打ち上げっぽい仕事。
『んっんっんっん、ぷっはあ。はああ、うふふふうふ。三乃さまあ、もう一杯、いいですか。あ、すいませんお姉さん、生中、もうひとつ、ああもう、面倒だから大ジョッキで。そうそうよろしくね。おいしいね、ここんちのビール』
もう一杯いいですかって、もう何杯目だっけな、と考えるのも莫迦莫迦しくなってきた。
ただの酔っ払いではないか。
呑めない私は酔っ払いが好きではないし、食事は済んでしまったのでさっさと家に帰ってのんびりしたいところだが、できたばかりの伴侶が美味しそうに、楽しそうに呑んでいるものだから、付き合うことにした。
『でね、あたしはその時の剣司様に言ってやったんですよ。あたしの言うことが信用できないのなら、もう、除籍していただいても構わないですって。そしたら、ぽろぽろぽろぽろ泣き出しちゃって、あ、ちょっと言い過ぎたかな、なんて思ったりしてね。でも、今にして思えば、あたしたちロボットというのは、人間を模倣して造られていますから、そういう、信用するとかしないとか、人間的な情緒の部分があらわになったりするのは、仕方ないとも言えるんですよね。ええ。ああ、お姉さんありがとね。はいはい、三乃様、お茶のグラス持って。かんぱぁい。んっんっんっごきゅん。ぷはあ。あはうふふあは。ほんとおいしい』
呑んでは喋り、呑んでは喋り、大変な勢いだ。確かに変換効率はいいのかも知れない。
いつもと明らかに違う様子のひと、ロボット、のお喋りをどこまで事実として受け止めていいか、考えどころではある。素面のコウが、剣司に向かってそうはっきりと意見するようには思えない。信用、なんてものは、人間だけに作用する曖昧な感覚だ。ロボットがそこに拘りはしないだろう。
が、ここでこれだけの話になるということは、ロボットの内部では葛藤があるのだろう。葛藤というのとも違うか、計算か。信用されていない状態を前提として、神楽においてどう立ち振る舞うか、その計算の結果を、アルコールを交えて言葉にすると、こうなる、のかも知れない。
『そもそもロボットというものはですね、三乃様、神とものと人間との』
「あ、ごめんね、私もひとつ聞いていいかな」
『ああごめんなさい、あたしばかり喋ってしまった。どうぞどうぞ。お答えできることならなんでも』
「ふふん。私は、ロボットとの関わり合い方についてよくわからないところがあるのよ。いままで借り物だったから、すぐに返却してしまっていたから」
伴侶となったロボットは、基本的に剣司が好きなように扱っていい、ということになっている。だから、依頼があるまでは管理局で待機、という関係もある。家族や恋人がいたら、連れ歩くのには躊躇いがあるだろうとは私も想像がつく。
「今の私のように常に一緒にいるのと、任務の時だけというのでは、何か違いがあるものなの」
『んっく、んっくんっく、ごきゅ。ぱはっ。ふう。それはですね、つまらない答になりますが、ひとによります。敢えて強調すれば、剣司様側の都合によります』
「まあ、そうなんだろうけど」
『一緒にいることが負担になっては、任務の遂行に障害が出るでしょう。というか、三乃様自身がいままでそうされてきたのではないですか』
「うん。でもね、どっちがいいのかなって。やり方が違えば、結果も違ってくるのかなってさ」
『ごきゅんごくんぷふ、うふ。まああの、へへ、適切な喩えかどうかわかりませんが』
「うん」
『今まで三乃様は、ロボットをとっかえひっかえにして、ちょっと遊んだら捨て、毎回新しいロボットと楽しんでおられたわけです。さてこれを、良い状態と言えるかどうか』
「いや、待って、私はそんなつもりは」
と、実際に恋心を弄ぶようなろくでなしもする言い訳を始めそうになり、止める。客観的には似たようなものなのだ。
そういう話だ。
『えへへ。お酒の力を借りて、あたしもひとつ、告白しちゃおうかな』
と、言いながら、コウはいつの間にか届いていた大ジョッキの半分くらいを呑み込んでから続ける。
『局長から頂いた資料によると、あたしの評判はどうもあまり良くなかったようです』
「いや、それはないだろう。まだ付き合いは浅いけどさ」
あ、アルコールが原因だったらどうしよう。
出会ってから今まで、任務の最中であっても、日常生活においても、コウは適切に対処していて、私が世間知らずということを置いても、教えられる場面もしばしばだ。
まあ、髪型とか、服装とか、あったけども。
『ありがとうございます。評判というものも、あてにはならない場合があるじゃないですか。でも、あたしたちロボットの場合には、割と適切に作用します。あたしなりに配慮をしたつもりでしたが』
「なにを言われたの」
『どうも、わかっていることを伝えていないとか、もったいぶっているとか思われたようです』
「そんなつもりじゃ、なかったんでしょ」
『はあ、あたしとしては。あ、いや、せっかくの宴席がしめっぽくなってしまった。ささ、呑みましょう呑みましょう』
「いや、一席設けたつもりはないけど。私はお茶なんだけど」
それからまた呆れるほどの勢いでジョッキを干し、昔の世相などを語り、あともう一杯呑んだあと、
『うふ。あたしは、み、三乃様に拾われて幸福です、ほんとに。ありがとうございます』
と言ったあと、糸の切れた操り人形のように力を失い、テーブルにごちんと音を立てて伏せてしまった。
やれやれ。
呑まずにはいられない、という言い回しがある。お酒を呑むのはどうやら味覚とか身体的な欲求だけではなく、心に作用するものでもあるらしい。要するに、ストレス解消のため、屈託から逃れるため、呑むのか。この、小柄なロボットにとっても、そうなのだろうか。
お会計を頼むと、日頃見ない金額になる。飲み物だけで私が注文した分の倍もかかるのか、と呆れはしたが、あのロボットに呑ませるのはなかなか楽しかったから惜しくはない。