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大根の収穫

 私の屋敷から歩いて十分の所にバスケットコートくらいの広さの大根畑がある。等間隔でまっすぐに植わっている大根はひょこっと頭が出ており、大きな葉を横に広げている。

 数十分前。今から日が出て明るくなるくらいの頃。鬼神様が帰り程なくして禰々子さんがやって来た。今から大根を収穫するそうで手伝いに行くことになった。しかし、この服装では駄目とのことで禰々子さんの家で着替えることになった。

「結構いいの着てるね。これどうしたの~?」

「鈴鹿さんから貰いました」

「ああ通りで」

木綿でできた藍色の着物と袴に身を包んだ私は草鞋の紐を締めて、髪を後ろで一つ結びにする。普段着と比べては暖かいが、まあ寒い。私が寒い寒いと震えていると「大丈夫、すぐ暖かくなるから」と言われた。

「おお、良かった良かった~、大きさぴったりだね」

「はい、驚くほど」

 それで畑に到着、そして今に至る。

 畑には禰々子さんの眷属と思われる十数人の河童達がいた。リアカーがあちこちに準備されている。

 禰々子さんは眷属の河童達に私が手伝う事を伝えると、最後に「嘉穂ちゃんの尻を触ったら殺す」と付け加えた。

 禰々子さんに大根の抜き方を教わる。大根を跨ぐように立って、根元を持ってまっすぐ引き抜く。意外にも力が要らないとのことだけれど、あの力の強い禰々子さんのことだから、結構力入れないといけないなあと思いながら引き抜いてみると、本当に簡単に抜けてた。思い切り後ろに反り返ってしまい畦道に背中を強く打ちつける。慌てて禰々子さんが駆け寄る。

「ちょっと、大丈夫?」

「へへへ、すみません。力を入れすぎちゃいました」

「もう、気をつけてよね、ほんと」

 手にした大根を確認。傷は入っていないようだ。ほっと一安心。土を落とすとツヤのある真っ白な肌が露わになる。あらやだ別嬪さんじゃない、と心の中で呟いた。軽く持ち上げてみるとずっしりしていて、これがあんなに簡単に抜くことができたのに驚いた。綺麗にまっすぐ伸びているから抜きやすかったのだろう、と思い込むことにした。

 その後も根気強く大根を抜いていく。抜いた大根は土を落とせるだけ落としてリアカーに積む。それを河童達が運んでいく。途中から馬骨さんや宿守さんもやって来て収穫はどんどん進んでいく。一回抜くくらいなら大したことはないけれど、ずっとやっていると腰が痛くなり、体が温まってくる。終わるころにはへとへとになっていた。

「お疲れ様。きついかもしれないけど、詰めまで頑張ろうか」

「は、はい……」

 畦道に座り込んでいる私に禰々子さんが声をかけた。私は疲れた体に鞭を打って勢いよく立ち上がる。大根で山積みになったリアカーを押しながら、禰々子さんに連れて行かれたところは自身の家。大きな蔵の前にはたくさんのリアカーが停まっている。この中で袋詰めをするらしい。私はリアカーを置いて蔵を見上げた。重々しく佇むそれは、どこか近寄りがたい雰囲気があり、気を抜くと出られなさそうな感じがする。

 禰々子さんが扉を開ける。キキィと高い金属音が響く。手招きをしてくるので、蔵に近づいた。中をそっと覗いてみる。

 蔵の中では長机が三列に並べられていた。机の先には籠が置かれている。河童達は大根が積まれたリアカーを机の手前に置くと机の前に並んだ。どこから準備してきたのかビニール袋や値札、麻縄が準備されていた。さらに大根をよく見ると土が完全に落ちており、綺麗になっている。どうやら私の知らないうちに洗浄されていたらしい。

「私たちはね、一旦五十度くらいのお湯に浸けて、その後に冷水で洗うんだ」

「ええ! そうなんですね」

「うん。気孔が開いて水分を取り込んで瑞々しくなるんだよ。それに汚れも落ちやすくなるからね」

 大根の袋詰め作業は流れ作業で行なわれた。まず一人目が袋の中に大根を詰める。二人目が麻縄で袋の口を縛る。三人目がラベルを貼って籠に入れ、それがいっぱいになったら四人目が、籠を取り替えて蔵の入り口に運ぶ。私は籠を取り替える役を引き受けた。他の役は遅くて詰まりそうだから。と思っていたけれど。

「はあ、はあ……ちょ、ちょっと……」

 ……皆さん、早くないですか? 籠に大根がたまるまでは何もしなくていいのでゆっくりできると思ったけれど、そんなことはなかった。籠を置いて戻ってくる頃には大根が満タンになっていた。数往復した後に大根の袋詰めは終わった。想像以上に早く終わった。私は膝に手をついて荒い呼吸を整えようとした。

「その姿勢はあまり良くないよ。体を起こして」

「はい」

 深く息を吐いて状態を起こす。

 禰々子さんの家に一旦帰宅し、お風呂を頂いた。丁度良い温度の湯が疲れた体に沁みる。次第にまぶたが重くなり、頭がふわふわしてくる――


バシャン


 首がカクンと前に倒れて水面に顔面を突っ込んでしまった。瞼の重みがあっという間にどこかへ吹っ飛んだ。すぐ顔を上げて呼吸を整える。このまま湯舟に浸かっていると同じことが起きそうなので浴室から出た。

 先程と同じような服装に着替えると大根の入った籠を二つ小舟に積んだ。松の木から縄を解き、禰々子さんと私はそれに乗り込んだ。禰々子さんがかいを操り川を進んでいく。途中、正面に私達と同じような小舟を見つけた。すると、禰々子さんはスピードを上げてその小舟に近づいた。真後ろに舟を着けると櫂を槍を持つように構えた。一歩一歩前に近づいて、舟に一突き。舟の主はというと特に驚いた様子ではなく、やれやれといった表情でこちらに顔を向けた。

