も敵対するのですか。
できるのならば、穏便に対応したかった。
義妹との仲は最悪だ。一方的に敵対心を持たれており、若い使用人たちに嘘を吹き込み囲い込んでいる。嘘を吐くのが上手だった。
「アビゲイル」
チャーリーがアビゲイルの名を呼んだ。
静かな晩餐会の終わりを告げる声だった。
「どうされましたか、父上」
「騎士団に顔を出したと聞いた」
「はい。副騎士団長に勝負を挑み、勝利しました。騎士団の権限はすべて返していただきました。今後は訓練にも積極的に参加をするつもりです」
アビゲイルは事実を告げた。
それに対し、フィオナは酷く驚いている様子だった。アビゲイルが私営騎士団の騎士団長をしていることをフィオナは知らなかった。
「ずるいわ。お父様!」
フィオナはすぐに声をあげた。
「フィオナも騎士がほしいわ!」
フィオナは涙を流す。
嘘泣きは得意中の得意だった。
「アビゲイル。実力を隠すのはやめたのか」
「はい。父上。今後は気弱令嬢などと笑われることも減るでしょう」
「いいのか。婚約者はそれを望んでいるのだろう?」
チャーリーに問いかけられる。
フィオナの主張は無視された。
……クリス。
好きではない婚約者だった。家の関係を維持するためだけの婚約だ。婚約には家同士の結びつきが求められるのであり、本人の意思は関係ない。それが貴族の結婚だ。
……なぜ、あの男を怖がっていたのでしょう。
殴られたことは一度や二度ではない。
暴言を吐かれ、人格を否定され、存在すらも否定され続けてきた。
今でも会うのは怖い。
しかし、怖がっているだけでは逆行前と同じになるだけだ。
「いいのです」
アビゲイルは肯定した。
その眼には光はなかった。
「しょせん、家同士の繋がりです。あの男に媚びを売るのは疲れました。なにより、媚びを売るのではなく、売られる側であると気づいたのです」
アビゲイルの言葉に対し、チャーリーは満足したように頷いた。
その言葉をチャーリーは待っていたのだ。
「ようやく理解したか」
チャーリーはアビゲイルの言葉を肯定する。
チャーリーはアビゲイルが気弱令嬢と呼ばれていても庇わなかった。元々の性格である活発で自由気ままな性格ではなく、内気で弱弱しい印象になるように演じているのを見抜いていた。それを黙って受け入れていた。
すべてはアビゲイルのためだった。
アビゲイルがそこまでして婚約者の心を射止めようと努めるのならば、父親として口を出すのはやめていたのだ。しかし、状況は変わった。
「メイドに解雇を言い渡したそうだな」
チャーリーは仕事の関係上、屋敷にいることは少ないものの、情報はしっかりと得ている。解雇の話も移動中に聞いたのだろう。
その話題が出た途端、ダリアの動きが止まった。
ダリアの視線はフィオナに向けられている。
「はい。仕事をしないメイドは公爵家には不要だと判断しました」
アビゲイルは事情を説明する。
簡単な説明だけで十分だった。ダリアの日頃の態度はチャーリーに報告されているはずだ。アビゲイルのことを見下している使用人は新しく入った人々だけであり、古参の使用人たちはアビゲイルが性格を改めることを待ち望んでいた。
「ひどいですわ! お姉様!」
フィオナが立ち上がった。
それから、涙を拭う。
「ダリアはフィオナのお気に入りだと知っていたじゃないですか!」
フィオナは被害者の真似をする。
それに対し、アビゲイルは紅茶を飲んでいた。相手にするつもりもなかった。
「お父様! ダリアの解雇をなかったことにしてください!」
「なぜだ?」
「ダリアはなにもしていません! 急に解雇を言い渡されたんです! お姉様は今朝から様子がおかしくて、きっと、狂ってしまわれたんだわ!」
フィオナは涙を流しながら訴えた。
それは酷い言いがかりだった。
……なにもしないから解雇なのですが。
主人を見下すような使用人は公爵家には必要はない。それがわかっていないのはフィオナだけだった。我慢をしていた逆行前とは違う。アビゲイルはもう我慢はしない。
……お父様を泣き落とすつもりかしら。
チャーリーが一番嫌っている手法だと知らないのだろう。