謎を解く仕事。
私の視線に気付いたロボットは、猫のように挑戦的な目を向ける。
私に、ではないようだが。
『如何です。たまには謎解きなど』
私に、だったのかも知れない。
「得意ではないが、考えてみよう。長物を振り回すばかりというのも、粗野だしな。あ、そう言いたいのか」
『めめ、滅相もございません。ええと、絵画は、このお宅の三代前のご当主にあらせられます。大戦直後の混乱の最中、傾きかけていた名門を立て直した偉人です』
「絵にぴったりの人物だな」
『そうですね。彼女は、この広間の中央に座を構え、連日連夜、来訪者に対応していたそうです』
「私だったら発狂するな」
やはり、同じ女、ではない。
『誰しも向き不向き、役割というものがございますよ。さて、次に彼女に想いを寄せる人物が登場します』
「お前さん、調子がいいようだねえ」
込み入った話になってきたが、大丈夫なのだろうか。興味が湧いてきたが、身を任せていいのか。縁やら絆やらはどうなるんだ。
ロボットの口調に変化はない。
『少々浮かれていますね、申し訳ありません。で、想いを寄せていたのは、絵の中のご当主の侍女を務めていたひとなんですが、必ずしも片想いではなかったようで』
「あらあら、他人のそういうとこは触れないのが慎みとかたしなみとかいうんじゃないの。それこそお前さんの中にしまって置くべきだろう」
『んふ、まあ例外ということです。ここまでで何かわかることありますか』
「何かわからなくちゃいけなかったのか。いろいろあったんだろうなあってくらいしか答えられんなあ」
時代が揺れ動く中でのロマンスなんて、魅力的に感じるひともいるのだろうけど。
『ああ、そうか。絵画と階段の関連です。このふたつは、普通、繋がらない。物理的に距離も離れている。神様は、何でも聖域にしちゃいますが、肖像画と階段というのは、なかなかに釣り合いが悪い』
「そうかな。肖像画だって、長年置いてあれば、慣れてしまって、調度品や構造物と変わらなくなって行きそうだが」
ロボットは嬉しそうに頭を掻き回す。被っていた装衣の帽子が不格好にずれる。
『素晴らしい。ものとひととの関わりについて、見事な考察です』
「そんなに大したものかな」
『いや、いいですよ。ともかくいろんな見方を加えていって判断します。結果的に今回は、神障が階段に作用していましたので、関連があると判断します。でも実際、階段と絵画、並べてどうこう考えるのは難しいでしょう』
確かに、これが例えば絵を描く道具とか、何かしらの美術品とかなら、繋がりを見つけるのは自然であるかも知れない。
『こんなときは、他の要素、判断のための候補を挙げていきます。ひとは、階段という機能最優先のものであっても、何かの想いを寄せるもので』
「え、そうなの」
『あります。構造に魅力を感じる場合もあれば、景色を楽しむように眺める、そんなひともいますよ』
「ああ、わかる、ような、わからない、ような。階段の魅力か。いや、絵画の中にあれば、奥行きが出るなあ」
小学校だったか中学校だったか、美術の時間にそんな解説をされたような気がする。絵は不得手ではあるが。
『あ、それはあたしも気づかなかった。絵画の主役にはならなくても、脇役として素晴らしい働きをする。ただ、絵画として映えるものと考えると、対象が拡がりすぎますかね』
「そうだな。窓だって同じことが言える」
『はい。あたしたちは可能性をたくさん集めると同時に、事態に適合するものを絞り込んでいかなくてはなりません』
「では、いっそ絵画から離れたらどうだ。描かれた当主と、描かれた人物に想いを寄せていた侍女に注目しよう」
『うん、運びとしては極めて妥当です』
「当主と侍女か。ここで日がな忙しくしている当主を心配し、気遣っているだろうなあ。当主も、侍女に安らぎを感じていたかも知れない」
更に重苦しい気配にのしかかられたような感覚。神楽の持つ雰囲気があからさまになったようだ。
ようやく開幕か。ロボットは空を切り『かしこみかしこみ申し上げます。鎮まり給え、鎮まり給え』と、唱える。肩は軽くなり、私の想像力は弾む。
「激務であっても、いや、であるからこそ、休息は必要だろう。お互い愛し合っていたのなら、一緒に過ごす時間を必要としただろう。外出もままならない慌ただしさの渦中にあるふたりがひと目を気にせずお互いの想いを確かめ合うことができる場所」
屋敷全体が振動する。どこかでガラスが割れるような音。ロボットの祈祷によって隔絶されている私自身には、なんの影響もない。
『鎮まり給え。ほどなく、あなたを縛り付けているものから解き放って差し上げます。今しばらくお鎮まりを』
両手を、低くした額のあたりで組み合わせ、祈りを捧げながら私の前に立つロボット。
『剣司様、神様はどこにおられますか』
「絵画の中」
『はい』
「と」
『と』
「階段を登った先、二階に、ふたりだけになれる部屋、寝室があるはずだ。そしてそこは、ちょうど肖像画の真上に当たる。そこにいる」
満足したのか、すり足で私の背後に回る。ちらと見える口元が、子猫のように微笑んだように見えた。
二階のどこに寝室があるのかなんて、実のところ知りはしない。が、多少の無茶ならできるような気がする。確かなものなどなにもないのに確信をもって、大上段の剣を振り落とす。
光の刃はどこまでも伸びて、私の視界の左右を斬り分けてしまう。
その中心のどこかに、神様がいたのだろうと思う。
ふたりしかいない広大なお屋敷に、静寂が戻る。