豚汁とカボチャのそぼろ煮 一
「はい、じゃあ早速作っていきましょう。今日は豚汁とカボチャのそぼろ煮を作ります」
割烹着を着て準備を済ませた私は五色鬼にそう言った。すると、全員手を上げて「はーい!」と元気な返事をした。
何だろ、すごく微笑ましい光景だなあ。
自然と笑みがこぼれる。最近はこのように五色鬼が料理を手伝ってくれるようになった。その後ろから鬼神様が式台に座り頬杖をついて彼らの様子を眺めている。
さて、まずは出汁の準備から。キッチンペーパーを軽く濡らして固く絞って、昆布の表面をさっと拭く。
「何してるの~?」
「昆布の表面の汚れを取っています」
「洗えばいいのに」
「そうすると旨味や風味が落ちてしまうんです」
「へえ~、そうなんだ!」
汚れを取った昆布は水と一緒に鍋に入れてしばらくおく。
「昆布はこのままでいいの?」
「出汁が出やすくなるようにこのままおいておきます。本当は一晩くらいおいておきたいのですが、今回は30分ほどにします」
昆布を水に浸けている間に別の鍋でお湯を沸かしてコンニャクの下処理の準備を始める。沸騰するのを待っている間に食材を切っていく。まずはカボチャを二つに切っていくのだが……。
「ん、んんん?……」
き、切れない……。左手を包丁の背に添えて体重を乗せて切ろうとするけれど、中々切れない。確かにカボチャの皮は硬いけれど、流石に硬すぎない? ……いや、包丁の切れ味が悪くなっただけか。思えばここ最近ちょっと野菜が切りづらいと感じていたけれど。明日、包丁を研がないとなあ。研いだことないけれど。
何度か力を入れてようやく二つに割れた。断面がちょっと汚くなってしまった。それをもう半分に切る。それが終わると今度は所々を皮を削ぎ落とすようにして剥いていく。
「何してるの?」
「皮を所々剥いて火が通りやすくしています。カボチャは皮と実の固さが違うので、煮ている時に実が皮から剥がれてしまうことがあるんです」
おおよそ半分くらい皮を削いだら大きめの一口大に切り分けていく。小さくなると切るのも楽になる。ここは問題なくさくさくできた。
その他の野菜は五色鬼達が切ってくれた。ボウルに水を張り、ゴボウを斜めの薄切りにしてボウルに入れる。ニンジンは半月切り、玉ねぎは薄切り、里芋は皮を包丁で剥いて食べやすい大きさにし、コンニャクは短冊切りにして、それを半分にする。豚バラ肉は食べやすい大きさに切る。鍋のお湯が湧いたのでコンニャクを茹でて臭みを取っていく。
食材を切り終わったら昆布の入った鍋を弱火にかける。その後にこんにゃくの臭み取りで使った鍋を水洗いして水気をキッチンペーパーできれいに拭き取る。その鍋を火にかけて薄く油を引いて豚肉を炒める。色が変わったらバットに豚肉を引き上げる。その後もコンニャク以外の食材を同様に一種類ずつ入れて炒めてバットに引き上げる、というのを繰り返していく。
「まとめて炒めないのか?」
「それでもいいんですけど、具材が多いので一気に炒めてしまうと火の入りにムラができてしまうんですよね。なので今回は一種類ずつ炒めます」
昆布の入った鍋が沸騰寸前まで湧いたので火を止めて昆布を取り出す。そして再び火にかけて沸騰寸前まで湯を沸かす。
「本当は五十度強くらいが一番味が出るらしいんですけど、温度計もないし昔からこうやってきたのでこうします」
「沸騰はさせちゃいけないの?」
「沸騰させるとえぐみが出て美味しくなくなるんですよ」
「今は何してるんだ?」
「かつお節を入れるので温度を上げています。かつお節は九十七度くらいが良いそうです。かつお節も同様に沸騰させるとえぐみが出るので一度沸騰させて火を止めます。そしてかつお節を入れて中火で出汁を煮出していきます」
沸騰したので火を止めてどさっとかつお節を入れる。少し待ってから中火で煮る。三分程度煮たらざるにキッチンペーパーを敷いてボウルに漉す。透き通った黄金色の出汁が取れた。美味しそうなかつお節の香りが食欲をそそる。お腹が鳴りそう。
「いい香りがするう~。お腹が鳴りそう~」
禰々子さんも同じことを考えていた。
出汁を取った鍋を水洗って綺麗にし、水気を拭き取り、酒、醤油、みりん、出汁を入れて煮立たせる。残りの出汁と具材を鍋に加えこちらも火にかけていく。前者の鍋が煮立ってきたので、鶏ひき肉を加えてほぐしていく。その際出た灰汁はその都度取り除く。その間に五色鬼達に味噌汁を作った時のようにすり鉢で味噌を滑らかにしてもらう。ごりごりという音に混じってきゃっきゃという声がする。見らずとも楽しそうにやってくれているのが伝わってくる。しばらくして青の五色鬼、藍歌ちゃんがお玉で出汁を掬ってすり鉢に加えた。
灰汁をあらかた取ったら火を弱めてカボチャを並べ、キッチンペーパーで落し蓋をする。
「カボチャは皮を下向きにして早く火が通るようにします」
「どれくらい煮るの?」
「十分くらいですね」
「今回は短いんだな」
「カボチャは実が柔らかいので、煮すぎると崩れるんですよね」
具が沢山入った鍋が煮立ってきたので火を消して五色鬼達に味噌を加えてもらう。味付けは任せたよ、五色鬼!
私は一歩下がって鍋の前を空けた。五色鬼達がわっせ、わっせとすり鉢を運んでくる。「味を見ながら少しずつ入れるんですよ」と言おうとした時
ドボン!
あ、一回で入れちゃった……最初に私が伝えておくべきだった……。五色鬼達は収穫を終えた農家のように笑顔でドンと構えている。「次から味を見て少しずつ入れましょうね」なんて言えない。これを言うのは次回にしよう。私は「有難うございます」と笑顔で返した。
さりげなく味を調整しようかな。私はお玉で一口分掬い上げて小皿に移す。タイプの違うホッと一息つけるような落ち着いた香りが喧嘩することなく鼻孔に広がる。味噌の甘みを含んだ発酵の香りと品のある芳醇な出汁が絶妙な割合で溶け合っているのである。ああ、落ち着く~、日本人やってるって感じがする~。
香りを堪能したら一口啜ってみる。味噌特有の複雑な味わいを上手く出汁がまとめ上げている。両方の旨味を程よく感じることができる。これは私が調整する必要はないなあ。一発で味を決めるって天才かよ。
そうこうしているうちにカボチャもいい具合に煮えてきたので火を止める。
「では、晩御飯の時間までコマでもやりますか」
私はそう五色鬼達に言うと、彼らは歓声を上げて外に出ていった。
「あ、でも洗い物を終わらせてからですよ!」
と言ってはみたものの彼らには聞こえていなかった。
「行ってきていいよ~。ウチと鬼神で後片付けしておくからさ」
「え、いいんですか?」
「行ってくればいいじゃねえか。それくらいはやってやる」
「では、ご遠慮なく。有難うございます、お二人とも」
私は面をつけて五色鬼達の元へ急いだ。




