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禰々子さん 一

 眩しい光が藍色の空を少しずつ覆っていく。襖が全開になった居間に光が差し込み徐々に明るくなる。そんな夜が明ける頃、私は昨日のリベンジマッチを開戦した。

「それで、棚を買う気になりましたか?」

「随分としつこい奴だな。買わないと言ってんだろうが」

「何故駄目なんですか? その方か衛生的にもいいですし、なにより私のやる気の更なる向上が期待できます」

「棚がなくともやる気は出してくれ」

「そんな! やる気はいつも出しているじゃありませんか! 料理がしやすくなることでやる気が三割増しくらいになると言っているんですよ」

 ふと、台所に目をやると、五色鬼達がこちらの様子をじっと伺っていた。私は笑顔で近づいて、少し屈んで彼らと目線を合わせた。

「みんなは棚を買った方がいいと思いますか? それとも不必要ですか?」

五色鬼達はコロンと首を傾げて顔を見合わせた。そこで、私は更に彼らに近寄って

「棚があったら、リンゴのコンポートのようなものがもっと沢山作れるようになるかもしれません」

と小声で言った。すると、瞳を爛々《らんらん》とさせて私の顔を覗き込んだ。私は咳払いをしてこう訊いた。

「では、改めて聞きますが、棚を買った方がいいと思う方は手を挙げてください」

 すると五色鬼は「はあい」と一斉に手を挙げた。私は満面の笑みで鬼神様の方に顔を向けた。

「お前、いつの間に五色鬼を買収したんだ?」

「そんな人聞きの悪いことを言わないで下さい。それより、多数決の原理で棚を買うというのはどうですか? 鬼神様が妥協すれば、全員幸せです」

「これは違法投票だ。よって認められん」

「何と、証拠もないのに!」

 と、私が説得していると、トントンと戸を叩く者がいた。一時休戦。

「誰だ?」

「ウチだよ。禰々ねねこだよ」

 鬼神様の問いにはきはきとした弾んだ女性の声が返事をする。どうやら知り合いのようで、鬼神様は「入っていいいぞ」と返事をした。私は急いでお面を取りに行き、居間に戻る。懐中鏡を持って行くのを忘れしまったけれど、まあ、大丈夫でしょう。

がらがら、と扉が開き、褐色の肌の女性が入って来た。背は私より少し高い位で腰まである黒い髪を後ろで一つに結んでいる。そして、何よりも服がとんでもなく薄着である。オレンジ色の小袖にこげ茶の小袴、そして草鞋。以上。は?

 手に水かきがついているから河童なのかな?

「何しに来たんだ?」

「いやあ~、朝から随分と賑やかだなあ~って思ってさ。それで、その子は? もしかして嫁候補?」

「馬鹿言うな。包丁人だ」

「ええ!? 料理人? 凄い。ねえねえ、いつから? 鬼神の所に来る前は?」

 禰々子さんはこちらにずんずん近づいてそう尋ねる。

「ええと、来たのは三日前の晩です。ここに来る前は現世にいました」

「へえ! 現世にいたんだ。あ、ウチは禰々子。よろしく!」

「はい、よろしくお願いします! 嘉穂と言います」

「嘉穂ちゃんかあ。色んな話がしたいなあ~。私の家まで来てよ。ゆっくりしながら、話そ? 鬼神、嘉穂ちゃん借りてっていい?」

「ああ、構わん」

「ありがと~。じゃあ行こう」

 禰々子さんは私の腕を掴んで屋敷を出て行った。その腕を引く力が強い。腕だけ持っていかれて体が置いてけぼりになりそうである。

 禰々子さんの家は鬼神様の隣だった。まあ、隣とは言っても百メートルくらい離れているけれど。あららぎ村でよく見かける茅葺屋根の家で、それほど大きくはない。しかし、禰々子さんは一人で住んでいるようなので、ちょうどいい広さと言われればその通りではある。寧ろちょっと広いくらいかな。

家の正面には大小二つの蔵が建っている。一つは鬼神様の屋敷より一回り小さく、もう一つは禰々子さんの自宅と同じくらいの大きさだ。

 私はそれを見て足がすくんだ。大きな蔵というだけでも気分が悪くなるというのに、無骨でくすんだ外装が、一年前くらいの記憶をより深く掘り返した。

 私が現世にいた頃の家にも蔵があった。それはそれは大きな蔵で。それなりに年季が入っていて。窓はなく、電気も通っていない。夏場は蒸し暑く冬場は寒い。モノが散乱していて埃っぽい。戸を閉めたら真っ暗で







