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サバの塩焼き定食 一

 座卓を拭きあげて居間を掃く。流し台を磨きあげて土間を掃いて、それから――

「そこまでやることはないだろ」

「何を言っているんですか。妖怪おきゃくさんを迎えるんですから。掃除をしないと」

 奥の部屋から入ってきた鬼神様は座卓と向かい合うようにして座った。程なくして五色鬼達もやってくる。

「随分慌ただしいな。緊張してんのか?」

「それは……そうですよ。緊張してますよ。だって、今回でいわてさんを喜ばせられるかどうか……」

 私は手を止めた。折角集めたちりやほこりが隙間風にさあっと吹かれてしまった。私はそれを目で追った。

「そんなに心配することはないだろ。お前の料理は美味い」

 私は鬼神様の方を見た。鬼神様はこちらに顔は向けずに頬杖をついていた。

「あ、有難う、ございます」

 思いもよらぬ言葉をもらって困惑してしまった。私がしばらく固まっていると、鬼神様がこちらの様子に気づいて「どうした?」と訊いてきた。

「あ、いえ。珍しいことを言うなあと思いまして」

「珍しい? 何がだ? 思ったことを言っただけだろ?」

「ああ、ええ、まあ……」

 ……まあ、いいや。飛んでったゴミでも集め直すか。私はちりとりに集めてゴミ箱へ移した。

 暫くするとコンコンと戸を叩く音がした。私は面をつけて来客を出迎える。

「どうぞ」

「邪魔するよ」

 いわてさんである。

「おう、悪いな」

「ほんとだよ。どうしたんだい、急に食事しようなんて」

 いわてさんは赤く光る目できょろきょろと辺りを見回す。

「私がお誘いしたんです」

「そうなのかい。それで料理は今からかい?」

「はい、そうです。いわてさんと一緒にしたくてお待ちしていました」

「一……緒に?」

「はい!」

 私は敢えて思い切り笑顔で言った。

「前も言ったと思うけどね、私は料理はやらないよ」

「そう言わずに、一緒にやりましょうよ」

「取って食われたいのかい。 同じことを言わせないでくれるかい」

 いわてさんはこの上なく嫌そうな顔をした。赤い目を細めてじっと私を見つめている。本当に食われそうである。

「じゃあいわて。こうしよう。無理してやることはないから後ろで見てやってくれないか?」

 鬼神様が私といわてさんとの間に入ってそう言った。いわてさんは唸って考え込んでいたが「まあ、それならいいだろう」と結論を出した。私は鬼神様に小声で「有難うございます」と伝えた。

「では始めますね。今日はサバの塩焼き定食を作ります」

「鯖の塩焼きかい。真鯖かね?」

「はい、そうですね」

「そうかい、そうかい。それはいい。ちょうど旬だからね」

「脂が乗ってておいしいですよ」

 私はバットに入った鯖を見せた。

「なんだい、水に浸しているのかい」

「塩水に浸けてます」

「なるほど、立て塩か」

「おお、いわてさんよくご存じですね!」

「……盛り上がっているところ悪いんだが、その立て塩っていうのはなんだ?」

「立て塩は海水と同等の濃度の塩水に三十分浸けて塩味を入れることです。こうすると全体に均一に塩味が入ります。そして魚のぬめりと臭みを除くことができるんです」

 私は説明を終えると鯖を一旦邪魔にならない隅のほうへおいた。

「今日は他にもだし巻き玉子、キノコのお味噌汁を作っていきます。先に……そうですね、具材を準備していきましょうか」

 まず、キノコ類を切っていく。エノキ、椎茸を一口大に分けていく。卵を八つ、ボウルに割り入れて泡が立たないようにゆっくり混ぜていく。ある程度混ざったところで醤油、みりん、事前に作った出汁を加える。

