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豚の生姜焼き 二

 五色鬼は生姜焼き以外は眼中にないといった様子で、手を合わせたままそわそわしていた。最後に嘉穂が正面に座ると、五色鬼は一層落ち着きがなくなり、キャッキャと声を漏らす。それを見た嘉穂は相好を崩して合掌。

 じゃあ、頂きましょう、という嘉穂の号令を合図に「頂きます」と口を揃える。

 部屋は生姜と香ばしい醤油の香りで包まれる。重なった肉からどろりと流れるたれは岩肌から滑り落ちる溶岩流のようだ。

 当然肉から頂く。一枚を口に放った。しっとりとした肉は柔らかく、しっかり絡んだ甘辛いたれが雪崩のようにゆっくりと舌に広がり喉を過ぎていく。少し味が濃いためにご飯が欲しくなる。そして、ご飯をかき込むと、また生姜焼きが欲しくなる。

 豚の臭みは感じない。生姜や香ばしい醤油の香り、事前につけておいた酒が豚の臭みを根本から取り除いているのである。生姜焼きにキャベツを巻いて食えば元気に野を駆けまわる豚の足音のような軽快な音が響き渡る。

「んん! 美味しい!!」

 禰々子が顔をほころばせて言う。

「有難うございます」

「トマトとよく合うねえ~」

「それは旨味の相乗効果かも知れませんね」

「ウマミノソージョーコーカ????」

「はい。旨味成分は掛け合わせることで、より強く感じる特性があるんです。よく使われるのは鰹節と昆布の合わせ出汁ですね。今回の場合は豚肉のイノシン酸とトマトのグルタミン酸です」

「なんかよく分からないけど、とりあえず美味しいっていうのだけは分かった! うん!」

「分かってくれて良かったです」

 いや、分かってはないだろう。もっとも、俺もよく分からないが……。

「満足して頂けたようで嬉しいですよ。肉料理、してなかったですもんね。私を美味しく食べるために料理人になったのに、目的を見失うところでした」

「自覚してくれているようでなによりだ」

「食べるときは腕利きに解体してもらってくださいね。あと痛いのは嫌なので気絶させてからにしてください」

「手配しておこう」

「これからも色々な肉料理をしていくので無駄なく使ってくださいね」

「え、なになに、嘉穂ちゃん? なんかさっきから会話が物騒すぎない?」

「ああ、すみません。うっかりしてました」

「うっかり……とは?」

 禰々子は困惑していた。


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