06-3.フィオナの選んだ道
「それはそうよ」
フィオナははっきりと言い切った。
嫌われているのは当然だ。得体のしれない存在を排除したがるのは貴族らしいものだった。
「フィオナのお母様は元男爵令嬢ですもの。令嬢とはいえ、公爵家とは家格があいませんわ。それを後妻なんて。礼儀作法に厳しいお方が許すはずがないわ」
「よくご存じですのね」
「独自の情報網があるのよ、お姉様。貧困街出身だからって、あまり、下に見ていると痛い目に遭うわよ」
フィオナの言葉は忠告だ。
……下に見ているつもりはありませんが。
しかし、対等ではない。
前公爵の後妻の連れ子と公爵では立場が違う。
「ご忠告、ありがとうございます」
アビゲイルは素直に忠告を受け止めた。
……貧困街の情報ギルドと繋がりがあるのかしら。
貧困街の情報ギルドは、手段を選ばない情報ギルドの一つだ。アビゲイルが連絡を取っている帝国が認定している正規の情報ギルドとは違い、非正規のものだ。
「フィオナ。公爵家の令嬢として付き合う相手を考えなさい」
アビゲイルは忠告をする。
帝国から認定を受けていない非正規の情報ギルドと付き合いがあるようでは困るのだ。公爵家の人間でいたいのならば、帝国が認めていない連中との付き合いは控えてもらわなくてはならない。
「あなたは、貧困街のフィオナではないわ。公爵家のフィオナなのよ」
「……お姉様だけね。フィオナを公爵家の一員として見てくれるのは」
「当然でしょう。義母の娘は公爵家の人間として扱われます。血の繋がりはないからこそ、継承権はありませんが、それでも、それ相応の対応を受けるべきです」
アビゲイルの言葉にフィオナは俯いた。
……なにを考えているのか、わかりませんね。
アビゲイルは逆行前もフィオナをぞんざいに扱ったことはない。フィオナによって悪者扱いをされた時も、フィオナを恨まなかった。
悪者扱いに慣れていた。
クリスはいつだって都合が悪くなればアビゲイルの責任にしていたからだ。それを婚約者として当然のように受け入れていた。
だからこそ、フィオナを恨んだことはなかった。
しかし、逆行前の馬車の事故にフィオナが関わっていたのならば、話は変わってくる。
「……今夜、クリス様と密会をする予定があるの」
フィオナは覚悟を決めたかのように口を開いた。
初耳だった。
情報ギルドからも密会の予定は連絡がなかった。
それほどに極秘に話が進められていたあのだろう。
「フィオナはクリス様の恋人として振る舞うわ。お姉様はそれを浮気の証拠とすればいいのよ」
フィオナは立ち上がる。
もう用事はないというかのようだった。
「なぜ、情報を与えたのですか?」
アビゲイルは引き留める。
理解ができなかった。
協力関係にあるとはいえ、それは条件付きのものだった。信頼関係が築かれているわけではない。
……クリスよりもわたくしを選んだということかしら。
フィオナはクリスの恋人だ。
年齢は離れているものの、クリスは気にしていないのだろう。クリスはフィオナに甘かった。なんでも欲しがるものを与え、フィオナを大事にしていた。
それは演技ではなかった。
「お姉様は覚えていないでしょうね」
フィオナは笑った。
それは演技ではない。本気でアビゲイルに笑いかけていた。
その笑顔に見覚えがあった。
……五年前の貧困街近くの少女がフィオナだったというの……?
五年前、母が亡くなった時期にアビゲイルは貧しい少女に施しを与えたことがあった。母が病で倒れていると泣きながら訴えてきた少女と母を亡くしたばかりの自分の姿が重なって見えたのだ。
施しはいけないことだとわかっていた。
一度、それをすれば、手に負えなくなる。
だから、アビゲイルは一度だけだと決めて施しを行った。
持っていた金貨を一枚、少女に投げたのだ。直接渡したわけではなく、偶然、手を離してしまったのだという風に装い、施しを行った。
それ以降、貧困街の近くには近寄ってはいない。
それどころか、市街地にも出ていない。
公爵邸の中だけで過ごしてきた。
それは忘れていた記憶だった。
フィオナに言われなければ、思い出すこともなかっただろう。
「お姉様の気まぐれでお母様の命が助かったのよ。それを思い出したから、今回はフィオナが悪役になってお姉様を助けてあげることにしたの。忘れないでよ。今回だけだからね」
フィオナの言葉にアビゲイルは頷いた。
あの時の痩せ細った少女の姿をはっきりと思い出せない。
「お母様が公爵家の後妻にならなければ、フィオナは今も貧困街にいたわ」
「そうでしょうね」
「貧困街に戻るのは嫌なのよ。だから、お姉様の協力者になるの。そうすれば、第二王子派に近づく貴重な駒として公爵家で贅沢ができるでしょう?」
フィオナはあくまでも自分の生活のことしか考えていない。
しかし、それはアビゲイルにとって都合のいいことだった。
……貴重な駒であると自覚をしているのね。
それは切り捨てられることを覚悟しているということでもある。
「お姉様への恩返しは一回だけよ。それ以降は全部フィオナが贅沢をするためにお姉様を利用しているだけなんだからね」
フィオナは言い切った。
そして、背を向けて歩き始める。
「わたくしは帝国の公爵ですわ」
アビゲイルは立ち去っていくフィオナに声をかける。
「王太子派である以上、あなたを庇うことはできないでしょう」
「わかっているわ。その上で引き受けたんですもの」
「情勢によっては断頭台に上がることになりますわ。その覚悟はできておりますの?」
アビゲイルの問いかけにフィオナは振り返った。
その眼はいつになく真剣だった。
「舐めないでちょうだい、お姉様」
フィオナは不敵に笑う。
「断頭台に上がる覚悟なんて。お姉様から第二王子派に接触しろって言われた時点でしているわよ」
フィオナは正直者だった。
自分の欲に正直だ。欲を満たすためならば、命すらも賭けられる。
これは賭けだ。
第二王子派の情報を掴めば、フィオナは望むがままに公爵家の教育を受けることができる。情報を手に居られなければ、役立たずとして切り捨てられ、貧困街に戻されることになるだろう。大きな賭けだった。