「やっぱり禰々子か」

「反応うっすいなあ~」

「何回もやられていれば驚かなくもなる」

「じゃあ水掛けちゃう」

 禰々子さんは櫂で水をすくって舟の主に掛ける。

「なんでだよ」

 私も同じことを思った。

 そんなことをしていると、田舎の風景からレンガ造りの街並みに変わっていく。遠くから路面電車の音がする。どうやら、この川は掲鏡村に繋がっているらしい。次第に小舟を端に寄せていく。石橋を潜ると簡素な船着場が見えてきた。等間隔に置かれたポラードには何艘か停まっている。空いているポラードと舟を縄で繋ぎ止め、荷下ろしをする。目の前にある階段を上がると彩り市場に辿り着いた。とは言っても裏手なんだけれど。似たような恰好の同業と思われる妖怪達があちこちにいる。

 中は少し薄暗かった。正面に両開きの木製の扉があり、両サイドに縦長い机が並べられている。そこには野菜が置かれている。ビニール袋に「○割引!」と書かれたシールが貼られたり、葉がしなびていたりと、売り物にならないとまでは言わないけれど、お世辞にも美味しそうには見えない。そのテーブルの向こう側に彩り市場の従業員と思われる妖怪達がいる。その中に、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、とでも言うべきか、明らかに風格の違う妖怪がいる。モダンなファッションに身を包んだ女性――黒姫さんだ。

 黒姫さんはこちらに気が付くと微笑んで、上品に手を振った。私は一礼した。

「あら、禰々子ちゃんと嘉穂ちゃんじゃない。お野菜を持ってきたのね。お疲れ様」

「黒姫さん、おはようございます。ここで何されているんですか?」

「様子を見に来たついでに手伝ってるの」

 黒姫さんは籠を受け取ると、大根を一本取り出してじっと見つめていた。

「一本買っていいかしら?」

「おお、嬉しいね~」

 黒姫さんは赤い長財布を取り出してお金を払った。

「それで、売れ残りのお野菜、どうする? そろそろ来る頃合いかと思って回収しておいたけれど」

 黒姫さんは私達の目の前に冬野菜を集めながら言った。恐らく、目の前に置かれたのはあららぎ村産のモノだろう。見ると確かにどれも瑞々しさはなく、鮮度が落ちているのが分かる。しかし、回収を余儀なくされる程かというとそうでもない、ように感じる。割引された他所の野菜の方が鮮度がない。

「……回収する」

 禰々子さんはそう呟いた。黒姫さんも「分かったわ、じゃあ、このままここに置いとくから」と返した。

 彩り市場は今日も賑わっている。これだけ多くの妖怪がいるのに品薄にならないのが不思議だ。

 野菜コーナーの陳列棚の空いている所に大根を並べていく。

「買いたいものがあったら言ってね。買うから」

「ええ、それはちょっと申し訳ないです」

「いいよ、後で鬼神に請求するから」

 だろうと思った。

 結局、お言葉に甘えて店内を見て回った。野菜を一通り見て、鮮魚コーナーを過ぎ、精肉を……そういえば、肉料理をしていない気がする。シチューや筑前煮は作ったけれど、あれらは肉がメインかと言われれば違う気がする。そうだ、肉料理にしよう。肉が食べたい。私は豚ロース肉を四パック買ってもらった。それと生姜、トマトとキャベツも追加した。

「何作るの?」

「それは秘密なのです。あ、禰々子さんも食べます?」

「え~、またお邪魔しちゃっていいの? じゃあ遠慮なく」

 禰々子さんは袋に買った商品を詰めながら言った。袋を私に渡して、店の裏に戻った。再び黒姫さんと会ってしなびた野菜を籠に詰めて市場を出て行った。

 私は舟に揺られながら籠の中を漁った。前述したが、値引きすればまだ売れる代物である。回収するほどの物ではない。

「あの、これらの野菜、すごくほしいなあ……とか」

 もったいないから割引して売ればいいじゃないですか、と本当は言いたかったけれど、何となく言いづらかったのでそう言った。

「絶対駄目」

 即答された。また、禰々子さんはこう続けた。

「美味しくない野菜なんて誰にも食べさせられないよ。だからウチらで消費するよ」

「でも少し萎びたくらいで美味しくないなんてことは」

「味が落ちた時点で駄目なんだよ」

 禰々子さんは暫く黙っていたが、ゆっくり口を開いた。

「ここ最近、稲荷町とかの工場で野菜が作られるようになったの。安く、大量に作ることができて、しかも季節もお構いなし。工場でできた野菜は幽世中に広がっていった。あなたが買ったトマトもそうね。そうやってほしい時に安価で買える。幽世はそんな便利な世になりつつある」

 禰々子さんは一呼吸おいてこう言う。

「ただ、私から言わせれば味は畑で育てたほうがいいよね。でも、あくまで工場野菜は安い野菜が広く行き渡るように工夫を凝らしてるわけだから。それはすごいことだし尊敬さえする」

 禰々子さんはそう言いつつも、少々寂しい目をしていた。

「だから、ウチはそれが悪いことだとは思わない。むしろ素晴らしいことと思う。でも、ウチらがそうしないのは美味しい野菜を届けたいから。そこに魂注いでやってるから。自信を持って野菜を作ってるから。だから、美味しくない物は届けたくないし、値下げはやらない」

 禰々子さんは籠をこちらに引き寄せると再び舟を漕いだ。

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