07.情報ギルド
翌朝、情報ギルドから届けられた書類に目を通す。
派手なドレスに身を包んだアビゲイルは眉間にしわを寄せていた。
……フィオナのいう通りでしたね。
密会は行われていた。
フィオナがどうやって侯爵邸を抜け出したのかも書いてある書類によれば、フィオナは確かにクリスと密会をしていた。夜間に堂々と宿場に泊まったようだ。
宿場は領民が利用する場所だ。
貴族が利用する場所ではない。
それを知っているからこそ、クリスは密会の場所に選んだのだろう。
……浮気の証拠を掴みました。
証拠写真を見てため息を零す。
そこにはフィオナとクリスがキスをしている写真があった。
……12歳の子どもに手を出すとは。
三歳しか離れていない。
しかし、15歳と12歳では大きな差がある。
「ローザ」
忙しく準備をしている乳母に声をかける。
ローザはアビゲイルの呼び声に応えるように振り返った。
「わたくしはクリスになんの愛着も持っていなかったようだわ」
「さようですか」
「浮気の証拠を見てもなにも思わないものね。少しは嫉妬すると思っていたのだけども、わたくし、とっくにクリスのことがどうでもよくなっていたのね」
アビゲイルは昔はクリスに好意を抱いていた。出会った時からおとしやかな令嬢になるように強要はされていたものの、クリスに好かれるためならばとアビゲイルは受け入れてしまった。
暴力や暴言を振るうようになる前の話だ。
フィオナが公爵家の養子に入ってからというもの、クリスの態度は一変した。
暴力や暴言により、アビゲイルを支配下に置こうとしてきたのは、フィオナが公爵家の養子になってからだった。
「お嬢様の待遇を考えれば、当然のことです」
「そう思っていても、ローザはなにもしなかったわ」
「公爵家の跡取りたる者、ご自身で解決をしていただけなければなりません。そういう決まりですので、見守っておりました」
ローザの言葉に納得をした。
公爵家の決まりを破ることをローザはしない。
乳母としての役目は果たされている。それでも、傍にいたのはローザなりにアビゲイルを守るためだったのだろう。
「今のお嬢様は公爵家の後継者としてふさわしい姿になりつつあります。誇らしくありますよ」
ローザの言葉にアビゲイルは苦笑した。
……婚約破棄をするのが正解なのでしょう。
暴力や暴言は人の思考回路を停止させる。それらを受けないために行動をしようと考えさせ、必死になって相手を庇うことが多い。
逆行前ならばアビゲイルもそうしていただろう。
クリスに言われるがまま、婚約を破棄してしまった。
あの時の屈辱を返す日は近い。
……屈辱は返します。
逆行前のクリスと今のクリスは三年間の差がある。
しかし、アビゲイルを虐げているクリスに変わりはない。優しかった頃のクリスはもういないのだ。
なにも迷うことはなかった。
執務室の机の引き出しに証拠品をしまう。
既に同じものを二枚用意してあり、一枚はチャーリーの手元に届けられている。万が一、フィオナがアビゲイルを裏切った時の保険だ。
……フィオナはどうしましょうか。
義姉の婚約者の恋人だ。
協力関係にあるとしても、その立場は変わりはしない。しかし、第二王子派の動向を掴むためにはフィオナは手元に置いておきたかった。
……12歳という若さを利用されたということにしましょうか。
仲の良い義理姉妹を演じるしかないだろう。
少なくとも、一方的に仲良くなりたいと思っているかのような演技は必要だ。フィオナは婚約破棄の材料になることを知りながらも、密会の日時を教えたのだ。それ相応の褒美は必要である。
「悪女とはなんなのでしょう」
アビゲイルは悪女に向いていない。
根本的な性格が優しすぎるのだ。
「いっそのこと養子であるフィオナを虐げれば、悪女になれるのでしょうか」
「一般的な悪女ではなく、公爵家を代表とする必要悪として悪女におなりくださいませ」
「帝国の必要悪としての悪女とはなんですか?」
アビゲイルにはわからなかった。
アビゲイルも一般的に悪女とされている人の特徴はわかる。
贅沢に溺れ、豪遊し、目下の者を甚振る。それが一般的な貴族の姿であり、民衆から悪とされるべき姿だ。しかし、アビゲイルが目指さなければならないのは帝国の必要悪である。
帝国のためならば、なんでもする存在だ。
その存在になるための方法がわからなかった。
「帝国の敵を討ってくださいませ」
ローザは淡々と告げた。
帝国は軍事国家だ。軍国主義だ。帝国の敵は周囲の国々であり、内なる敵は平和主義者だ。
……第二王子派の情報を王太子殿下に渡すことから、始めましょうか。
アビゲイルは悪女にならなければならない。
そのためならば、使えるものはなんでも使う。
「そうしましょう。ローザ。襲名披露パーティは騒がしくなりそうですね」
「はい、お嬢様」
ローザは返事をしながら紅茶を淹れる。
「お嬢様が公爵閣下になられ、誇らしく思います」
ローザは涙を流した。
アビゲイルの体に残っている痛ましい傷跡を思い出したのだろう。クリスに逆らったのは先日のお茶会が初めてだった。
「もうローザの守るべきお嬢様はいませんね」
「いいえ。ローザには引退をさせないわ」
「なぜですか。お嬢様」
ローザは不思議そうな顔をした。
侯爵邸の中でもっとも年齢が上なのがローザだ。こうしてゆっくりと紅茶を淹れたり、着替えを手伝うことくらいしかできない。掃除や洗濯などの重労働からは外され、アビゲイル専属のメイドの一人として働いている。
引退をしてもしかたがない年齢だった。
しかし、アビゲイルにはそのつもりはなかった。
「ローザに見せてあげるわ」
アビゲイルは笑った。
「わたくしが帝国で一番の悪女と呼ばれる姿を隣で見ていてほしいの。だめかしら」
アビゲイルの言葉に対し、ローザは涙を拭った。
それほど誇らしいことはない。
アビゲイルの言葉ほどに嬉しいことはなかった。
「いいえ。お嬢様。ローザは傍で見守り続けますとも」
ローザは涙を拭いながら答えた。




