08-3,新たな公爵を祝うパーティを開催される
反射的にクリスは手を振り上げようとするが、護衛騎士の手で押さえられてしまい、失敗に終わる。
世間の目は冷たかった。
誰が見てもそうだろう。
アビゲイルの味方をする方が正解なのだ。
「婚約の破棄なんて認めるものか! 父上に言い付けてやる!」
「伯爵も同意の上でしてよ」
「そんなバカな話があるものか!」
クリスは声を荒げた。
信じられなかったのだろう。
ダドリー伯爵はバンフィールド公爵家に多額の借金をしている。その借金を返す代わりとしてクリスをバンフィールド公爵家に売ったのだ。
それを美談をとして伯爵はクリスに語ったのだろう。
借金の代わりに売り飛ばされたとは知らないはずだ。
「婚約は破棄されてましたわ」
アビゲイルは再度告げる。
「認めない!」
「認めない理由などないでしょう。わたくしに対する暴力と暴言、それから、よりにもよって、わたくしの義妹と浮気をしておりましたもの」
アビゲイルは淡々と告げる。
これはパーティにつきものの見世物だ。
アビゲイルが見世物になるのではない。クリスが見世物になるのだ。逆行前、やられたことをやり返せば少しだけ気持ちが晴れた気がした。
……わたくしは傷ついていたのね。
自覚をする。
自尊心を傷つけられていたことに傷ついていた。
「義妹と浮気ですって?」
「義妹って前公爵の後妻の子でしょう?」
「平民出身と聞いているわよ」
周囲の声が大きくなる。
その声に怯えたようにフィオナはアビゲイルの腕を掴んだ。
……浮気をしていたのに堂々と裏切るわね。
フィオナはクリスではなくアビゲイルを選んだ。
その理由は聞かされた。しかし、フィオナは計算高い女性だ。自分自身が有利の立場にあるとなれば、途端に手のひらを返すだろう。
……まあ、今回は大目に見ましょう。
復讐をする相手はクリスだ。フィオナではない。
逆行前に婚約破棄をされたことを根に持っているわけではないが、すべての元凶であるクリスには痛い目に遭ってもらわなければ、気が済まなかった。
「クリス」
アビゲイルは淡々と名を呼んだ。
クリスに対する情は残っていない。
「哀れな姿ですこと」
「同情すらしないのか!」
「しないわ。公爵であるわたくしを裏切ったのはクリスでしょう? 裏切り者の哀れな姿は見世物にちょうどいいわ」
アビゲイルは笑う。
笑わなければいけなかった。
主催者であるアビゲイルの言動に合わせるかのように、周囲の貴族たちはクリスの醜態を見て笑い始めた。
貴族たちの標的がフィオナからクリスに移った。
それをクリスも勘付いたのだろう。
「その平民女が俺を誘惑したんだ!」
「12歳の子どもが誘惑なんてするはずがないでしょう」
「12歳だからなんだというんだ! 俺は確かにその女に誘惑されたんだ!」
クリスは声を荒げる。
その声にフィオナは怯えた表情を作る。
……12歳の子どもを相手によくやるわ。
フィオナは12歳だ。まだ保護者が必要な子どもだ。
「子どもがお好きなのね」
アビゲイルは笑う。
その言葉にクリスは眉を潜めた。
なにを笑っているのか、理解ができないのだろう。
「小児性愛者はわたくしたちの敵でしてよ」
「誰が小児性愛者だ!」
「クリスでしょう? 12歳の子どもに手を出したのですもの」
アビゲイルの笑い声にクリスは威嚇をするような顔をした。
それに対し、アビゲイルは怯えた様子を見せない。
「フィオナは12歳よ。間違えることもあるわ。でも、クリスは15歳じゃないの。そろそろ、間違えてはいけない年齢よ」
アビゲイルの言葉には間違いがある。しかし、それを正す者はいない。
クリスは小児性愛者ではない。
年齢が大きく離れているわけでも、子どもにしか欲を抱かないわけでもない。しかし、アビゲイルが指摘をしたことにより、貴族たちはその言葉こそが正しいのだというかのようにクリスを見下す。
この場ではアビゲイルこそが正義だった。
クリスがそれに気づいた時にはすべてが終わっていた。
「……アビゲイル」
クリスは優しそうな声でアビゲイルの名を呼んだ。
その声に懐かしさを抱いてしまう。
婚約をした当初はその優しい声に恋心を抱いてしまったものだった。
「俺が悪かった」
「謝罪の言葉はいりませんわ」
「いや、謝らせてくれ」
クリスは態度を変えた。
……観念したのでしょう。
クリスは諦めたのだ。
高圧的な態度に怯えていたアビゲイルはいないのだと察したのだろう。
「必要ありませんわ」
アビゲイルは謝罪を拒絶する。
それから、視線をクリスに落とす。
「もう婚約者ではありませんもの。他人の謝罪など不愉快なだけですわ」
アビゲイルの言葉にクリスは口を閉ざした。
……有力な情報も得られました。
フィオナがもたらした情報はクリスの浮気の証拠だけではなかった。それは既に交流のある王太子の元に送られている。
……第二王子派は出てきませんわね。
切り捨てられたのだろう。
クリスは第二王子派と接触をしていた。その証拠はフィオナが浮気現場に出向き、手に入れてきたものだ。
「皆様、気を取り直してパーティを楽しみましょう! わたくしの公爵襲名をお祝いしてくださるのでしょう?」
アビゲイルは振り返る。
貴族たちの前で道化師のようにおどけてみせた。その変わりようをみた貴族たちは同意をするかのように笑みを零し、再び、ダンスが再開された。
穏やかなパーティの雰囲気を壊さないように外に連れ出されるクリスの姿を気にかける者は、誰もいなかった。




