あらで作る鰤大根 一
家に帰り着くころには夕方になっていた。赤の着物の五色鬼が竈でご飯を炊いている。団扇でパタパタと仰ぎ、時折火の様子を伺っていた。「ただいま戻りました」と声を張ってみたが返事はなかった。まあ、私、生贄だからそんなものだよね。
鬼神様はもう起床しており、居間で胡坐をかいている。頬杖を突き、眉間に皺を寄せている。見るからに機嫌が悪そうだ。
「鈴鹿さんといたからってそんなに機嫌を損ねることないじゃないですか」
「あいつはどうも気に食わん」
「そう言わずに。美味しいもの作りますんで機嫌直してくださいよ」
私はリアカーを土間の隅に置いた。
「なんだ、それは?」
「これはいわてさんから頂いた物なんです」
「そうか、いわてか……」
「……何かまずかったですか?」
鬼神様が呆れたような表情で溜息をついたため、不安になった。しかし、「いや、何でもない」と言った。
気にかかりはするけれど、何でもないと言うのだから問題はないのだろう。
私は鈴鹿さんから貰った灰色の割烹着を着て晩御飯の支度に取り掛かる。朝から何も食べてないから、相当お腹がすいている。早く準備をしよう。
まずは氷室からあらと漬けを取りに行く。あと大根とネギも一本ずつ。あと甕も。これらを数回に分けて土間に運ぶ。リアカーからまな板、鍋、バット、ざる、小さめのボウル二つ、お玉、灰汁取り、菜箸を取り出し、水で洗い流して、タオルで水気を取る。調味料、未開封のアルミホイルとラップも準備する。みりん、醤油、砂糖に(鬼神様の)酒。鬼神様が何か言っていたが、聞こえないふりをした。
「今日は何を作るんだ?」
「昨日作ろうとしてダメと言われたブリ大根です」
「なんだ、嫌味か?」
さて、料理開始! まずは大根の処理から。大根の葉を落とし、二センチくらいの厚さで輪切りにして、皮を剥いていく。剥いた皮と葉は洗ってバットに入れて取っておく。
「皮は結構厚く剥いてしまうのか」
いつの間にか後ろにいた鬼神様が訪ねてきた。
「そうですね。皮とその近くは硬いので、味が染みにくいんですよね。でもこちらは時間をかけて漬物にしますので、取っておきますよ」
「そうなのか、後で書き留めておかないとな」
「鬼神様って結構真面目なんですね」
「失礼な奴だな。当たり前だろ。お前を美味しく食うためだ」
「動機が不純ですね」
皮を剥き終わった大根に切り込みを入れて鍋に入れる。ピーラーで大根の周りの角を取る。水を加えて生米を少し加えてコンロで火にかける。
「大根は火が通りにくいので、切り込みを入れて、事前に火を通しておきます。味も染みやすくなりますからね。生米を加えるのは、煮崩れもしにくくなるし、甘みも良くなります。ピーラーで大根の角を取ったのも煮崩れ防止です」
「どれくらい火にかけるんだ?」
「沸騰してから一時間くらいですかね」
「結構かかるな」
「仕方ないです」
大根を茹でている間、ネギを切っていく。緑の部分と白い所に分ける。緑の部分は食べやすい大きさに切ってボウルに投入。白い部分は五センチくらいに切り、縦に切り込みを入れ芯を取り出して中を開く。ネギの内側にある透明な薄皮を剥がす。それを細く切って二個目のボウルに入れる。芯は薄い輪切りにして同様のボウルへ。邪魔にならない所へ置いておく。
「ネギは水にさらして辛みを飛ばすことができますが、どうします?」
「そのままでもいい」
「そうですか。実は私もそうなんです。水にさらすと香りや食感が落ちてしまいますから。それに栄養も逃げてしまうんです」
「そうなのか。まあ、抑々俺達は野菜は全部そのまま食うからな」
「全部、ですか?」
「ああ、全部だ」
「カボチャも?」
「生だ」
「じゃが芋も?」
「生だ」
「ほうれん草も?」
「生だ」
