龍神様 五
それから、龍神様から色々なものを分けてもらった。鶏もも肉、玉ねぎやじゃが芋等の野菜、小麦粉などの粉もの、乳製品にサラダ油……。流石に貰い過ぎでは? と思ったが、「必要になったらまた買えばいいからさ」と爽やかな笑顔で言われたので、妙に断りづらくなり、有難く頂くことにした。今夜はシチューで決まりだ。なので、生クリームとマッシュルームも貰っとこ。
貰った物を籠に詰め込むと、鈴鹿さんがそれを鬼神様の元に送り届けると言って光輪に積んだ。……なんか、料理人の分際ですみません……。ついでに私も積んでもらえたら嬉しかったのだけれど、私は龍神様の背中に乗ることになった。
二回目ということもあり、多少は余裕があった。ガス灯に明かりが灯り始め、妖怪達の往来が盛んだった。長い影が幾重に重なり、奇妙な闇の世界を創造する。そっか、鈴鹿さんのように朝行動する妖怪と鬼神様のように夜行性の妖怪が丁度入れ替わる時間帯なのか。
海がある方を見てみると、大小様々な木製の舟が港に帰りつき、捕った魚を舟から下ろしていた。今度行ってみようかなあ。
などと考えていると、龍神様は急降下した。髪を振り乱しながら、飛ばされないように、必死に龍神様の角に掴まる。着地と同時に辺りに突風が吹き荒れる。
そして、鈴鹿さんが到着するまで、龍神様と屋敷の前で話をしながら時間を潰した。
「黒姫は自慢の嫁なんだ。仕事もバリバリこなすし、度胸もあってかっこいいんだ。……って黒姫の話ばかりで悪いね。別の話をしようか」
「いえ、お構いなく。続けてください」
寧ろ詳しく聞きたい!!!
龍神様は照れ臭そうに、話を続ける。いやあ、ほんとに幸せそうな顔してるなあ。しかし、次第に神妙な面持ちになっていった。
「人間が妖怪と交わってしまうと、長い時間をかけて妖怪になっていくんだ。黒姫はそれでも構わないと言うんだけどね。今は龍より人間の姿の方が楽みたいだけど、それが逆転する時が必ず来る。そうなった時に黒姫が実際にどう思うのか……気がかりだよ。……だって、僕のせいで龍になったんだから」
龍神様は黒姫さんを龍にしたことをひどく後悔しているようだった。どこというわけでもなく、ただ、遠くの方を見つめている。私は龍神様に何か声を掛けたかったけれど、上手い言葉が分からず、龍神様を見つめることくらいしかできなかった。
程なくして、鈴鹿さんが到着した。光輪の荷物を下ろしていく。三人で荷物を自宅に搬入した。鬼神様は何事か? と言わんばかりの表情をしていたが、何も言わなかった。
「やあ、誇槍。今戻って来た」
「ああ、それは見れば分かる」
「いろんな食材をあげたから、美味しいものが食べられると思う」
「おお、すまんな」
「嘉穂さんに美味しい物作ってほしいからね」
「鬼神、私が運んできたのだよ」
「ああそうか。帰れ」
「そう言うな、傷つくではないか」
そうは言いつつも、まんざらでもない様子である。
すると、ガタガタと自宅が揺れた。誰が来たか察しがついた。勢いよく戸を開けて黒姫さんが入ってくる。
「嘉穂ちゃんどこいる?」
「はい、ここです」
鶏肉と小麦粉をキッチンに並べていた私は手を振って返事をした。黒姫さんはこちらに気付くと、ずんずんと近づいてくる。
「そういえば、あなたに渡さないといけないものがあってね」
黒姫さんはワンピースから紫色の三つ折りの長財布のようなものを取り出した。そこには柊の枝を咥えた黒猫の姿が描かれている。何故財布を? と思いながら開いてみると、真ん中に鏡が張り付いている。それを見た黒姫さんは「ここで開けないで、すぐに閉じて」と言った。慌てて鏡を閉じる。
「それは破魔の懐中鏡。妖怪を払う力が込められてる。昔は中途半端な妖怪だったから随分周りから舐められててね。懐に忍ばせていたのよ。でももう私には必要ないわ」
「有難うございます。心強いです」
私は懐中鏡を懐にしまった。
黒姫さんはくるりと龍神様の方を向いた。
「龍神、まだ何かあるの?」
「いや、特には何も」
「だったら、もう帰るわよ。何油を売ってんのよ?」
「ああ……うん」
黒姫さんは龍神様の腕を半ば強引に掴んで玄関にぐいぐいと引っ張っていく。龍神様は「じゃあねえ」と笑顔で手を振る。鈴鹿さんも帰宅するとのことなのでお見送りに外へ出た。
外に出ると龍神様が龍の姿になって空に舞っていた。その背中には黒姫さんが乗っている。帰ると言った割には空を自在に飛び回るだけで一向にその気配がない。
「黒姫は随分と笑顔だな」
鈴鹿さんがそう呟いた。言うまでもなく、人間である私の視力じゃ見えはしないけれど、その様子が脳裏に浮かぶ。
「あの二人は昔からずっとああいう感じなんですか?」
「少なくとも私が知り合った時から仲睦まじい夫婦だな」
「何だか素敵ですね」
再び視線を戻すと、黒い龍は颯爽と掲鏡村へと飛んで行った。