龍神様 一
「だーかーらー! お願いしますって言ってるじゃないですか!」
早朝、小紋姿の小娘が居間で怒鳴り声を上げている。
昨晩に鰤大根を食べた後、用事があったため外出していた。それで、空が白む前に帰宅。小娘はもう起床しており、話をしているうちに調理器具を格納する棚が欲しいと言い出し、それを断り今に至る。
「置き場ならあるだろ、そこに」
「そこってもしかしてリアカーのことを言ってます? 綺麗じゃないんですよ、中が!」
ドン、ドン、ドンと畳を踏みつけながら、語気を強めて言う。
「地団駄を踏むな。畳を踏みぬく気か」
すると、ピタリと地団駄を止めた。
「もういいです。あーあ、土間の環境が整えばさらにやる気も出てより美味しいものが作れるかもしれないのに。でも、そうですもんね、リアカーがありますもんね。やりづらいですけど、リアカーがありますもんね」
「うるせえな」
桃色の着物は腕を組み、鼻を鳴らして他所を向いた。そう拗ねられても買わないと決めたものは買わない。そのことを察したのか、その場に座り込んだ。
「そう言うな。買ってやれば良いだろう」
いつの間にか隣でお茶を啜っている鈴鹿が言う。今日は狩衣姿であった。
「おい、お前はいつからいた?」
「ずっといたであろう?」
鈴鹿は立ち上がると、居間を出て行く。
「嘉穂、支度をしてくれ。すぐに発つ」
振り返り、そう告げた。
「おい、勝手に連れ回すな」
「そう言われると思ってだな。もう一人同行する者がいるのだよ。もうじき来る。君の友人だよ」
そう言い終わるや否や轟々と風が屋敷を揺らした。突風はすぐ収まった。これだけで誰が来たか察しがついた。
「誇槍、お邪魔していいかい?」
「おう、入って良いぞ」
「鈴鹿、お前が言うな」
がらがら、と戸の音が聞こえ、土間に青年がやって来た。背丈は低く(とは言っても生贄よりも普通に高いが)、白髪の端麗な顔立ち。灰色のスーツとハット、茶色のベストに黄色のネクタイ。服装はどことなく古臭いが、顔立ちのせいか「爽やかな美青年」という言葉が良く似合う。まあ、俺より歳は上なんだが。
「やあ、誇槍」
「大沼か」
大沼は笑顔で軽く手を挙げると、ハットを脱いで一礼。
「君が誇槍の料理人だね。初めまして、僕は大沼池の龍神。掲鏡村の地主をしているよ」
「私は繁名 嘉穂です。ええと、龍神様、ですか……。鬼神様の友人、なんですか?」
「そうそう、友達なんだ。誇槍、嘉穂さんを連れ回してもいいかい?」
「ああ、構わん」
「私の時と反応が違いすぎやしないかね?」
鈴鹿は不満げな表情になる。それを見た大沼は苦笑しながら「行けるようになったら教えてね」と言って外に出た。
「着物の着付けをするか」
「有難うございます」
小娘は部屋に籠って着付けを済ませると、屋敷を出て行った。