鈴鹿さん 四
車を停めて、鈴鹿さんと家に帰ると、宴会の時にいた五人の妖怪が庭の掃除をしていた。
彼らは顔の見分けがつかない。更に背丈も同じ。まるでコピー&ペーストで複製したかのようである。話を聞くところによると五人は五つ子らしい。通りで見た目が同じなわけだ。
そんな彼らにも、見分ける方法がある。それは着物の色である。(いや、もしかしたら他にもあるのかもしれないけれど)彼らはそれぞれ赤、青、黄、白、黒の着物を着ている。それぞれ朱、藍歌、花葉、素々(そそ)、玄治という名前がある。だけれど、通常、彼らはまとめて五色鬼と呼ばれているらしい。なので私も五色鬼と呼ぶことにした。
五色鬼は鈴鹿さんを見るや否や家に入った。かと思えばすぐに戻ってきた。五色鬼の手にはそれぞれ中華包丁、斧、スコップ、鶴嘴、銛を持っている。殺す気満々である。目が殺気に満ちている。
「おお、五色鬼。何だ、遊んでほしいのか?」
鈴鹿さんはそんなことはお構いなしといった風に五色鬼に近づいていく。五色鬼は鈴鹿さんを取り囲んで各々の武器を振り回す。四方八方から振りかざされる凶器を華麗に避けている。それを横目に私は帰宅した。程なくして鈴鹿さんもやって来て私の寝室(と勝手に呼んでいる部屋)で着付けを教えてもらった。けれど、とても複雑で全然覚えられなかった。これを普段着にするのは少々きついものがある。洋服が恋しくなった。
桃色の小紋に菊の模様のあしらわれた紅色の帯を巻き、その上から白の羽織を着て姿見鏡を見た。可愛い。洋服がなくてもいいかもしれないと思った。私は内心ウキウキしながら、鈴鹿さんとあららぎ村を散策した。
前述したように、あららぎ村は古き良き時代の日本の田舎といった風景である。広い畑が至る所にあり、その脇を農業用水路が通っている。そして、その余ったスペースに茅葺屋根の住居が建っている。絵に描いたような農村である。
畑には先端を紐で縛られた大きな白菜や首まで埋まった大根、紫がかったブロッコリーが栽培されている。その他の畑は休閑期に入っていた。
「住民がいませんね」
「皆家にいるのだろう」
確かに耳を澄ますと茅葺屋根の住居から生活音が聞こえてくる。
「嘉穂の事を紹介したかったのだが……仕方ないな、今度にしよう」
暫く歩いて行くと、大きな川があった。底がはっきり見える程澄んでおり、小舟が四艘浮かんでいる。それらは近くの松の木に縄で繋がれていた。目の前に牛車三台は通れそうなくらいの幅がある木造の橋が架かっている。「この川はあそこの山から流れているんだ」と鈴鹿さんが遠くの山を指した。
「あの山が丁度村の境になっている」
「結構広いんですね」
「ああ。近くに大きな川はあるし、平地は多いし、肥沃な土壌もある。まさに農業をやるには適した場所なのだよ。ここの野菜は旨いぞ、何せ一級品だからな」
川の向こう側は手つかずの土地が沢山あった。田畑も作れるし、家も建てることができる。これから更に妖怪も増えて、賑やかな村になりそうだなと私は思った。
そんなことを考えていると、向こう側から妖怪が歩いてきた。緑の小袖を着た女の妖怪で背丈は一七〇センチないくらいである。長い白髪が上半身をすっぽりと覆い、顔が全く見えない。だけれど、白髪の隙間から赤い瞳がギラギラと輝いていた。そんな少々不気味な妖怪が、俯いたままリアカーを引いている。こちらには気づいていない様子だ。
「おお、いわてじゃないか」
鈴鹿さんに声をかけられてゆっくりと顔を上げた。鋭い眼光が鈴鹿さんに向けられる。
「なんだい、鈴鹿御前かい。こんなところで油を売って、暇なやつだね」
「なあに、今は忙しいのだよ。嘉穂に幽世を案内しているのだ」
いわてさんはこちらに視線を移す。私は背中にそっと誰かに触られたような感覚がして、背筋を伸ばした。
「どこのもんだい?」
「私は鬼神様の包丁人になった、繁名 嘉穂と言います」
「へえ、鬼神の所の、ねえ。珍しいこともあるもんだ……だったら、ちょうどいい」
いわてさんはその場でリアカーを置いた。リアカーには調理器具や何かしらの調味料が入っていると思われる甕が積んである。調理器具は使われた形跡が殆どない。新品同然である。
「あそこは料理をするには道具が足りないだろ? これを持って帰んな」
「え……っと、非常に有難いんですけど、いわてさんは使わないんですか?」
「私はもう料理なんてしないんだよ」
いわてさんは棘のある口調でそう言うと、リアカーを置いてどこかへ行ってしまった。私はいわてさんを呼び止めたが、振り向くことはなかった。どんどん小さくなるいわてさんの背中をただ眺めていた。
「ああ、行ってしまいました……」
「そっとしておいてやれ。それより、早速これを持って帰ろうではないか」
私はもう一度リアカーの中身を確認する。ガスコンロ二つ、大きさの違うボウルやバット、ピーラー、六十センチ以上の長さがあるまな板、裏ごし器、そして、刃が新聞紙で包まれた数種類の包丁。他にも沢山ある。
「本当に貰っていいんですかね?」
「何かを始めようとして、挫折して止めてしまうということは大いにあるだろう? それの類いではないか? どうであれ、本人が良いと言っているのだ。だから良いのだろう」
「そう……ですか……」
蟠りが残るけれど、このまま置いていくわけにもいかないので、持ち帰ることにした。私がリアカーを引こうとすると、「私が引いて行くよ」と鈴鹿さんがリアカーを引いた。
「すみません、私の荷物なのに」
「気にすることではない」
それから私達は鬼神様の元へ帰った。