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龍神様 三

 それから、私は黒姫さん、鈴鹿さんの三人で村を回った。龍神様はこれから仕事があるのだという。あれ? 私は龍神様の監視の元で外をうろついているんじゃなかったっけ? まあ、いいや。

 ここは掲鏡村というようで龍神様が地主をしている。地主とは大雑把に言うと村長みたいなものらしい。具体的には村のルール、(現世でいう条例のようなものだと思う)を制定したり、公共施設を建設、管理したり、税を徴収したりする。税は村によって様々だ。ちなみにあららぎ村は収穫した農作物のうち一割を納税することになっているらしい。

「掲鏡村は果物、魚、加工食品とか、色んなものを作ってるから、あららぎ村みたいに全住民を作物の取れ高で納税させることはできないから、売り上げの五分納めてもらってる」

「そうなんですか。それにしても、地主って結構忙しい仕事なんですね」

「そうね。まあ、地主のクセに暇そうにしているのが嘉穂ちゃんの隣にいるけど」

 黒姫さんは鈴鹿さんを一瞥した。

「え、鈴鹿さんも地主なんですか?」

「ああ、そうだ。境村という小さな村のな。とても良い所だ。今度連れて行こう」

「因みに鬼神も地主よ」

「ええ! 鬼神様もですか?」

 どうやら私はお偉いさん達に囲まれていたらしい。急にアウェイな気分になった。私は身を小さくしたが、鈴鹿さんが「気をつかうな」と言ったので、姿勢を正した。

 黒姫さんが言うには掲鏡村は主に三つの地域に分かれているそうだ。昔ながらの住居や果物の農園がある山間部、海が臨める港、住宅やお店が立ち並ぶ繁華街。どこも多くの妖怪で賑わっており、村と言うより町らしい。現在私たちがいるのは山間部の花見山という所である。花見山は様々な果物が育てられている。光輪から降りて、舗装された山道を歩きながら、山々に生えた草木を眺めていた。中には丁寧に管理されている箇所もある。恐らく何かの果物の畑だろう。

 十分程歩くと、小さな山小屋があった。シダや末枯れた大木に紛れており、すぐ傍に来るまで気付かなかった。長い間雨風にさらされていたのか、所々材木が痛んでいる。これが周囲の木々と色合いがそっくりだ。正面に扉があり、壁の左右に一つずつ窓が設置されている。無駄を徹底的に排除した木造建築といった感じだ。

 黒姫さんがドアをこんこんと叩いた。暫くするとキキイと軋む音と共に痩身の少年が顔を出した。白のセーターに茶色のコート、黒のスキニーといった出で立ちで、前髪を鼻先まで伸ばしている。

「お、黒姫じゃん。それに鈴鹿も。……そして、そちらさんは?」

「繫名 嘉穂と言います」

「ハンナカホ? 言いづらい名前だな。まあ、いいや。俺はさとり

 あ、そういう感じになるのか……。妖怪には苗字と名前っていう概念がないのかな。次からは嘉穂って名乗ろうかなあ。

「あ、なるほど。嘉穂っていうんだ。苗字……ああ、そうか、そうか。人間なんだな」

「え、あ……はい?」

 何も言っていないのに、思った事を次々と言い当てられ、素っ頓狂な返事をしてしまった。その様子を見た覚さんは口角を上げた。

「いやあ、悪いな。俺は心が読めるんだ。それにしても、黒姫、俺に人間を紹介してもいいのか? 俺人食だけど?」

「何百年前の話してんのよ? とっくの昔に辞めてるでしょ?」

「ははは、そうだけど。よろしくな」

 覚さんはそう言うと手を差し出した。私も手を出して握手をした。

「さてと。今日は何しに来たんだ?」

「農園を見せてほしいのよ」

「ついでに林檎をもらおうって魂胆か?」

「得意の読心術で暴いてみれば?」

「……いいや、止めておこう。結構疲れるんだ」

「私にはしてたのにですか?」

「そりゃああれだよ、あんた。誰だか分からん奴の素性を把握するには必要なことだろ」

 確かに、それは一理あるかもしれない。

「納得してくれたようで何よりだ。そこで待っていてくれ。準備をしてくる」

 覚さんは一人で話を進め、小屋の中へ消えていった。暫くすると、覚さんが黒い股引に茶色の浴衣という恰好をして戻ってきた。ステップ脚立を手にし、大きな籠を背負っている。

「待たせたな。じゃあ農園に行こうか」

 覚さんは山を登って行った。二、三分進むと、リンゴの木が沢山生えている場所に着いた。一本一本にリンゴがいくつもついている。日光を浴びたそれは真っ赤に染まり、皮には張りがある。日光を四方八方に反射させ、クリスマスの鈴の飾りのように実っていて、まるまると体を太らせている。

「わあ、立派なリンゴですね」

「おお、それは嬉しいねえ。一つ食べていきなよ」

 覚さんは近くの木に脚立を立てて、たったと登ってリンゴを手に取ると、ポケットから園芸用の鋏を取り出して実を取った。脚立から降りてリンゴを手渡される。お礼を言ってリンゴにかぶりつく。

パリッと皮が弾ける気持ちの良い音と共に、瑞々しい果汁と芳醇な香りが口に広がる。甘味と酸味のバランスが絶妙に良く、爽やかな味わいである。

「んん! 美味しー! しゃりっしゃりでジューシーですね」

 私は目をぎゅっとつむって肩を上げる。

 これくらいの酸味なら様々な料理に使えそうである。パイにジャムに焼きリンゴ。

「あれ、嘉穂は料理すんの?」

「ああ、はい。鬼神様の料理人なんです」

「鬼神の? 人間で、鬼神の料理人? ちょっとよく分からねえな。まあ、いいや。ついてきなよ。いいものを見せてやる」

 覚さんは脚立を手にして、奥へ進んで行った。私も後に続く。

 奥にもリンゴ農園があったが、先程とは違うリンゴが一本の枝に複数個実っている。前のに比べて色は赤黒く小ぶりである。

「先程のリンゴと違うように見えますけど……」

「ああ、これは紅玉って品種のリンゴだ」

 覚さんはリンゴを摘んで手渡した。一口齧ってみる。ん、んんん?

「ぜ、全然甘くない……?」

 普段食べているリンゴとは比べ物にならないほど酸味が強い。食感も硬く、スーパーなどで流通している物とは明らかに違う。しかし、それが、決して美味しくないというわけではない。この優しい酸味がクセになる美味しさなのだ。

「紅玉は甘味が少ないんだ。生で食うんなら甘いリンゴが人気なんだが。料理に使うんなら、紅玉が扱いやすいだろう」

 そう言うと、覚さんは手近なリンゴを数個摘んで、籠に入れていく。そして、最初に来た農園のリンゴも取って、籠の中に入れた。

「ほら、やるよ」

覚さんはリンゴが詰まった籠を渡した。食べ頃のリンゴが一か所に集まっているため、豊かな甘い香りがする。

「え、こんなにもらっていいんですか?」

「ああ、紅玉は時期が終わりかけてるから、このまま残しても仕方ないし、そのついでにもう片方のリンゴもつけとくかと思ってな」

 お礼を言って籠を受け取った。結構ずっしりと重さがある。体制を崩して体をよろめかせると、気づかないうちに後ろにいた鈴鹿さんが支えてくれた。鈴鹿さんに一礼。そして、籠を持ってくれた。もう一度一礼。

 覚さんにもう一度頭を下げると、「鬼神によろしく言っといてくれよ」と覚さんは笑った。まあ、口しか見えないから憶測なんだけれど。

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