鈴鹿さん ニ
道中、鈴鹿さんと話をした。鈴鹿さんは人間の世界、こちらでは現世と呼ばれているらしいけれど。そこに興味を持っていた。鈴鹿さんも一時は現世に住んでいたらしいけれど、それも大昔の事だそうで。どれくらい昔かと言うと平安時代にまでさかのぼるとのことだった。幽世の事を聞こうかと思ったけれど、鈴鹿さんがぐいぐい質問してくるものだから、私が質問する機会がなかった。まあ、鈴鹿さんは何だか楽しそうだし、髪型可愛いって伝えられたから良しとしよう。
話をしているうちに、牛車は減速し、やがて停まった。鈴鹿さんは牛車から降りて辺りを確認した。「降りていいぞ」と言われたため牛車から降りた。そこは鬱蒼とした森の中だった。日の光が殆ど差さず、鳥の鳴き声が響く。目の前には木造の小さな駅舎が立っている。自動券売機や自動改札機はなく、一昔前のレトロな駅だ。浅川駅というらしい。
鈴鹿さんは出札窓口で切符を買った。駅員姿の狸がパチンと鋏で切符の端に切り込みを入れた。
私と鈴鹿さんは汽車に乗車して並んで席に座った。程なくして汽車が走り出す。
それにしても、私達以外の乗客がいない。一人くらいは乗車していても良いと思うけれど。
「誰も乗っていませんね」
「次が終点なんだが、そこまで行く者は殆どいないんだよ」
「そうなんですね。……それで、今からどちらへ?」
「行けば分かるさ」
鈴鹿さんは行先を教えてはくれなかった。まあ、知ったところでついていくけれども。鈴鹿さんと他愛のない会話をして汽車が終点に着くのを待った。
そう言えば、誰かと列車に乗るのも随分久しぶりな気がする。そもそも、遠出そのものが久しぶりのような気がする。言いようのない懐かしさ、そして……悲しみがこみ上げた。そんな私の顔を見て、鈴鹿さんは終始私を心配していた。
数十分後に駅に着いた。下車すると、そこは先程とは打って変わって近代的な内装の駅だった。明るい照明が駅構内を照らし、エスカレーターもある。改札だけは手動だったけれど、現世にあっても違和感は全くない。唯一違和感があるとすれば、駅の名前が日本語風の見たことない文字で書かれていたことである。
長い階段を下りて駅から出ると、これまた現世にありそうな街並みがそこにあった。排気ガスの臭いが漂う。ビルの窓が日光を反射し、視力がガタ落ちしそうな光を当ててくる。しかし、何か違和感がある……。鈴鹿さんと町を歩きながら、周囲を見回していると、あることに気づいた。人、いや、生き物が全くいないのである。そのせいか、町は異様な程静かで、世界が滅亡したかのような景色になっているのである。はっきり聞こえる私達の足音が不穏な空気に拍車をかける。
道路に沿ってまっすぐ歩くこと数分、丁字路に差し掛かり、私達は足を止めた。高層ビルの間に人一人分が通れるほどの路地があり、何故か鳥居が立っている。日が差し込んでいるはずなのに、先は真っ暗で何も見えない。
「私が前を歩く。手を繋いで行くぞ。はぐれでもたら出られなくなる、離さないでくれよ」
私は鈴鹿さんの手を握った。鈴鹿さんも強く握り返すと、路地をずんずん歩いて行った。私も、遅れないように歩調を合わせる。すると、道幅が広くなり、奥から光が差してきた。すると、鈴鹿さんは立ち止まって手を離した。
「ここから先は一人で行くんだ。そのまままっすぐ行けば良い」
私は恐る恐る手を離し光に向かって歩いて暗闇から脱した。
出てきた先は私のよく知っている場所だった。多くの人が行き交う活気溢れた一本道。私がいた村の隣町(隣と言っても自転車で90分はかかるんだけれど)にある商店街だ。その店と店の間にできた路地に私は立っていた。
「では、私はこれで。もう幽世に来るなよ」
振り返ると、鈴鹿さんが踵を返して闇へと消えようとしていた。私は慌てて鈴鹿さんを呼び止めた。
「私、現世には帰りたくないです」