「出汁は事前に作ったものがここにあります。昆布とカツオの合わせ出汁です。お味噌汁にも使います」

 私はコンロの上においてある鍋の蓋を開けて中身を見せた。いわてさんは鍋の中身を覗き込んだ。

「綺麗な小金色だね。鰹と昆布の香りも良い」

「有難うございます!」

 私はいわてさんに軽く頭を下げて卵液作りを再開する。すると、いわてさんが呼び止めた。

「嘉穂、泡立て器とざるとボウルを持ってきな」

「え、あ、はい」

 私は泡立て器、ざる、新たなボウルを準備していわてさんに渡した。「卵液それも渡しな」と言われたので、それも渡す。

「だし巻き卵は泡立て器で混ぜると卵白がより細かくなって良いんだ」

 いわてさんはそう言って泡立て器で優しく卵液を混ぜる。

「こうして優しく混ぜるんだ。激しくすると泡が立っちまうからね。それが済んだらざるで漉す。さらに卵白が除かれる」

 いわてさんはざるに卵液を通す。こうして卵白が取り除かれた卵液を私に返してきた。卵液は驚くほど綺麗な黄色である。

「うわあ、すっごい綺麗ですね!」

「本来はここまでする必要はないんだろうけどね。嘉穂になら教えてもいいだろうと思ってね」

「有難うございます!」

 具材の準備が整ったので、いよいよ調理に取り掛かる。

「えー、サバを焼きながら、だし巻き玉子を巻きながら、お味噌汁を作ります」

「忙しいな」

 後ろで見ていた鬼神様はそう言った。

「うーん、……そうですね。でも何とかしますよ」

「ああ、もう仕方ないね。私が魚の面倒を見てやる。嘉穂は玉子と味噌汁の準備をしな」

「有難うございます、お願いします」

 と言い、気になるのでその工程を眺めていた。

 いわてさんはまずグリルの網を取り出して全体を濡らし、元の位置に戻して強火にかける。

「いわて、何やってんだ?」

「引っつき防止だよ。一、二分火にかけてから魚を入れる」

 続いていわてさんは竹串でサバを軽く突いていく。

「これは何の意味があるんだ?」

「皮を綺麗に仕上げるために穴を開けているのさ。焼いたら皮が縮んで見栄えが悪くなるからね。まあ、これは見た目の問題だからやらなくてもいい」

 そして、サバの切り身を四枚、火の真下に皮の面を上にして並べる。火力は強めの中火といったところである。

「魚はだらだら火を入れたら水分が飛んでパサつくからね。短時間で焼き上げる」

 いわてさんはグリルの蓋を閉めた。おっと、見とれている場合じゃない。こっちもやらないと。

 私も料理にとりかかる。出汁の入った鍋を火にかけてキノコ類を入れて沸騰するまでこのままにしておく。その間にだし巻き玉子を作る。中火にかけたコンロに玉子焼き器を乗せる。それにサラダ油を少量垂らしてキッチンペーパーで全体に馴染ませる。玉子焼き器に六分の一の量入れる。今回のだし巻き玉子は二つ分。私は玉子四つで一つの玉子焼きを作る。三回しか巻かないのでこの量で良い。

 玉子は端から固まってくるため、固まった玉子を中央に寄せて焼きムラが極力できないようにする。半熟になったら奥から手前に巻いていく。この時上手く巻く必要はない。形が綺麗になっていれば良い。

 形を整えたら、玉子を奥に追いやって先程と同じくらいの量の卵液を流し込む。この時奥の玉子を持ち上げて玉子の下にも卵液を行き渡らせる。そして半熟の間に奥から手前に巻く。これをもう一回やる。そうして綺麗に巻き上げた玉子をまきすに移して包んで暫く置いておく。こうすることで形が整う。そうしているうちに出汁が沸騰してキノコ達が柔らかく、しんなりしてきたので火を止める。味噌はできるだけ直前に入れるので、先に二個目のだし巻き玉子を作る。作り方は一個目と同様。流して巻いてを繰り返す。

「嘉穂、こっちはもうそろそろ全部焼きあがる。そっちはどうだい?」

 いわてさんはサバの様子を見ながらそう言った。今の座卓に目をやるとサバの塩焼きが乗った黒の長角皿が四枚並べられていた。ご飯はもう八つの茶碗によそわれていた。

「こっちはもうだし巻き玉子はもうできています。今からお味噌汁に味噌を加えます」

「ああ、頼むよ」

 私は作りかけのお味噌汁を温め直した。沸騰したところで火を止めて普段通り味噌を入れる。

「独特は作り方をするね。今はこうやって作るのが主流なのかい?」

「どうでしょう? おそらく普通はやらないんじゃないかなあと……」

「なるほど、繁名家代々の調理法といったところかね」

「代々かは分かりませんが、少なくとも私の母はそうしていました」

 そうして、味噌汁も完成。あとは昨日の晩から仕込んでいた白菜の浅漬けを持ってきてっと。

「白菜の漬物かい」

「はい。今回は昆布茶を入れてみました」

「昆布茶か。万能調味料とは聞くけどね」

「そうなんですよ! すごく使い勝手が良いんです」

 だし巻き玉子を人数分に切り分けてお皿に盛る。味噌汁と浅漬けもそれぞれ器に盛り付けて

「できました! サバの塩焼き定食です!!」

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