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あらで作る鰤大根 二

 目の前には、ぶり大根なる物が置かれている。もっとも、俺には大根と骨が積んであるようにしか見えない。しかし、とてつもなく美味そうに見える。べっこう飴のように透明感のある大根が光に照らされる度にそのつやを露わにし、煮汁に染まった鰤からは磯の香りがする。見た目と香りだけでこれほど腹が減るものなのか? それともう一つ。この漬けも気になる。火にかけた酒と醤油に浸していたが、果たしてどんなものか。

 まずは大根から。十字の切り込みの入った大根を一口食べて皿に置く。


 こ、これは……。


「旨い」

 信じられないほど柔らかい。噛むたびに大根の吸った煮汁がじゅわっと溢れ出し、口の中に広がる。醤油の塩っこさと砂糖の甘みが絶妙だ。

「本当ですか? それは嬉しいです!」

 生贄は満面の笑みを浮かべる。何故か負けた気分になった。

「ブリも是非食べてくださいよ。あらは脂が多いので格別なんですよ」

 勧められるがままに、背骨の間の身を取って口に運ぶ。鰤の脂と煮汁が同時に押し寄せ、大根とはまた違った良さがある。

「確かに鰤も旨い。生で食うのとまた違った食感だ。ほろほろほどけていく。それに脂が実に美味だ」

「おお、おお! 分かってくれますか。そう、その通りなんですよ。切り身と比べて食べづらく可食部が少ないですが、あらの方が美味しいんですよ。それに意外にお腹いっぱいになります」

「切り身の鰤大根を知らんから比べられん」

 そして、最後は漬け。これを取り分ける用の箸で自分の皿に数枚移して食べてみる。

「ん?」

「鬼神様、もしかしてお口に合わなかったですか……」

 小娘は先程と打って変わって表情に陰りを見せた。俺の顔を恐る恐る下から覗き込むように背中を屈め、様子を伺っている。

「いや、そういうわけじゃない。これも旨い。ただ、昨日食った刺身と食感が違ったからな、驚いた。身が程よく硬くて、酒と醤油の味がよく染みている」

「あ、そういうことでしたか。身の余分な水分が抜けたんですね。それで身が締まったんですよ」

「おお、そうか。よく分からんが、そういうことなんだな」

 とりあえず、そういうものだと覚えておくことにした。そして、もう一度大根を摘まみ上げる。口に入れようとしたが、一旦皿の上に置いた。その大根には十字ではなく、五芒星の切り込みが入っていた。大根を切っている時、手元が中々見えなかったため、気付かなかった。

「キの字」

「六芒星」

「三角」

「菱形」

「セーマン」

 五色鬼達を見てみると、大根の模様を見せ合っていた。

「遊び心ですよ」

 俺は五色鬼から小娘に視線を移した。相変わらず笑っている。

「こういう何気ない食事の時間が少しでも楽しくなればいいなあって、私は思うんですよ」

「俺達は食事を腹を満たすためにしかしていない。だからそうは思わん」

 すると、生贄は「ええー」と声を上げた。

「ええ、とはなんだ?」

「だって、仮に一日三回食事をするとして、その時間が楽しいものだったら、毎日三回楽しい時間があるってことですよ。それってとても素敵なことじゃありませんか?」

 俺はもう一度五色鬼を見た。彼らはまだ大根の模様について話していた。その様子を見ていると、こいつの言うことも一理あるように思える。青い着物の五色鬼の藍歌がこちらの視線に気がつくと、俺に大根の切り込みを自慢げに見せた。すると、他の五色鬼も同じように見せてくる。その様子はとても楽しそうだった。

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