筑前煮 一
六時間程時間が経ったので、私と禰々子さんは家に帰った。
「料理を教わりに来たよ」
鬼神様が訝しげな表情を浮かべていたからであろうか、禰々子さんはそう言った。
「では、早速作っていきますよ」
「おお! 何を作るの~?」
「今日は筑前煮を作ります。野菜の旨みをぎゅっと詰めて作っていきますよ」
まずは、里芋の下処理から。ボウルに里芋を入れて水をたっぷり加えて表面を洗っていく。それが終わると、両端を切り落として、ぐるっと一周十字に切り込みを入れる。処理が済んだら鍋に移して里芋の頭がきちんと被るまで水を注いで火にかける。
「どれくらい火にかけるんだ?」
少し離れたところで眺めていた鬼神様が訊いた。ちなみにその後ろには五色鬼達がいる。
「沸騰してから十分程度ですね」
「何故こういうことをするんだ?」
「里芋に火を通すことで皮が剥けやすくなるというのと、味が染みやすくするのと、灰汁がすごいので先にある程度取る……こういったところでしょうか?」
沸騰してきたので、火を弱くして、十五分程茹でていく。白い灰汁がごわごわと湧いてくる。五色鬼が「おわおー」と声を漏らす。興味津々な様子である。吹きこぼれないように火を少しずつ落としていく。時間になると笊にあげて水でさっと洗う。
「里芋に切り込みが入ってるので、ツルンと剥けるんですよ」
親指を外側に滑らせて里芋の皮を剥いていく。残ってしまった部分は包丁で取り除く。皮を剥き終わったら、半分に切ってそこの深いお皿に入れていく。
「前回のブリ大根は量が多かったので鍋を使いましたが、今回はフライパンを使っていきます。私が思うに何ですけど、煮物は鍋よりフライパンの方が食材全体に味が染みる……ような気がします」
次はこんにゃくの下処理。こんにゃくをスプーンで一口大にちぎってボウルに移す。塩を軽く振って手で揉んで全体になじませたらそのまま放置。そして鍋で湯を沸かす。
その間にレンコンとゴボウ、ニンジンを洗ってゴボウ以外をピーラーで皮を剥き、乱切りにしてレンコンとゴボウをボウルに入れて水にさらす。
「レンコンとゴボウを水にさらすのは灰汁を抜くためです。こんにゃくを塩もみして茹でることで臭みが抜けます。あと、スプーンでちぎるのは表面をデコボコにして味を染みやすくするためです」
私はこんにゃくの入ったボウルを五色鬼に差し出した。五色鬼はそれを覗き込むや否や「うげええ」と渋い顔をして突き返した。
戻したしいたけは表面の汚れを洗い流して石づきを取り四等分にする。戻し汁は茶漉しで汚れを取り除く。そうこうしているうちにお湯が沸いたのでこんにゃくを鍋に投入して三分火を通していく。
「鶏もも肉は前回やった下処理をしていきます」
「あれか、彫刻か」
「彫刻ではないです!」
と包丁を入れようとしたが、良いことを想いついてしまい、手を止めた。
「そうだ。やってみます?」
「やってみる、とはなんだ?」
「鶏もも肉の下処理ですよ」
「何故俺がそんなことを」
「私を捌く時、ちゃんと臭みを抜いてもらわないと困りますからね。そのために今のうちに練習しときましょう」
「……確かに、臭みはないに越したことはないからな。お前を食うためだ、いいだろう」
「あんた達、料理中にどんな会話してんのよ……」
禰々子さんはしかめっ面をして、半歩後ろに下がった。
鬼神様は包丁を握ると、肉の筋や黄色っぽい脂肪をそぎ落としていった。私はまず、こんにゃくを笊に上げて、流水で表面を洗い水気をしっかり取る。それが終わると鬼神様の隣で鶏肉を眺めて「ここもです、ああ、ここもです」と口出しをしていった。鬼神様は意外に細かい作業は得意なようで、綺麗に取り除いていた。
「よくできました。花丸をあげます」
「馬鹿にしてんのか」
「いやあ、でも綺麗に取れてますよ、ほんとに」
鬼神様が下処理した肉をこれも一口大に切り分ける。
「では、食材を炒めていきましょう」
フライパンを熱し、温まったらサラダ油を加えて、鶏もも肉を皮を下にして中火で焼いていく。鶏肉がぱちぱちと激しい音を立てる。表面が焼けたらこんにゃくを追加。そして、レンコン、ゴボウ、しいたけ、山芋の順で加えて炒めていく。
「一般に、固い食材は火が通るのに時間がかかりますので、そのような食材から火を通していきましょう」
ある程度炒めたところで干ししいたけの戻し汁(これは後程使うのである程度残す)、水、砂糖、酒、醤油を加えて灰汁を取りながら煮る。食材が震えて煮えてきたらアルミホイルを被せて弱火にして三十分程煮る。この間に洗い物をしておく。しいたけの独特な香りが立ち込める。
「中々クセのある匂いがするな」
「干ししいたけですね。しいたけは干すことによって香りが強くなるんです。いえ、香りだけでなく、旨味も栄養も、アップします」
時間になったら落し蓋を取り、火を消して、よく絞った濡れタオルの上にフライパンを置いて粗熱を取る。煮汁はすっかり少なり、食材に出汁を程よく吸って綺麗に色づいている。しいたけの香りは一層強くなり、食欲に拍車をかける。
あー、だめだめ。我慢しないと。
粗熱が取れたら、蓋を閉じて五色鬼に氷室に持って行ってもらった。
この間にシジミの味噌汁を作っていく。先程のしいたけの戻し汁を少し残して鍋に加えて下処理したシジミを入れ、火にかける。
「お味噌汁は味噌漉しを使うのが一般的ですが、繫名家のお味噌汁は使いません」
「ええ、そのまま入れちゃうの? 大雑把なウチでもそんなことしないよ」
「いえ、さすがにそのままは入れません。ちょっと味噌を下処理してから入れます」
私はリアカーを漁り擂り粉木と擂り鉢を取ってそれらを水でさっと洗った。禰々子さんは不思議そうな顔で私を見つめる。
「摺るの?」
「摺ります」
甕から味噌を掬って擂り鉢に放り入れ、擂り粉木でくるくる潰していく。ごりごりと擂り鉢と擂り粉木がこすれ合う音が響く。
「それ、どういう意味があるの?」
「味噌を摺って粒子を細かくすると、香りが立って口当たりも良くなるんです。しかも、味噌の量も少なくて済みます。今回はシジミの出汁もありますので更に少なくて大丈夫ですね」
時折、シジミの様子を見ながら灰汁が出てきたら取り除く。灰汁を掬い終えたところでシジミの出汁を少し掬って味噌に加えて味噌を更に混ぜていく。滑らかになったら火を止めてそれを鍋に移す。使いかけの味噌はラップでびったりと覆う。
「嘉穂ちゃん何してるの?」
「味噌が酸化して色が変色して味が落ちるのを防いでいるんです。これで美味しさが長持ちしますよ」
禰々子さんは「へえ! 凄い!」と歓声を上げた。
「お味噌汁はこれで完成です。後は筑前煮。冷やした筑前煮を温めましょう」
「あれはそもそも冷やす意味はあったのか?」
「一度冷やすことで食材に味が染みるんです」
フライパンを氷室から持ってきて火にかける。戻し汁とみりんを加えて汁気をさっと飛ばす。里芋を一つ取って味見。うん、大丈夫。
「よし、筑前煮も完成しました。取り分けるので、各々お皿を持って来てください」