「まじですか……」
ネギを切り終えると、薬缶に水を入れて火にかける。その間、あらの入った甕に塩をかけて、混ぜておく。薬缶の水が沸騰する前に大根の下茹でが完了したので、ざるに大根を移して水気を取って再度鍋に入れる。水が沸騰したので、あらをざるに入れて……あ、全部入らないや。とりあえず、入る分だけ入れて、熱湯をさっとかける。一瞬にして身が薄紅色に染まる。そしてすぐに冷水に戻して洗う。それを大根の入った鍋に加える。もう一度同じことをして残りを鍋に入れようとしたけれど、当然入らないので、リアカーから鍋をもう一つ取って、きちんと汚れを落として、こちらに残りを入れる。
「熱湯に通すことで、ぬめりが落ちて、血といった汚れが取りやすくなって、魚の臭みが抑えられます」
「ほう、それはいい」
「因みに先程の塩も臭み取りの役割があります。それとこれから酒とみりん、ネギの緑の部分を加えますが、これも臭み取りの役割があります」
「どんだけ臭み取るんだよ」
「そこまでしないと取れないということですよ。それに、酒もみりんも旨味成分がいい仕事をしてくれますし、ネギも美味しく頂けます」
酒、みりん、水、醤油、砂糖を加えて火にかける。沸騰したら火を弱め、灰汁を取り、アルミホイルを被せる。
そして、大根の浅漬け作りに取り掛かる。甕に大根の葉と皮に砂糖、酒、酢を加え、全体になじませて、ラップをかけて、これを鬼神様に氷室に運んでもらう。
「これから三、四十分程じっくり火を通していきます。その間に洗い物を減らしていきましょう! ね? 鬼神様?」
「え、あ?」
「『え』でも『あ』でもありません! 私が洗いますので、鬼神様は拭いて……そうですね、とりあえず上の棚に片付けてもらえませんか?」
「俺もしないといけないのか」
「当たり前です! 片付けまでが料理です」
私は調理器具をさっさと洗って鬼神様に手渡す。鬼神様はものすごーーーーく嫌そうな顔をしていたけれど、見なかったふりをする。すると、渋々調理器具を手拭いで拭いて、真上の棚に置いた。
洗えるものを全て洗い終わり、程よい頃合いになったのでアルミホイルを取る。醤油と魚の香ばしい香りがふわっと溢れ出し、食欲をそそる。そこで火力を最大まで上げてブリに煮汁をかけていく。
「鬼神様、底がそこそこ深いお皿と小皿を七枚ずつ持って来てください」
「なんだ、その変な指図は」
「いいから早くしてください。ご飯抜きにしますよ」
鬼神様がお皿を準備している間に甕にブリ大根を少し入れておく。鬼神様から皿を受け取り、ブリ大根を盛り付ける。最後に白髪ネギとネギの芯を飾って完成。
「はい、完成です。どうです? 美味しそうでしょう?」
私は鬼神様にブリ大根を見せた。鬼神様は微かに頬を緩ませた。
「いい香りがするな。ネギの心地よい匂いがする」
「でしょ、でしょ?」
褒められるのはやっぱり嬉しい。思わず跳ねてしまいそうになるのをぐっとこらえて、笑顔を返す。
「早速食べましょ! はい、五色鬼のみんなもご飯を持って行ってください」
そう呼びかけて五色鬼にも料理を運んでもらう。運んでもらっている間に昨日作った漬けを味見する。
あれ、これは……
悪くない。仄かに甘みがある。塩辛さもない。酒が甘口だったのかな? 酒の旨みが染みている。けれど、やっぱり、甘みは欲しい。今度作る時はみりんを入れよう。
漬けを大皿に移して、自分のブリ大根と共に運んでいく。リアカーにあった割り箸も持って行き、全員に配る。赤の五色鬼がご飯をよそってほかの四人が配っていく。そして「頂きます」と言って合掌。
箸の使い方を教えようかな、みんな手食だったし。
と思い辺りを見渡すと、鬼達はパキと割り箸を割って器用に食べ始めた。
いや、箸使えるんかい!