すごく怖い。




「嘉穂ちゃん? お~い、嘉穂ちゃ~ん?」

 禰々子さんの呼びかけで我に返る。気がつくと禰々子さんが私の顔を覗き込んで手を振っている。とりあえず返事だけしておく。

「どうしたの? 蔵をじっと見つめて。興味があるの? 中見てみる?」

「いえ大丈夫です本当に本当に大丈夫なんでええはい!!」

 思わず、自分でも驚くほど強い語気で言い放ってしまった。禰々子さんは「そ、そう……なら、いいんだけど」と身を引いた。すぐに謝罪したけれど、禰々子さんは一層困惑した表情になり、苦笑いを浮かべた。

 私は禰々子さんの家に上がり、居間に案内された。その後、禰々子さんは玄関を閉めて施錠した。そして、お香を焚く。不思議には思ったけれど、特に気には留めなかった。私は敷かれてある座布団に腰を下ろした。

「いやあ、驚いたよ。まさか現世から来た妖怪が料理人をやってるなんてねえ~」

 禰々子さんはお茶を二つ持って来て、一方を私の前に置いた。ちゃぶ台を挟んで私の目の前に座ると、笑顔で頬杖をついた。

「ははは、そうですね。色々あって……」

「そうなんだ。色々ねえ……。ところでさ、鬼神の料理人ってことは人肉も料理するんだよね?」

「あ、え、ええと……それは……」

 私が答えに迷っている最中、禰々子さんは言葉を続ける。

「三年に一回さ、鬼神の所に生贄が届くんだけど。ちょうどそれが今年の……あ、三日前だ。その頃になると、毎回のように、悲鳴や叫び声、後命乞いをする声も聞こえるね。結構離れてるんだけど、はっきり聞こえるんだよね。でも、今年は聞こえなかったなあ」

 あれ……もしかして、疑われてる? ……それかもうばれてる? 嫌な予感がする。

 私は「失礼しました」と立ち上がろうと腰を浮かせたが、「そう言わずに最後まで話を聞いていってよ」と肩を掴まれ無理矢理座らされた。力が尋常じゃなく強い。そして、禰々子さんは私の肩に手を置いたまま隣で胡坐をかいた。

「見ての通り、ウチは河童なんだけどさ。河童ってどういう妖怪か知ってる? 子玉を抜いて人を殺したり、女を攫って子を孕ませたり、ね? 結構禄でもないんだよ、河童って」

 禰々子さんの顔を一瞥すると、先程までの笑顔は消え失せ、不敵な笑みへと変わっていた。禰々子さんはそっと私の面を外しちゃぶ台に置いた。

「私をどうする気なんですか?」

「さあ~? どうするつもりだと思う?」

 私が目に力を込めて睨みを利かすと、禰々子さんは「妖怪にホイホイついていくからこうなるんだよ?」と鼻で笑った。

「それにしても、命乞いしたりとか、悲鳴上げたりしないんだね。これはびっくりだな」

 禰々子さんは「どうしようかなあ」とニコニコしている。すると、「禰々子、悪ふざけはそこまでだ」と後ろから声がした。思わず「ひゃ」っと悲鳴を上げる。この凛々しい声、そして、鍵を破って後ろから登場するのは、もうあの妖怪しかいない。

「鈴鹿さん。もう、びっくりするじゃないですか。それと悪ふざけとは?」

「君を脅して遊んでいただけだ。別に禰々子は人間に何かをしたりしない」

 禰々子さんに視線を移すと、笑顔を作って顔の前で両手を合わせていた。

「いやあ、ごめんね。ちょっと悪戯したかっただけなんだ」

「肝が冷えましたよ」

「でも、ほんとに、妖怪にホイホイついて行っちゃ駄目だよ? そのお面があるからって、ちょっと不用心すぎるよ?」

「気を付けます。鬼神様以外に食べられてしまったら生贄失格ですから」

「え、何その思考。すごく怖いんだけど」

 禰々子さんはちょっと引いていた。

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