正月準備 一
「今日は帰りが遅かったですね。お仕事大変だったんですね、お疲れ様です」
座卓を挟んで鬼神様と向かい合って座っている私はそう言って卓上にある皿から芋ぴっぴをつまんだ。時間が経ってもさくさくとした食感は健在である。
鬼神様は日が出て明るくなって暫く経ってから帰ってきた。行きは龍神様と一緒に出掛けていたのに何故か鈴鹿さんが鬼神様を送り届けていた。珍しいこともあるものである。
「これはうまいな。何というか中毒性がある。これは何というんだ?」
鬼神様は芋ぴっぴに手を伸ばしながらそう言った。
「芋ぴっぴです」
「あ? なんつった?」
「だから、芋ぴっぴです」
「それは正式な名前か?」
「はい、そうです」
私は澄ました顔で言った。鬼神様は納得していない様子だった。
「それにしてもかなり濡れていましたね。そちらは雨でも降っていたんですか?」
「ああ、俄雨がな」
「その着物、高いやつですよね? 早めに着替えて干してくださいね」
「お前は俺の母親か何かか?」
鬼神様はぶっきらぼうに言い放つと居間の奥の襖を開けて部屋に籠もった。襖は閉められたから何をしているか分からないけれど、おそらく服を着替えているのだろう。あ、いつもの服装で出てきた。
「ちゃんと干してきたんですね。偉いです」
「お前はどういう立場で物を言ってんだ?」
鬼神様はそう文句を言いながら、座って芋ぴっぴを一つつまんだ。私も一つ食べようと手を伸ばしたが……あれ、もうなくなってる。
「ごちそうさん、美味かった。俺は仮眠を取ってくる」
鬼神様がそう言って立ち上がった時、戸を叩く音がした。私は急いで面を取りに行く。
「誰だ?」
「私だ。いわてだ。失礼するぞ」
がらがらと玄関を開ける。相変わらず赤い瞳がぎらぎらしている。
「鬼神、まだ起きていたのかい。総会の後だというのに随分元気だねえ」
「何言ってんだ。今まさに寝ようとしていたところだ。もう草臥れてるんだよ」
「まあ、四方山話はさておきだ。ほれ、言われてた筵だ」
いわてさんはロール状になった筵を掲げた。鬼神様は「助かる」と言ってそれを受け取った。
「何に使うんですか?」
「門松に使うんだ。そろそろ正月だろ? 今のうちに準備をしておくんだ」
「そろそろってまだ二週間くらいありますよ?」
「早めにしておいた方がいいだろ」
「それは……そうですけど」
ふといわてさん見ると、彼女は台所をじっと見ていた。目線の先には包丁がある。
「嘉穂、この包丁、全然研いでないだろう?」
ギロリと鋭い目つきで問いかけた。
「あ、ああ……そ、そうですねえ……包丁研いだことないんですよねえ」
私は笑って誤魔化した。いわてさんはすっかり呆れてしまっている。
「現世で全くやってなかったのかい。包丁を貸しな。持って帰って研いでやる」
いわてさんはそう言って台所の包丁を持って行った。
「すみません、有難うございます」
「全く、世話が焼けるね」
研げたら持ってくるからね、と私に包丁を向けて言った。こわ。




