鶏肉と野菜の甘酢あんかけ 二
冬野菜をふんだんに使った料理だというのに、色合いはどちらかというと秋を連想させる。それが妙に滑稽だった。
しかし、この色合いが甘酢あんとやらと相性がとても良かった。蜂蜜のような半透明の黄色のこれが食材の邪魔をすることなく、見栄えを美しく見せているのである。
「頂きます」
早速鶏肉と野菜の甘酢あんに手をつける。さて、何から食うか。じゃあ蓮根から頂くか。密陀僧にまばらに焦げ目の入った蓮根は水分が抜けて少々縮んでいる。それを箸で摘まみ取り、甘酢あんをちょんと絡めて口に運ぶ。
「おお、これは」
かり、かりっと筑前煮の時とはまた違った食感がする。筑前煮の蓮根はここまで小気味の良い食感はない。まあ、その分出汁を吸い込んでいて美味かったが……。それより、驚くのが野菜そのものの甘み、旨味が格段に違う。野菜の良い所を煮詰めて更に香ばしい匂いを織り交ぜたかのようである。
そして、甘酢あんも美味い。程よい甘みと酸味がさっぱりとしていて食べやすい。酒との相性も悪くない。これは箸が進む。俺は他の食材にも箸をつけた。
「おお、どうです、どうです?」
嘉穂は一旦箸を休めて笑顔で尋ねる。
「これは美味い」
「それは良かったです。うんうん。他の野菜も食べちゃってくださいね」
嘉穂は余程嬉しかったのか、俺の言葉を噛み締めるようにゆっくり頷いた後、声を高くして言葉を続けた。
「夏の食欲がないときもいいかもな。甘酢あんの清涼感が食欲を刺激する」
「そうなんですよ! 夏になったらもう一度作ってみましょうかね」
次はごぼうすてぃっくとやらを一つ。ごぼうは「牛蒡」のことだろうが、すてぃっくとは何を指す言葉なのだろうか。大沼にでも訊いておくか。
見た目は茶色の棒にしか見えないが、その味はいかに。
「……美味い」
牛蒡の食感はそのままで外側はさくさくとクセになる。甘辛い味付けは牛蒡によく馴染む。そして、無性に酒が欲しくなる。酒が甘めなのがいけなかった。軽い口当たりでどんどん食べられるため口の中が塩っこくなる。そこにぐっと甘い酒を流し込むのが実に良い。それから、甘くなった口の中に牛蒡を突っ込む。その繰り返しである。凄まじい速さで牛蒡がなくなっていく。
俺は五色鬼を一瞥した。五色鬼も牛蒡に夢中になっている。かなり気に入ったようだ。
「追加で揚げてきましょうか? ゴボウスティック」
嘉穂がそう訊いてきた。何か色々顔に出ていたらしい。
「いやいい。飯食ってる途中にやる必要はない」
「でも、今のうちに下ごしらえくらいはしておかないと時間かかりますよ? 洗って切って下味つけないといけないですから」
「それは見てたから分か――」
「とりあえず、いるかいらないかで答えてください」
嘉穂は半ば呆れた様子で箸を置いた。そして座卓の上に両手をついて腰を浮かせる。
「……じゃあ、頼む。ついでに五色鬼の分も準備してやってくれ」
根負けした。嘉穂は満面の笑みで立ち上がる。
「別にいいですよ。食事中だろうが、私は料理人ですから」
「悪いな」
これを聞いた嘉穂は不可解な面持ちで首を傾げた。「『悪いな』っかあ」と噛み締めるように俺の言葉を呟いた。
「どうかしたか?」
「いいえ。鬼神様はちょっと変わった妖怪なんだなあと思っただけですよ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です。だって私、生け贄ですよ?」
嘉穂はそういうと、再び笑顔になって台所へと向かった。




