01-1.求婚状が届き続ける
アビゲイルの公爵襲名パーティが無事に終わり、1週間が経過した。
フィオナは1週間の謹慎処分の期間が終わり、のびのびとした恰好でアビゲイルの執務室のソファーに座っている。アビゲイルと仲が良いから許されたのだと周囲にアピールをする狙いがあるのだろう。
どこまでも、図太い女だった。
アビゲイルはフィオナを咎めない。
12歳のフィオナはどこまでも子どものように振る舞わない。1人前の女性として振る舞い、アビゲイルの傍にいることを選んだ。
「お姉様」
「なんでしょうか」
「クリス様はどうなられたの?」
フィオナの問いかけに対し、アビゲイルはため息を零した。
「行方知らずです」
アビゲイルはダドリー伯爵家から届いた書簡に目を通していた。
まるで報告書を読んでいるのがわかっているようだった。
……気味が悪いですね。
フィオナは勘が良い。
まるで知っているかのような振る舞いをする。
それが妙に気持ちが悪かった。
「ダドリー伯爵家から勘当をされたようですが、その後の行方はわかっていません」
「殺されちゃったのかしら」
「知りません。ですが、市民として生き抜くのは無理でしょう」
アビゲイルはため息を零す。
……クリス。
クリスには恨みしかない。
逆行前も逆行後もクリスには暴力や暴言を浴びせられてきた。優しかった頃の面影は残っておらず、クリスはいつも、自分が偉いかのように振る舞っていた。
そんな人が貴族ではなく、市民に格下げをされて生き残れるはずがない。
……嫌な予感がします。
クリスの行方はわからない。
ダドリー伯爵家も偵察をしていたようではあるのだが、器用に逃げられてしまったようだ。
「フィオナ。あなたはどうするつもりですか?」
アビゲイルの問いかけに対し、菓子を食べていたフィオナは首を傾げた。まるでなんのことか、なにもわかっていない子どものような仕草だった。
「フィオナは王子様と結婚するわ」
フィオナは当然のように言い放った。
……結婚ですって?
そのような提案は来ていない。
それならば、それはフィオナの目標のようなものだ。
……どの王子殿下のことを言っているのかしら。
帝国には王子が何人もいる。
王太子ではなく、王子と表現したことが気になった。
「第二王子殿下よ」
フィオナの言葉にアビゲイルは目を見開いた。
平和主義者の第二王子はバンフィールド公爵家の敵だ。帝国を継ぐ立場にある王太子の主義に反する者はすべて敵である。
……意味を理解しているのかしら。
アビゲイルはフィオナに第二王子派の動向を探るように指示をした。
しかし、結婚をするようには指示をしていない。
……結婚をすれば、敵となるというのに。
第二王子は婚約者がいない。
帝国の主義に反する平和主義者には婚約者が与えられていないのだ。その座に座ろうとしているフィオナが恐ろしく思えた。
「あなたは結婚を考えている相手の情報を私に売るつもりなのかしら」
アビゲイルは問いかけた。
それに対し、フィオナは笑った。子どものような笑顔ではなく、非常に穏やかな笑みだった。それが不気味でしかたがなかった。
「違うわ」
フィオナは笑顔で否定をする。
「情報を得るために結婚をするのよ」
「それは危険ですわ」
「危険なのは承知の上よ。お姉様。フィオナは約束を守るの。だから、お姉様も約束を守ってちょうだい。そうしなければ、フィオナが危険な橋を渡る意味がなくなるわ」
フィオナは冷静だった。
……約束。
アビゲイルはフィオナと約束を交わしている。
それは第二王子の情報と引き換えに家庭教師の数を増やしたり、フィオナのドレスや装飾品を購入する約束だ。それは命を賭けるのには不釣り合いな約束だった。
フィオナは前公爵の義理の娘として教育を受ける権利がある。
それを騙す形でアビゲイルはフィオナに約束を持ちかけたのだ。
そのためにフィオナは命を賭けると言い出したのである。
……たかが、そのために命を賭けるというのですか。
危険な賭けだ。
一歩間違えば、処刑台にあがることになる。
フィオナはそれを理解しているはずだ。
「約束は守りましょう」
アビゲイルはフィオナを止める権利がない。
フィオナを利用しようと決めたのはアビゲイルだ。いまさら、手のひらを返すわけにはいかなかった。
「……あなたは、私が憎くないのですか?」
アビゲイルは問いかけた。
それに対し、フィオナは想定外の質問だと言わんばかりの顔をした。大人ぶっているとはいえ、12歳の子どもだ。想定外の質問が来れば感情が表情に出てしまう。
「憎い?」
フィオナは菓子を食べる手を止めた。
それから、ありえないと言わんばかりの顔をした。
「言ったでしょう。お姉様はフィオナの恩人よ。ずっと、忘れていたけれど。でもね、フィオナは恩人に恩を返すためならば、なんだってしてしまうのよ」
フィオナの言葉に違和感を抱いた。
……ずっと忘れていた。ですか。
アビゲイルが気まぐれで孤児に金貨を渡したのは、母が亡くなった頃の話だ。
その金貨のおかげでマリアの命は助かった。
そのことをフィオナは覚えていた。
……記憶があるのかしら。
逆行前の記憶があるかのように思えてしかたがなかった。
しかし、フィオナに記憶を残す理由がわからない。
「まるでやり直しをしているかのようね」
「やり直し?」
「ええ。人生をやり直しているかのような言葉ですわ」
アビゲイルの言葉にフィオナは声を出して笑った。
「ありえないわ。お姉様」
フィオナは否定した。
その言葉に嘘はない。
「フィオナは魔法を使えないもの。忘れてしまったの? フィオナは貴族ではないわ」
フィオナは魔法が使えない。
そのことをアビゲイルはうっかりと忘れてしまっていた。




