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過去を知る仕事。

「コウ、だったな。そのロボットの過去についての話だ」


局長は文書に目を通しながら言う。が、私はあからさまに目線を上に向けてしまう。


「興味がないです」


「お前はさては家電の説明書を読まないタイプだな」


局長は鋭い。黙るしかない。埒が明かぬと見たらしい局長は、ロボットに目線を移す。


『私はもちろん知っておきたいです。過去について、なんとなくもやもやっとしたものがあって、問題があるのかないのか気がかりで』


これは聞き捨てならぬ。もしゃもしゃの頭に伸ばそうとしたコウの手を、させじと掴んで言う。


「おいおい、そういうのは私に先に言ってくれないか」


『だって三乃様はロボットに興味がなさそうだったから。任務が片付けばなんでもいいやみたいな感じで』


「だって、それは」


局長も、ロボットに同意するように頷いている。また黙るしかないではないか。


『任務でご迷惑をおかけするようでもなかったので。ですが、あたしは機械で道具ですから、以前にどんな使われ方をしていたのか、どうして迷子になってしまったのか、わかっていたほうがよろしいかと』


「ロボットという機械にとっては、案外自己同一性というものが重要かも知れない。社会に求められる機能を全うするため、自分がどういう存在であるのか、それを理解するためには、過去も大事になるのではないか」


と、局長も加勢。はいはい負け負け。


「わかりましたよわかりました。これからはちゃんと説明書を読むようにします」


「で、わかったことについて、文書の中から口頭で伝える。ロボット自体の情報については、直接の読み取りは禁止されているのだ。決まっていることだから了承してもらうしかない」


『わかりました』




「コウは高齢なのね」


自宅へ向かってRS500を操作するロボットに向かって言う。若干ながら、ステアリングが縒れたような気がする。


『おかしな言い方しないでいただけますか、剣司様』


「だって、七十三歳と四ヶ月って。人間と同じに考えても仕方ないし、ロボットは基本的に長く使われるものだけど」


改良と更新で半永久に使える、という話もある。興味がなかったから、それがどこまで本当かは知らない。


人間の肉体は衰え、どれだけ健康に気を配ろうと、朽ちる。自壊する、と言えるかも知れない。新品と交換を企てる場合もあるが、機械のような規格があるわけでもなく、個体差が大き過ぎて万全とは行かない。


経験したこともそうだ、どれだけ学び得たものが多かろうと、そのひとのものはそのひとと共に失われる。言い残す、書き残すとは言うが、受けるのは影響であって実体験ではない。


詳しくはないが、機械はそのへんどうにかして引き継げるのだろう。


「例えばね、私が誰かに殺されたとするわ」


『物騒ですねえ』


「犯人を見ていたとしても、他人にはそれがわからないから、捜査には時間がかかるよね」


『ああ、ロボットには堅牢な記録保管庫がありますから』


「すぐ露見する」


『でも、人間においては、社会構造に対する変革をもたらす場合もありますよ。殺人などの重大犯罪は、ひとの営みに深刻な影響を与えますから。ロボットひとつ壊されても、変わるのは部品の作り方くらいじゃないですかね』


「そうか。私の死は無駄ではなかったか」


『縁起でもないやめてください』


「いや、私はどうでもいいんだ。どうなのよ、局長の話はよくわかんなかったんだけど」


『禊、穢れ祓いにまつわる話は厳重な守秘義務がありますから、隠語を多用してました』


「いずれにしろ私にはわからないじゃないか。あ、おなかすいた。このまま真っすぐいくと、美味い煮込みを出す店がある」


『わかりました』


まるで召使いか何か、それこそ侍女のように接してしまっていて心苦しいが、私に運転させたくないらしいからこれは仕方がない。


店に着いて品書きを開く。飲食はしないで済むと言っていたコウも、雰囲気に合わせるためか同じようにしている。


「欲しいものがあったら遠慮なく」


申し訳ない気がするので一応聞いておく。相手はロボットなんだからこんな気遣いはおかしいと頭ではわかっているのだけど。


『では、飲み物ならさほど違和感なく頂けるかと』


「無理強いしたかな。ごめんね」


『いえいえ。お気遣い嬉しいです』


「飲み物って、アルコールかな」


三分の一くらいは冗談を込めた。が、


『いいんですか』


という反応。


「いいんじゃないの、仕事は終わったんだし。運転は私がすればいい」


『いやだなあ三乃様、あたしロボットですよ。即座に分解するから酔ったりはしないんです』


「ん、そか。私は呑めないから付き合えないが」


呼び鈴を鳴らして、鶏と根菜の煮込みの定食と冷たいお茶を頼む。視線で促すと、


『あ、それじゃあたしはビール。生中ひとつ』


「さしあたってそんなとこで」


かしこまりました少々お待ちくださいと去っていく店員さんを見送るロボットの横顔は、なんだかとても嬉しそうだった。


「お酒、好きなの」


『え、は、いや、エネルギーへの変換効率がいいんですよ。そういったものにはこんな反応になりがちで』


猫にまたたびみたいなものか。


「言ってくれたら用意したのに。呑まないから、気が付かないのよ」


『あ、いえ、滅相もありません。こんな機会にご馳走していただければ』


「そ。ま、遠慮しないでね。でさ」


『はい』


「それだけ長ぁくロボットやってたんなら、昔の剣司とお酒呑んだりしてたんだろねえ」


『ああ、そうかも知れません。今、人間が言うところのデジャヴュみたいなものを感じています』


「ふうん」


『でも三乃様、ロボットの耐用年数はそもそもが長いので、取り立てて、と言うほどでもないのですよ』



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