豚汁とカボチャのそぼろ煮 二
日没を迎えると嘉穂と五色鬼が帰ってきた。
「おお! ご飯が準備されてる!」
嘉穂は座卓に並べられた食事を見てそう言った。
「すぐ食べられるようにしてるよ~、それとちゃんと温め直したから」
「有難うございます、助かります」
嘉穂と五色鬼は急ぎ足で席についた。俺と禰々子も腰を下ろす。全員が着席したのを確認をし、両手を合わせた。
まずは豚汁から。今回の汁物は普段使っている汁椀とは異なり、少し大きい。こんなもの持ってたか? 初めて見るような気がするが……。いわてから譲ってもらったのか? それはさておき、この豚汁というものは異様に存在感がある。これまでにも味噌汁が食卓に並ぶことが度々あったが、これほどまでに具が入った味噌汁は初めてだった。……いや、そもそもこれは味噌汁ではないのか。豚汁という全く違う料理だったか。
この豚汁の存在感は見た目だけではない。普段の心地よい味噌の香りに加え、牛蒡の土の香りが部屋を包み込んで今宵の食卓を完全に支配していた。
一口啜ってみる。豚肉の旨味と味噌の複雑で繊細な味がどっと押し寄せた後に野菜の甘みがそっと過ぎていく。汁が喉元を過ぎる数秒の間に素材の全てが凝縮されていた。次は具に食らいつく。程よい大きさで食べ応えがある。これは本当に汁物なのか? 汁物とは本来脇役で主役を支えるものではないのか? 少なくともここ一週間はそう思っていた。しかし、こいつときたらなんだ? まるで敵将を自ら討ちにいく策士のようだ。いや、もしかしたら虎視眈々と下剋上を狙う家臣かもしれない。それほど豚汁の存在は主菜にとって自身の地位を危ぶまれるものだと感じた。
「美味いな。これだけ飯が食える」
「根菜と豚肉が沢山入っていますからね。食べ応えバツグンです!」
次は南瓜のそぼろ煮を。
皮まで柔らかくなった南瓜にはほんのり甘じょっぱい醤油の味と出汁の香りがする程度にしか味付けはされていなかった。しかし、その分南瓜の濃密な甘みを感じることができる、上品な逸品である。慎ましいが、それが却って己の存在を大きく示していた。決して豚汁に引けを取らない、まるで姫君のようなおかずである。
ということは豚汁は侍女か? 姫に従うふりをして陥れようと目論む悪女か? 何だか都の闇のを垣間見た気分である。
「美味い。甘い南瓜と鶏の油の相性が良い」
「有難うございます! あれ、そう言えば今日はお酒は飲まないんですね」
「あ、ああ。今日は大事な仕事だからな。飲んで行くのはまずい」
「そうなんですね。ん、じゃあ、普段はお酒飲んで仕事に行ってるってことですか?」
「ああ、そうだ」
「酔ってても構わない仕事ってどんな仕事ですか……」
嘉穂は呆れたような顔でそう言った。
「でも飲みすぎには気をつけてくださいね」
「お前に言われるようなことじゃねえよ」
「ひど~い。鬼神の体を心配して言ってくれてるのに。ねえ~嘉穂ちゃん」
禰々子は嘉穂の頭を撫でながらそう言った。




