追憶 いわて
今となってはもう昔のことなんだけどね……そうだね、嘉穂たちに分かりやすくいうと江戸時代というのかね?
私は今の京都に住んでいたのさ。旦那はとうの昔になくしてね。恋衣っていうまだ幼い娘と二人で過ごしていたんだ。その時はね、料理はしてたんだ。作っては娘と一緒に食べてね。
そりゃあ幸せな時間だったよ。娘は頬いっぱいにご飯を詰め込んでね。「美味しい?」って訊いたら大きく頷いて「うん!」って言うんだ。可愛いだろう。でもね、働きながら、子どもを育てるってのは楽じゃなくてね。悩んだんだけど、知り合いに娘を預けて、公卿屋敷に奉公しに行ったのさ。そこで姫の乳母として働いたのさ。別れ際、娘はわんわん泣いてね。私も思わず泣いてしまったよ。私は娘にお守りを渡したのさ。娘の名前が入ったやつをね。娘の健康と幸せを祈って、渡したのさ。
公卿屋敷の姫も可愛かった。まだ七歳だったんだ。私は大事に大事に、手塩をかけて育てたさ。姫もすくすく育っていったよ。
だけどね、その姫が重い病気に罹ってしまったんだ。病状は日に日に悪化してしまってね、とうとう床に伏せてしまったんだ。私の作った料理も次第に口にしなくなっていって、見る見るうちに瘦せ細ってしまったんだ。屋敷の主人と相談した結果、易者を呼んで診てもらおうということになったのさ。姫を診た易者は「妊婦の生き肝を飲ませれば治る」と言ったんだ。……驚いているようだね。今の時代じゃこんな荒唐無稽なもの、信じないだろう? だけどね、当時の医学はひっちゃかめっちゃかでね。こんなものでも易者が言えば正しいと思われていたのさ。だから私は妊婦の生き肝を求めて旅に出たのさ。ただ、姫の病を治したい。その一心で歩いていったのさ。
各地を転々としたんだが、妊婦の生き肝なんて手に入るわけなかったよ。そりゃあそうだね。生き肝をくれる妊婦なんているわけない。だから私は安達ヶ原という場所にあった岩屋で旅人に宿を貸すことにしたんだ。それで妊婦が来るのを待ち伏せたのさ。
思えば、あの時すでに半分は鬼だったのかもしれない。姫のためにという大義を忘れ、虎視眈々と獲物が来るのを待つ……そんな日々を過ごしたのさ。
もうどれくらい経ったのか分からない。ただ、木枯らしが吹く、晩秋の夕暮れ時だったのを覚えているよ。一組の若夫婦がやって来たんだ。女の方はちょうど嘉穂と同じくらいの年頃の子だった。私は普段通りもてなしたんだ。手料理をふるまってね。そしたらね、その食事中、女が急に産気づいたんだ。そう、女は妊婦だったんだ。男は産婆を探しに外に飛び出していった。私はここぞとばかりに女を襲ったのさ。女は悲鳴を上げながらのたうち回っていた。私はそんなことなんか気にも留めずに女の腹を夢中で裂いた。ついに生き肝を手にしたとき、袂から何か落ちたんだ。それを見た時、私は戦慄したよ。……恋衣と書かれたお守り、そうさ、女の正体は恋衣だったのさ。
私は絶望した。血に塗れた手を見て悲鳴を上げた。肉を切り裂く手の感覚を思い出して身を震わせた。娘の無残な姿を見て大声で泣いた。そして後悔と失意で気がおかしくなったのさ。屍骸を部屋の隅に寝かせて毎日毎日その傍で泣いた。来る旅人を殺しては生き肝を取って娘に食わせようとして、食わないことに嘆いて私が食った。残った屍骸は賽の河原で石を積む子どものように屍骸を積んだ。こうすれば菩提を弔えると思ったのさ。そして気づいたら私は鬼になっていたんだよ。
……料理ができない理由を知りたがっていたね。それに答えるとね。……すまないね、涙が出てきた。少し待っておくれ。……料理ができないのは……思い出すんだ、思い出してしまうんだよ。幸せだったあの日々の食卓を、絶望したあの日の食卓を。料理をする度に、料理が完成に近づくにつれて、思い出してしまうんだよ。……すまない……すまない、すまない…………すまない、すまない、……。




