禰々子さん 三
私と禰々子さんと棺音さんは二手に分かれて掲鏡村を探し回った。私は棺音さんと一緒に裏路地を巡ったり、(意味はないと思うけれど)名前を呼んだりしながら探した。そうやっているうちに、漁港の傍にある市場に着いた。突き刺すような冷たい風に乗って、潮の香りが漂う。ウミネコが何度も鳴き声を上げ、それを汽笛がかき消す。
先程市場と書いたけれど、彩り市場のような道の駅ではなく、学園祭の出店のようである。出品者はテントの中で、声を張り上げ、鮮魚や加工食品、小腹を満たす食べ物などを売っている。更に奥に行くと開けた場所があり、そこで競りをしていた。思わずそれらに目移りしてしまうけれど、今はそれどころではない。ハブのリリスを探さないと。
棺音さんの腕に巻き付いている蛇はククリという。リリスもククリと同様に白のスカーフを身につけているらしい。
「な、なので、見かけたら、その、分かると思いますぅ……」
ただでさえ小柄だというのに、更に身を縮め、腰を低くして言った。
辺りを探索できる限りしたけれど、リリスは見つからなかった。
「やっぱり、草むらとかに逃げ込んだんじゃないですかね? ここ、妖怪多いですし……身を潜めているのかもしれません」
「そ、そう、なんですかねぇ……」
海に沿って船着き場をとぼとぼ歩きながら、私達はそんな会話をした。等間隔にボラードが設置され、何艘か舟が停泊している。舟は穏やかに揺れていた。
私達は半ば諦めて別の場所に移動しようと考えた頃、見覚えのある妖怪がいた。水色の着物にカジキの腰巻、手足に鱗が生えた黒髪の女性、青花さんだ。
青花さんはボラードに座って蛇と戯れていた。あれ? 首に白いスカーフ巻いてる? 青花さんは蛇の頭を撫でて、顎を摩る。蛇は気持ちよさそうに目を閉じて、ゴロンとお腹を上にして横になった。このハブは前世が猫だったに違いない。青花さんはこちらに気がつくと立ち上がって会釈した。私達も一礼。
「あら、こんにちは。こちらの蛇はあなた達の?」
ふんわりとした優しい声でそう言った。
「はい、私が飼っているハブのリリスですぅ」
穏やかな口調に安心したのか、棺音さんは落ち着いて返事をする。
「そうなのね。随分妖怪馴れしている可愛い蛇さんね」
青花さんはリリスの頭を撫でて笑いかけると、リリスはそれに応えるように目を細めた。
「ほら、飼い主さんがお迎えに来たから。またね」
青花さんはリリスに手を振って踵を返して歩いて行った。リリスがこちらに這って来る。棺音さんが鞄を置いて手を差し出すと、するすると螺旋を描いて腕を登った。
青花さんは数メートル程先まで歩を進めていたけれど、「あ」と思い出したかのように足を止めてこちらに振り返った。
「そう言えば、嘉穂さんは包丁人よね?」
「はい、そうです」
「良かった。少し待っててくれないかしら」
青花さんは歩調を早めて再び歩き出した。
「な、何だか、川の潺のような、方でしたねぇ」
棺音さんはそう呟いた。
程なくして、青花さんは戻って来た。小さな白い袋を二つ提げている。
「職場からシジミを沢山もらってね。あなた達にもおすそ分けをと思って」
袋を受け取って中を覗き込むと、百円玉ほどの大きさのシジミがぎっしりと詰まっていた。
「おっきい。しかも、こんなにたくさん頂いていいんですか?」
「ええ勿論」
青花さんはにっこりと笑う。私達はお礼を言って頭を下げた。
それから引き返して、棺音さんと出会った場所まで歩いた。そこには光輪を停めて辺りを見回す鈴鹿さんがいた。鈴鹿さんがこちらに気付くと笑顔で上品に手を振った。鈴鹿さんに事情を話すと「それは怒られるに決まっているであろう」と言われた。
程なくして、禰々子さんが戻って来た。禰々子さんはハブが二匹いるのを確認すると、安堵、というより呆れたような表情で溜息をついてゆっくりと口を開いた。
「私たちの村には山があるんだけどさ。熊が住んでいるのよ。それで時々、人里に下りてくるの」
「ひひひ人里に、下りて来るんですかぁ?」
「そうよ、食べ物を求めてね。それで、人里に下りて来た熊、見つけたら私達は何をすると思う?」
棺音さんは露骨に顔色を悪くした。そして、口を噤んだまま、何も言わなくなった。結局、禰々子さんの問いは自身で答えることになった。
「殺すのよ。それが偶々山から下りて来ただけであろうとも、妖怪に危害を加えるつもりがなくてもね。農作物を荒らしたり、負傷者が出たりしないように。万一、農作物や……妖怪を食べて味を占めてしまったら、どんどん被害が大きくなる。血眼になって探して殺そうとまでは思わないけど、危険な芽は早めに摘んでおく」
禰々子さんは一呼吸おいて、棺音さんの腕に巻き付いた二匹の蛇を見つめて、さらにこう続ける。
「ハブだって同じ。大きくなったら二メートルを超える毒蛇なんだから。他人は人懐っこいとかそんなことは知るわけもない。熊と一緒だよ。危険な害獣。駆除の対象。殺されても文句は言えないよ」
「そ、そそそんなぁ……」
「それが嫌なら目を離さないようにしなさい」
「は……はいぃ……」
棺音さんはすっかり体を小さくして萎縮してしまった。その様子を見た鈴鹿さんが「そんなに気に病むことはない。次から気を付ければ良いだけの話だ」と声をかける。
それから、私達は棺音さんと別れて屋敷に戻った。
「早速干し椎茸とシジミの下準備をしましょうか。まずは干し椎茸から。石づきを落としていきます」
私は干し椎茸を六個、鍋に入れて水を加える。
「干し椎茸を戻すと同時に、その戻し汁も使っていきますよ」
「どれくらい時間かかるの?」
「私は六時間くらい放置しています」
「結構かかるんだ……」
「確かに時間はかかりますけど、その分、椎茸の旨みが戻し汁に凝縮されますから」
次はシジミの下処理を。まずはシジミを洗っていく。ボウルにシジミを入れる。流水でガシャガシャとこすり合わせるようにして、殻の表面の汚れを落としていく。パッドにシジミを敷いて頭まで被るくらいまで水を入れる。塩をパラパラと撒いてアルミホイルで覆う。
「これは何をしているのかね?」
「シジミが飲みこんでいる砂を吐かせているんです。砂を抜かないと食べた時にジャリってなって不快ですからね」
各々の下準備を終え、私と禰々子さんは村を歩いて回りながら、住民達に挨拶をした。その際、馬骨さんと宿守さんにも会った。
「初めまして、オイラは馬骨。よろしく」
馬骨さんは格子の模様の入った群青色の小袖を着た馬頭の骸骨の姿の妖怪である。ご飯とか食べるのかな? とふと思った。声を聞く限りは男……オス? なんだと思う。
「アタイは宿守。気軽に話しかけてちょうだい」
宿守さんは赤と黄色の横縞模様の小袖を着ている。確かにカエルの姿をしている。が、二足歩行で長い髪が生えている。多分男……オス? なんだと思う。
二人とも人間を恨んでいるようには見えなかった。気さくで話しやすい性格である。
他にも様々な妖怪達と会った。禰々子さんの配下の河童達にも会った。私のことは現世から来た鬼女という設定で紹介された。多くの妖怪に「鬼神様にも嫁ができた」と言われたので「料理人です」とはっきり伝えておいた。
厳密に言えば生贄だけれどね!!