禰々子さん 二
「改めまして、ウチは禰々子。あららぎ村で野菜を作ったり、舟で村人を送迎したりしてる」
私は禰々子さんと握手をした。だから力強いんだって!
話によると、禰々子さんはこの辺りの河童の頭領なんだとか。他の河童達は少し離れたところに住んでいるらしい。
続けて禰々子さんは二人の妖怪の事を教えてくれた。
一人は馬骨さんという妖怪。馬の骨の妖怪で根菜を育てている。この妖怪は火事で人間に馬小屋に置き去りにされて焼け死んだ妖怪だそうだ。それゆえに人間を憎んでおり、火が苦手らしい。
もう一人は宿守さんというガマガエルの妖怪。よく馬骨さんと一緒にいるそうで、ネギ属の野菜を主に育てている。私より一回り小さいそうだ。この妖怪は人間に虐められて殺された。言うまでもなく人間を憎んでいる。
「一応、言っておくけど、全然悪い妖怪じゃないんだよ。それだから、悪く思わないでね」
「はい、分かりました」
それは分かっている。妖怪達にとっては良い妖怪達なのだろう。人間に恨みを持っているからと言って別に嫌悪感を抱くことはない。
「機会があったら紹介するから」
「あ、はあ……」
「それはそれとして、嘉穂ちゃんはさ、料理が得意なんでしょ?」
「そう、ですけど?」
「嘉穂ちゃんの料理、食べてみたいなあ。そうだな~、冬の野菜を沢山使ったやつがいいな~」
禰々子さんは笑顔で「宅にある野菜持ってっていいから」と続けて言った。
「ちなみに野菜は何があるんですか?」
「ん~そうだな~。白菜、里芋、株、大根、あとは牛蒡。他には、蓮根、ブロッコリーとか!」
なるほど。結構色々な野菜があるんだ。全種類は使わないけれど、色々できそうだ。家にはニンジン、玉ねぎ、鶏もも肉もある。
「干ししいたけ、あとはこんにゃくもほしいですね。ここにあったりしますかね?」
「干し椎茸は私に任せると良い。蒟蒻は掲鏡村に行けばあるだろう」
鈴鹿さんは胸を張ってそう言った。
「私の村では山菜や茸を栽培していてな、ちょっとばかり有名なのだよ。よく村の者から頂いてな。分けてやるよ」
「ええ、頂いちゃっていいんですか。すみません」
「何故謝る? 嘉穂は面白い人だな」
「それはどういう意味ですか?」
「なあに、謙虚だと言ったのさ」
「そんなこと初めて言われましたよ」
※ ※ ※
私達は光輪に乗って掲鏡村へ向かった。掲鏡村で私と禰々子さんを降ろすと鈴鹿さんは「村に戻って椎茸を取りに行く」と言って別れた。
朝でも彩り市場は賑やかだ。多くの妖怪が買い物をしたり、商品を棚に追加したりしている。私は買い物に勤しむ妖怪達を避けながら、こんにゃくを探す。冷蔵ケースには納豆や豆腐、油揚げ……そして、こんにゃく。パッケージには奪衣婆が描かれている。一つを籠に入れる。いや、入れたけれど、どうすればいいんだろう。お金ないけれど……と思ったら、禰々子さんがその籠を取ってレジへ向かってお金を払った。禰々子さんは白い手提げ袋に入ったこんにゃくを手渡した。
「すみません。有難うございます」
「いいんだよ、鬼神に請求するから」
鬼神様、ごめんなさい……。
それから、鈴鹿さんが戻ってくるまで彩り市場の入り口付近で待った。目の前の駅に路面電車が停車して妖怪達が乗り降りする。ドアを閉めて発進。それを確認して彼らは線路を横断する。
「あれ?」
「どうかした?」
「いえ、あの子が」
線路をまたいで向こう側に、妙な挙動の少女がいた。白いPコートに濃いグレーのスラックスをはいたその妖怪は身を屈めて地面をキョロキョロと見回している。顔を動かす度にワイシャツの胸元にあしらわれた赤いリボンと三つ編みで纏められた長い金髪がゆらゆらと揺れる。右手に棺桶を模したのであろう鞄、左手には幼体と思われる白いスカーフを巻いたハブが絡みつき、背中には自身の身長と同じくらいの棺桶と中々の大荷物である。
「何か探し物ですかね?」
「荷物も多いみたいだし、ちょっと声だけかけてみる?」
私達は線路を渡って、少女に近づく。全く私達に気付いていない。私達がそっと声を掛けると、少女は「ひえぇ」と悲鳴を上げて、後退った。遠くにいるから小さく見えるのかと思っていたけれど、身長は覚さんより低いように思える。南国の海のような澄んだ青い瞳と砂浜のような白い肌がとても魅力的である。可愛い。……って、見惚れてる場合じゃなかった。
「ごめんなさい、驚かすつもりはなかったんです」
私は彼女に頭を下げた。棺桶の女の子は像のようにじっと身を強張らせる。腕に巻き付いたハブが人差し指と中指の間からゆっくりと顔を出して舌をちょろちょろと小刻みに震わす。こっわ。
棺っ子は目を見開いて、顔を上下に動かしている。すると、その子の視界にハブがにゅうっと入ってきて、我に返ったようで体を緩めた。
「あ、あの。ええと……ああ、こちらこそ、その、すみませんでしたぁ!」
ハブ使いは頭が垂直落下したかのように勢いよく頭を下げた。背負っている棺桶がガタンと揺れ、ハイビスカスのリースの飾りがわさわさと音を立てる。私と禰々子さんはこちらこそ悪かったと伝えると頭と背中で棺桶を押し上げて体を起こした。
「何か探し物をしていたみたいでしたが……」
「あ、いや、その……だ、大丈夫ですぅ」
「大丈夫なことないよ。現に今探してるじゃん」
「うう……」
図星を突かれたようで、ハブ娘は言葉に詰まり、すっかり、黙りこくってしまった。視線が私と禰々子さんを何往復もして、ベージュのワイシャツの襟をいじりながら諦めたように口を開いた。
「ええと、あの、り、リリスが行方不明になってしまいましてぇ……」
「リリス? ですか?」
「は、はい。あの、飼いハブなんで……すぅ」
……は?
「え、ハブ?」
禰々子さんは絶句。筆舌しがたい物凄い顔をしている。ハブ女は再びハブに睨まれたカエルの如く硬直した。
「いえ、でも、大人しいんですぅ。妖怪は襲わないんですぅ。だから、その」
「大人しいとかそういう問題じゃないから! 兎に角……一緒に探すから!」
名前は? と禰々子さんは聞いた。
「ひ、棺音ですぅ……」