06-2.フィオナの選んだ道
クリスは第三者に利用をされた可能性が高い。そうでなければ、アビゲイルを支配下に置き、実質的な公爵として振る舞うのがクリスの目的を叶える方法だからだ。第一子でなければならないと知っている限り、アビゲイルを排除する必要性がない。
アビゲイルを支配下に置けばよかった話だ。
それを覆してまで婚約を破棄する理由にはならない。
そのことに気づいてしまった。
……バンフィールド公爵家の直系を消すためでしょうか。
バンフィールド公爵家の直系の子どもはアビゲイルしかいない。
……バンフィールド公爵家の敵は平和主義団体ですわね。
必要悪であるバンフィールド公爵家を消すことを望む貴族は少なくはない。第二王子派と呼ばれる反軍国主義の派閥にとって、軍国主義の象徴でもあるバンフィールド公爵家は厄介者だ。
……第二王子の動向にも注意をしなければいけなそうね。
帝国は軍国主義だ。
戦争をしかけて領土を増やし、多くの金銭を得てきた。
「……フィオナ」
アビゲイルは真剣な眼差しでフィオナの名を呼んだ。
……年は同じくらいだったはずよ。
相手は皇族だ。簡単にはいかないのはわかっている。
「第二王子殿下を狙いなさい。社交界デビューはわたくしの公爵位を継いだ記念のパーティで行うわ。その際、皇族方も招くことになっているのよ」
「第二王子殿下? 王太子殿下がいいわ」
「王太子殿下には婚約者がいます。それよりも、第二王子殿下の方はフィオナと年も近く、狙いやすいでしょう」
アビゲイルの言葉にフィオナは頷いた。
……癖があると聞いたことはありますが。
第二王子は平和主義者だ。この帝国の皇族とは思えない思考回路は、アビゲイルには理解することができない。
「第二王子派に近づいてほしいのです」
「派閥争い? フィオナ、難しい話はわからないわよ」
「その純粋さで近づいてください。彼らは難しい話ばかりで疲れているでしょうから」
アビゲイルの言葉にフィオナは困ったような顔をした。
……乗り気にならないわね。
価値を示すためならば、どのようなことでもすると思っていた。しかし、フィオナは乗り気ではないようだ。
「対価は?」
フィオナはアビゲイルを見つめる。
まっすぐとした目は覚悟を決めているようにも見えた。
フィオナはソファーから立ち上がり、菓子を食べるのをやめる。
……危険な任務だということに気づいたようね。
やはり、普通の12歳ではない。
派閥争いが危険を伴うことを知っているのだ。フィオナについている家庭教師は礼儀作法の教師だけのため、家庭教師から情勢の情報を得ることはできない。第一、まだ接触をしていない。そのため、独自の情報網を使い、得たのだろう。
おそらく、それは貧困街由来のものだ。
それを使い続けることはバンフィールド公爵家にはふさわしくなかった。
「公爵位は渡せませんが、それ以外のものでしたら、準備をいたしますわ。フィオナが有益な第二王子派の情報を持ってくるたびに、お望みのものを差し出しましょう」
アビゲイルは譲歩した。
それ以上、譲歩をすることはできない。
……どうでるかしら。
アビゲイルは賭けに出た。
賭けが成立すれば、クリスとの婚約破棄をする際にフィオナは見逃す。賭けに失敗すれば、クリスを婚約破棄する時にフィオナも屋敷から追い出す。どちらにしても、アビゲイルは損をしない。
しかし、アビゲイルとしては第二王子派の情報を得るためにはフィオナが必要だった。使い捨てをしても問題がなく、社交界に紛れていてもおかしくない前公爵の養子など都合のいい存在は二度と手に入らない。
「いいわ。フィオナのほしいものをくれるのならば、お姉様の作戦に乗ってあげる」
「立場上、フィオナが勝手に第二王子派に近づいたことになるわ。それはわかっているわね?」
「もちろんよ。失敗したら、契約は終了。フィオナを切り捨ててちょうだい」
フィオナが自信があった。
そして、失敗をすれば切り捨てられるものだと知っていた。それも、貧困街で学んできた生きる道の一つなのだろう。
……フィオナの覚悟を見習わなければいけないわね。
アビゲイルは甘いところがある。
……覚悟を決めなくては。
いざとなれば、フィオナを身内のように庇ってしまうかもしれない。逆行前のことは忘れ、本当の妹のように接してしまうかもしれない。
それを望まなかったのはフィオナだ。
あくまでも、これは休戦だ。一時的に同盟を結んだのにすぎない。
「フィオナがお姉様に求めるのは簡単なことよ」
ソファーに座り直し、フィオナは用意された菓子に手を伸ばす。
立ちながら交渉をする必要がなくなったと判断をしたのだろう。
「情報に応じて、家庭教師の種類を増やしてちょうだい。フィオナが本物の令嬢に負けないように仕上げてほしいの」
「そんなことでいいの? 宝石でもいいのよ?」
「もちろん、報酬として、宝石やドレスは買ってもらうわ。でも、先に必要なのは家庭教師よ」
フィオナの勉強欲を舐めていた。
礼儀作法の家庭教師だけでは満足していなかった。
……貴族になりたいのですわね。
本物の貴族のような生活をしたいのだろう。
家庭教師の授業に追われる日々をアビゲイルも過ごしている。その上、公爵としての業務にも追われている。その忙しい日々をフィオナは憧れていた。
……愛人や妾を目指していた子が変わろうとしているのですわね。
愛人や妾ならば勉学の努力はいらない。
かわいらしさだけで乗り切ることができる。
「公爵位の襲名パーティには間に合わないわ」
「わかっているわよ。礼儀作法だけでも身に付けて、それなりに見せてみせるわ」
「簡単に身につくものではありませんわ。フィオナ、かなりの努力をすることですわね」
アビゲイルの言葉にフィオナは頷いた。
家庭教師を手配する紙に様々な文言を書き加えていく。アビゲイルが世話になった帝国で一番、礼儀作法に厳しいとされている祖母に手紙を送ることにしたのだ。祖母ならばアビゲイルの意図を理解し、フィオナを淑女に変えるだろう。
「礼儀作法の家庭教師は誰がつくの?」
フィオナは問いかけた。
それに対し、アビゲイルは手紙を書く手を止めなかった。
「おばあ様に依頼をします。しかし、引き受けてくれるか、わかりません」
「フィオナのことが大嫌いですものね」
「ご自覚されていてなによりですわ」
アビゲイルは苦笑した。
アビゲイルの父方の祖母は領地にある別邸に暮らしている。領地を経営する代理人を監視する立場を与えられており、時々、現役時代を思い出すかのように口を出してくると聞いたことがある。まだまだ、しっかりとしており、今では社交界デビューをする子どもたちの世話役として人気者だ。




