04.悪女は好きなように生きると誓う
「お嬢様」
ローザは嬉しそうな顔をしていた。
ずっとこの日を待っていたかのようだった。
「ようやく、お嬢様らしくなりましたね」
ローザの言葉にアビゲイルは振り返る。
泣きそうな顔をしたローザを抱きしめ、アビゲイルは心配をかけていたのだと自覚をする。逆行前、優しい乳母はなにも言わずに立ち去って行った。アビゲイルの選んだ道をバンフィールド公爵家の後継者としてふさわしくはないと思いつつ、アビゲイルが選らんだ道ならばと、唯一傍にいてくれた人だった。
「ローザはお嬢様を誇りに思いますよ」
「ありがとう、ローザ。わたくし、バンフィールド公爵家の後継者としてふさわしくなりますわ」
「ええ、楽しみにしております」
ローザは笑った。
それを見て、アビゲイルは安心をした。
……これは悪女への第一歩よ。
バンフィールド公爵家の後継者は悪女でなければならない。
軍国主義にふさわしい実力者でなければならない。
それを示すためにはアビゲイルがすることは一つだけだ。
「騎士団に顔を出します」
アビゲイルは形式上バンフィールド公爵家の私営騎士団の団長となっている。しかし、それをクリスは認めなかった。そのため、普段は副騎士団長にすべてを任せていた。
その権力を取り戻すことにした。
* * *
「すぐにお返しすることはできません」
副騎士団長はアビゲイルの提案を断った。
それは魔物狩りを主に担当している私営騎士団の副騎士団長としての自尊心からくるものではなく、危険を伴う行為を実力がなければ任せられないという意味だった。
「実力を示してください。お嬢様。お嬢様の得意とする魔法で私に勝てれば、すべての権力をお返しいたしましょう」
副騎士団長は真面目だった。
アビゲイルがクリスの言葉を信じ、か弱い令嬢を演じていることを見抜いていた。
だからこそ、騎士団はアビゲイルに忠誠を誓ったままだった。いつの日か、自分たちを率いてくれるはずだと信じて疑わなかった。
それがアビゲイルにとって想定外の出来事だった。
見放されていると思っていた。
子どもの遊びだったのだと思われていると思っていた。
それが違ったことに嬉しさを感じる。
「わたくしは勝負に挑みます」
アビゲイルは副騎士団長に手を差し出した。
その手を副騎士団長は触れた。
勝負を挑むことを認めたのだ。すぐに離された手を惜しむこともなく、アビゲイルは杖を取り出した。
「今までわたくしの代わりを務めていただいてありがとう。これから先はわたくしの副騎士団長として、わたくしを支えてちょうだい。アーサー」
「そうなることを願います」
「ええ。必ず、そうしてあげるわ」
アビゲイルは笑った。
副騎士団長、アーサーはその言葉を信じることにしたようだ。
訓練場で杖を抜く。いつでも戦闘態勢に入れると示すようだった。
「“氷よ 貫け”」
アビゲイルは攻撃を仕掛けた。
手加減はしない。最初から全力で戦うのだ。
「“風よ 撒け”」
アーサーは風を自由自在に操り、振ってきた氷の刃を地面に移動させる。そのことは想定内だった。その隙に距離を縮め、アビゲイルはアーサーの股間を全力で蹴り上げた。
あまりの痛みにアーサーは悶えた。
杖を落とさなかったのは騎士として習性だろう。日頃は杖をよりも重い剣を握っているのだ。軽い杖ならば握りしめることができた。
「“氷よ 貫け”」
アビゲイルは再び同じ魔法を唱えた。
今度はアーサーの上に大量の氷の刃が降り注ぐ。けがをする前に溶けて消えるように調整されている氷により、アーサーは瞬く間に水浸しとなった。
「わたくしの勝ちですわね」
アビゲイルは痛みに悶えているアーサーに優しく囁いた。
「……権力は、すべて、お返し、します」
アーサーは痛みに悶えながら返事をした。
どのような方法であっても勝負は勝負だ。手段を選ばないのは悪女らしい行為だった。観客をしていた騎士たちは自身の股間に手を当て、守りながらも、勝負の行く末を見守っていた。こうして、アビゲイルは騎士団長としての権限を取り戻したのだった。
「悪いことをしたとは思っているわ」
「いえ、鍛えていなかった自分の責任です。お嬢様は勝負に勝った、それだけの話です」
「あら、そう。それなら、よかったわ」
アビゲイルは悪びれることなく言った。
悪いことをしたとは思っていない。人間相手の勝負なのだから、急所を狙って当然のことだ。女性は力が弱い。その分、頭を動かして戦わなければならない。そこに無防備な急所があったのがいけないのである。
「わたくし、まだまだ弱い人間ですのよ。アーサーの助けが必要です」
「私でよろしければなんでもしましょう」
「ありがとう。では、今まで通り、魔物討伐は任せるわ」
アビゲイルの目的は別にあった。
騎士団を味方につけることだ。目論見は外れ、元々騎士団はアビゲイルの味方であったことが判明しただけなのだが、それでも、満足だった。
「わたくしも訓練に参加します。騎士団長として強くならなければなりませんから」
「お嬢様の騎士服は用意してございます」
「さすがね、ローザ。わたくしのことをよくわかっているわ」
アビゲイルがローザに視線を向ければ、ローザは当然だと言わんばかりの顔をしていた。逆行前も用意されていたのだろう。
逆行前は袖を通すことができなかった。
騎士団に戻ることができなかった。
それを果たせただけでも未来が変わるような気がした。
「わたくしは気弱令嬢なんて二度と呼ばせないわ」
アビゲイルは宣言をした。
この場にいた騎士団の騎士たち全員が歓喜の声をあげる。
彼らはこの日を待っていたのだ。
「バンフィールド公爵家の後継者として悪女になってみせますわ!」
アビゲイルは手段を選ばない。
それがバンフィールド公爵家の後継者として求められていることだからだ。
アーサーに勝利をしたという噂は使用人たちにも届くだろう。騎士団長としての実力を見せたと思わせればアビゲイルの計画通りに物事が進む、
……フィリアの思い通りにはさせませんわ。
追い出されたダリアはフィリアに泣きついたことだろう。
これから待ち構えている晩餐会にフィリアはダリアを連れてくるはずだ。そして、ダリアのメイドとしての復帰をチャーリーに請うだろう。
それをアビゲイルは待っていた。




