01-3.求婚状が届き続ける
「……あなたと話をしていると自信を無くすわ」
「どうして? 陰で隠れていた方が楽だったから?」
「いいえ。わたくしは悪女にならないといけないのに、あなたよりも、立派な悪女になれる気がしないのですもの」
アビゲイルは紅茶を飲んだ。
優雅なひと時を過ごせるのは今日までだ。
明日には城に出向かなければならない。
……まさか、新しい婚約者候補に第四王子殿下が入るとは思いませんでした。
元男爵家の令嬢である側妃の息子だ。
婿入り先を探していたのだろう。
……それも王太子殿下の推薦付きなんて。
求婚状の中で特に目立っていた封筒を思い出す。
王太子殿下からの手紙だった。
「ねえ、お姉様。どうして、皇帝陛下と皇后陛下なのに、子どもは王太子や王子なの? 皇太子や皇子じゃないの?」
「帝国が王国だった頃の名残と言われています」
「ふうん。王国だった時代があるのね」
フィオナは納得したようだ。
それから菓子を頬張る。
……歴史の家庭教師も必要そうですね。
フィオナは知識が足りない。
特に建国にまつわる知識は大事なものだ。
「幼い頃に習うべきことですわ」
アビゲイルはそういうとフィオナはめんどうそうな顔をした。
数学や国語などといった今後に役に立ちそうな知識はほしいものの、それ以外の勉強はあまりする気にはなれないのだろう。
……露骨な方ですこと。
いずれ、公爵家を出ることを考えているのだろう。
フィオナはアビゲイルを利用するだけ利用して、さっさと退散するつもりだ。
「淑女としての教育を増やしましょうか」
「いいわよ。フィオナ、まだなにも情報を仕入れてないし」
「これは公爵家の権威に関わることです。社交界デビューの時のように父上と義母上の傍に居続けるわけにはいきませんからね」
アビゲイルは先日の騒動を思い出しつつ、そう言った。アビゲイルと同時に社交界デビューをすることになったフィオナの対応は酷いものだった。
12歳ならば社交界デビューをするのには遅い年齢だ。
アビゲイルは異例の遅さだった。
バンフィールド公爵家の人間らしくないという理由で先延ばしになっていたのだ。
それでも、アビゲイルは完璧だった。
どこまでも悪女らしく振る舞った。婚約破棄を告げる姿は悪女そのものだった。と、世間では評価されている。
その結果が王太子にも届いたのだろう。
バンフィールド公爵としてふさわしい人間になったと判断し、第四王子との婚約を持ちかけて来たのだ。自身の後ろ盾にするために血の繋がった実弟を利用したのだろう。
「ダメなの?」
「いけません。バンフィールド公爵家の威厳に関わります」
「それって、そんなに大事なことなの?」
フィオナは菓子を食べながら問いかける。
礼儀作法の授業を忘れてしまったかのような自由な振る舞いだ。
「お姉様って、本当は大人しくて引きこもっている方が楽だったんでしょ」
「そのようなことはありません」
「嘘よ。だって、クリスが言っていたもの」
フィオナは笑った。
「引きこもりたいなら、引きこもればいいじゃない。伝統なんて無視すればいいじゃない。だって、バンフィールド公爵家の公爵はお姉様なんだから」
フィオナの甘い誘惑に誘われそうになる。
……そのようにできたら、楽でしょうね。
それは叶わない夢だ。
時間を遡り、戻ってきた時に決めたのだ。
復讐をやりとげると覚悟を決めた。
そのためには、悪女になる必要があった。
「クリスとは恋人だったそうね」
「ええ、そうよ。恋人だったわ」
「簡単に切り捨ててしまったのは、どうしてかしら」
アビゲイルの問いかけに対し、フィオナは笑った。
どうして問われているのか、理解をしていない。
「だって、利用価値がなくなったのだもの」
フィオナは悪女だ。
簡単に他人を切り捨てられる。そうして生きて来なければいけなかった。
「お姉様の方が利用価値があるわ。だから、クリスを捨てたの。それだけの話よ」
フィオナは当然のように言い切った。それがアビゲイルは恐ろしかった。
……恐ろしい。
アビゲイルは素直にそう思った。
……私にフィオナを断罪できるのかしら?
復讐の対象にはフィオナも入っている。
一度目の死を引き起こした元凶の一人はフィオナだ。修道院に向かうはずだった馬車になんらかの手を加えたのだろう。しかし、証拠はどこにもない。
それはアビゲイルにとって過去であり、未来の出来事でもある。
未来の出来事の証拠など探しても見つかるはずがない。
「フィオナ」
アビゲイルはフィオナを利用している。
第二王子の動向を探るのにはちょうどいい駒だった。
しかし、それは復讐とは言えない。
「あなたが本当に欲しいものはなにかしら」
「なんのこと?」
「家庭教師をつけてほしいと頼んできたわよね。それ以外にも宝石やドレスも欲しいと願ったわ。でもね、それは公爵家の養子に与えられるべき当然の権利なのよ」
アビゲイルはフィオナの本音を聞き出すために優しく問いかけた、
フィオナは当然の権利さえも受けられなかった。
それは前公爵の後妻の娘という立場にすぎなかったからだ。養子縁組はしたものの、それ以上の価値を見出すことはなく、放置されていた。
フィオナは好きなように振る舞った。
それがバンフィールド公爵家の解雇された使用人たちには都合が良かった。それだけの理由でフィオナは一時的にアビゲイルよりも権力を握ったのだ。
「当然の権利だということは知っていたでしょう?」
アビゲイルはフィオナの返事を待つ前に問いかける。
……知っていたはずよ。
フィオナは勉学に興味がある。
それは生き残るための重要な術だからだ。
それを手に入れられる立場になったということを理解していたはずだ。
「どうして、それを今まで主張しなかったのかしら」
アビゲイルは疑問ばかりを口にする。
それに対し、フィオナは笑った。
愉快でしかたがないというかのようだった。
「フィオナは公爵になりたかったのよ」
フィオナは本音を口にした。
目的が達成できないと知っているからこその本音だろう。




