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お屋敷にふたりぼっちの仕事。

神楽に入る。


『状況説明をしてもよろしいですか』


門扉を潜ってから、なんとなく重苦しいものが肩にのしかかる。


いつもの感触だから、あらそう、とあしらう程度のものだけど。


玄関の扉の前で空を切り、手を合わせてから私に向き直るロボット。いくらか肩が軽くなる。


「一応聞くのだけど、それって意味があるのか。どうせ細かいところは教えてくれないのだろう」


ロボットを借りていた頃は、黙って聞いていた。自分の、という気持ちはまったくないが、このロボットには色々と尋ねてみたくなるところがある。


剣司というのは、ロボットに、ここに物騒なものを振り落としてくださいと言われて、わかったと答えるだけの、単純で雑な職業である。


つまり、説明が必要なのはそこだけじゃないかと言いたかったのだ。


『そのあたりの理由は、ご存知じゃないんですか』


「ご存知だけど、腑に落ちないところがある」


『ああ、剣司様は、神楽において、自身の思考能力が必要とはされていない、と考えておられる』


「そうなんだろうな」


隠したはずの思惑を晒されるのは気恥ずかしい。そうさせたのが他ならぬ自分であり、無理はあるが他人事のような顔をする。


『では、改めて実際に説明しつつ、説明が必要な理由も説明してみましょうか』


「悪文だなあ」


『まず今回は、エントランスの壁に掛けられた絵画に、神が発生した、というところから始めます』


「ふむ」


『神が発生するということは、何かしら人間の想いが付着し募っている状態にあります。このお屋敷の誰の影響が最も色濃いか、私は知っていますが、これは剣司様には伝えません』


「何故」


『必要がない、ということもありますが、前にも言ったとおり、絆を避けるためです。神と人の縁から距離をおいて頂く必要がある』


「それはわかる」


『理由はもうひとつあって、ロボットという剣司様に最も近くにいるものが持っている事実を、剣司様には隠しておく、という構造を作るためです』


「知る必要がない前提の事柄を、わざわざ隠すのか」


『はい。お隠れあそばされ、という言い回しをご存じないですか』


「古い言葉だというくらいしか」


『あれは、死を間接的に表現した言葉なんです。神楽で行われる出来事の中で、剣司様には一時的にお隠れいただく。事実を隠すことによって』


「死んどけ、ってことかな」


『そういう物騒な話になってしまいますね。だから説明も憚られる』


「私は今、死者、ということなのか」


『さほど不快でもなさそうですね』


「むしろ愉快なくらいだ」


生きているというのは、多かれ少なかれ、重かれ軽かれ何かしらを受け止めている状態である。死には、そこから解き放ってくれそうな魅力がある。


『やっぱり、話さないほうが良かったかな』


もそもそと、両手で髪の毛を引っ掻き回すロボット。ためらっているようだが、先を続ける。


『生者とものと神の絆を死者が断ち切る。いつぞやにさせていただいた話の裏側には、そういう筋が織り込まれています』


「そうか。忘れてしまったほうがいい話なのかな、これは」


『お任せしますよ。お聞かせしてしまった話の取り扱いまでは、さすがに手に負えません』


このように玄関前でロボットと死者が長話をしているなんて、屋敷の持ち主からしたら不気味なものだろう。やはり総員退出は必要なのだ。




ようやく玄関が開かれる。視線を走らせると、懸案の絵画はすぐに私の目を捉える。


だって、入って真正面に展示してあるのだもの。


いや、大きなお屋敷とは言え住居らしいから、展示はおかしいか。描かれているのは、この家に由来のある人物なのだろう。女性で、目元口元に微笑みと冷たさをないあわせて表現されている、ような気がする。


絵なんかわからん。


私と同じ女性だが、こうもなればああもなる、同じ女性という括り方には我ながら無理があった。


ほかに、この広間の印象と言えば、どこもかしこも重苦しい細部の作りになっている。白を基調にしていて、採光もよいのだが、拵えの彫りが深い。


闇が散らばっている、ように見える。


剣司が用心深くあたりを観察していると言うのに、ロボットは部屋の左側から二階へと続く階段の中程でしゃがみ込んでいる。


注意喚起のために、そこかしこでよく見かける赤い三角のコーンが設置されているが、室内の雰囲気から明らかに乖離、要するに浮いているので、笑ってしまった。


が【北領神事管理局】と書き込まれていることに気付き、仕事だったことを思い出して引き締める。


神の発生した場所、聖域はあの絵画であるはずだ。が、前任者が見舞われた災難は、階段で起きている。


神障はほぼ定型があり、分類されてロボットが判断するための材料になっているが、ときには定型にあてはまらない事態が起きる。


が、私はロボットの言に従って長物を振るだけなので、対処している神楽がどっちの状態なのか、よくわからない。特例である場合でも、ロボットは定型と分類を組み合わせて対処しているようだ。


風采の上がらないロボットも、絵画と階段の間に関係があるのかないのか調べているのだろう。


私自身は、普段聞かない話を聞いてしまった影響がどう出るのか、ぼんやりと考えていた。


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