豚の生姜焼き 一
「鬼神様、聞いてください! 今日は肉料理なんですよ」
私は豚肉の入ったパックを四つ持ってそれらを掲げた。鬼神様は呆気にとられた顔をした。
「今日は肉料理なんで――」
「二回も言うな」
「じゃあどうして何にも反応してくれないんですか?」
「どういう反応をしてほしいんだ?」
「うおおおお、肉だああ!! しゃあああ!!!! って」
私は肉を台所に置いて、しゃがんで、思い切り両の拳を突き上げながら立ち上がった。
「さあ、やってください」
「阿呆か」
鬼神様は表情一つ変えずにそう言った。
「何故です!?」
私は姿勢を一切変えずにそう言った。
「うおおおお、肉だああ!! しゃあああ!!!!]
すると、禰々子さんが肉の喜びダンスをやってくれた。
「やれ」
「やらん」
禰々子さんが言っても駄目だった。
「このまま続けても埒があきませんので、料理しますね」
まずは生姜の皮をピーラーで剥いてすりおろす。玉ねぎを半分に切ってこれもすりおろす。肉を一枚一枚広げて身と脂身の境目に数か所切り込みを入れる。
「これは何をしているんだ?」
「筋を切っています。これをしないと肉が反り返ってしまうんです。焼きムラができて焼き過ぎてしまわないようにします」
筋切りした肉をバットに並べて、擦った生姜と玉ねぎ、酒を加える。
「このまま二十分程漬け込みます」
「何故だ?」
「お肉を柔らかくして臭みを飛ばすためです」
こうしている間にキャベツの千切りを作っておく。葉を数枚外して、軸を取り除く。切りやすい大きさに形を整えたら重ねて巻いて細く切っていく。こんこんと小気味の良い音がする。「おおー」と五色鬼達と禰々子さんが歓声を上げた。切ったキャベツは水を張ったボウルに移す。
「すごい技術だな」
「慣れです。やってみます?」
私は一旦手を止めた。すると鬼神様は真横に寄って来たので、残り半分を鬼神様に引き継いでもらった。
鬼神様は狙いを定めてゆっくり切っていく。ちょっと太いけれど、まあまあ悪くないのでは? 私の切ったのと比べると一.五倍くらいだろうか?
「結構いい感じじゃないですか?」
「ああ? 何をどうしたらそう見えるんだ?」
「なんでちょっと怒っているんですか?」
半ば強引に代わって続きを切った。その後にトマトを洗ってくし切りにして、ヘタを落とす。小さなボウルに入れる。玉ねぎを薄切りにして別のボウルへ。まな板と包丁は洗う、鬼神様が。
二十分程経ったので、調理台にラップを敷いていく。その上に一枚ずつ広げて肉を並べる。広げた肉は茶漉しでふるいながら、小麦粉をふる。
「おお、これはいいねえ~、広々使えるじゃん」
「有難うございます、現世で作っていた時は毎回こうしていました」
「へえ~、そうなんだ。それで、何でこんなことするの?」
「肉の旨味を閉じ込めるのとタレを絡めやすくするためです」
フライパンに薄く油を引き中火で熱する。温まったら玉ねぎを炒める。しんなりしてきたら、玉ねぎを皿に取り出す。次に肉を小麦粉を振った面を下にして焼く。軽く焦げ目が付いたらこれも皿にあげる。それらの皿は五色鬼達が持っていてくれた。広げた分を焼き終わったら、同様に残りも焼いて引き上げる。
こうして全ての肉を焼き終えると、フライパンの余分な油と小麦粉を洗い流す。綺麗に水をふき取る。玉ねぎを加えて、酒、醤油、みりん、砂糖、水を入れる。そして肉を重ならないように入れる。醤油の焼けた香ばしい匂いが食欲をそそる。五色鬼達は大きく深呼吸する。そして、穏やかに微笑んだ。
一片生姜を取り出して千切りを作り鍋に投入。ひと煮立ちさせて中火にする。これを全ての肉に行なっていく。時折混ぜたり、お玉で浸っていない肉にかけたり少なくなれば調味料を足したりしていく。
「鬼神様は人間以外の肉も食べるんですか?」
肉を焼きながら、鬼神様に訊いた。
「食わねえことはない。だが、豚は殆ど食わないな」
「ええ、何故ですか?」
「あの汚らしいのが嫌でなあ。食欲が失せる」
「もしかして、鬼神様は現世で畜舎を見たことがあるんですか?」
「いや、それはねえが……禿村っていう所にある。金属の柵に囲まれてな、沢山の豚が自分の糞尿に寝っ転がってた。臭いもきついし蠅も飛んでるしな」
「本来豚というのは、鼻とお尻の汗腺が限られているために体温調節が苦手な動物なんです。そもそも水が豊富で涼しい場所に生息していた動物ですし。泥入浴が好きなんですよ。それに、豚は場所を区別して1ヶ所に用を足す習性があって、畜舎が広くてきちんと掃除すれば、そのようなことはしません」
「そうなのか。それは豚に悪いことしたな」
「全くです」
一皿ずつキャベツの千切りとトマト、そして豚の生姜焼きを盛る。鍋に残ったたれを煮詰めて少し味を濃い目にして、肉にかける。あとご飯もよそって一人一人渡して居間に向かわせる。
「じゃあ、頂きましょう」
みんなで手を合わせた。




