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豚の角煮 二

 すっかり煮汁に染まった白菜や豆腐の隙間から大きな肉塊が顔を覗かせる。白菜を端に退けて肉全体を観察する。つややかな樹液のような煮汁がとろりと皿の底へと流れた。

 大きな肉は白く澄んだ脂と褐色の身が幾重にも重なり合い、緩やかな弧を描く。それは断層のように美しく、立派である。

 肉に箸を入れてみると、肉はほろほろと崩れていく。

「こんなにでかいのに柔らかいんだな」

「しっかり煮込みましたからね。味もきちんと染みているはずですよ」

 嘉穂は得意げにそう言った。

 俺は崩れた肉をそっとつまみ上げて口に入れる。その瞬間、爽やかな生姜の香りが口に広がる。肉は噛むとけるようになくなり、甘辛い煮汁がどっとにじみ出て、脂の甘みとうまく調和する。余分な脂が抜けて非常に食べやすい。しかし、食べ進めると思いの外腹にきちんとたまる。ずっしりと重みのある料理である。

「旨い。満足感がある」

「おお、それは良かったです。皆さん年末年始に忙しそうにされていたので、食べ応えがあるものがいいなあと思い、角煮にしたんです」

「そうだったのか」

 そう言った後に味噌汁に口をつける。優しい山の良い香りが……ってこれは鈴鹿んところの山のきのこだったな。良い香りなんだが……。その、複雑な気分だ。

「あの、口に合わなかったですか? 苦虫を潰したような顔をしていますけど……」

 嘉穂は不安そうな顔で俺の顔を覗き込んだ。

「いや、そういうわけじゃない。旨い。ただ、きのこ食ったら鈴鹿の顔がぎっただけだ」

「鈴鹿さんのこと嫌いすぎません?」

「別にいいだろ」

「そんなに悪い方ではないと思いますけどね」

 俺はもう一口味噌汁を啜る。きのこの味は前に出過ぎておらず、決して派手ではないものの、存在感がある。木陰にひっそりと立つきのこのようである。

 俺は五色鬼の方を一瞥した。彼らの皿はすでに空になっていた。よほど満足したようで笑みを浮かべている。そんなに急いで食う必要もないのにと思ったが、自分の皿を見てみると角煮があと一口分しかなかった。そんなに急いで食ったつもりはなかったんだがなと思った。俺はしばらく角煮を眺めていた。

「どうかしましたか? じっと角煮を見つめて」

「これはどれくらい時間がかかったんだ? 俺が帰ってからも随分長いこと煮込んでいたが」

「料理にかかった時間ですか? 三時間ちょっとですかね。それがどうかしましたか?」

「ああ、これだけ時間をかけて作ったのに食べるのは一瞬だな、っと思っただけだ。お前は他人のためによくここまで手間かけられるな」

 俺がそう言うと嘉穂は目を丸くして暫く黙り込んだ。そしてゆっくり口を開いた。

「美味しいですか?」

「え、ああ。旨い」

「でしたら、ここまで手間をかけた甲斐があったってものですよ」

 嘉穂はそう言って笑った。

「分からんな」

 俺はただそう呟いた。


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