カスス② クエスト
「っと、ここかな?」
受注書にに記載されていた農村は身体強化と風魔法で飛ばして三日の距離だった。馬車なら五日程度だろうか。
「で、依頼主である村長の家はどこだ?」
村の中を歩いていると子供たちが遊んでいたので尋ねた。
子供たちは「こっちだよ」と快く案内してくれた。
「こんにちはぁ」
声をかけつつ玄関をノックすると中から女性が出てきた。
「どなたですか?」
受注書をみせて説明すると女性は村長のいる部屋に案内してくれた。
「あなた、害虫駆除を受けてくれた冒険者さんがみえましたよ」
どうやら女性は村長の奥さんだったようだ。
奥さんは「じゃあ、私は失礼します」部屋を出ていった。
「依頼を受けていただき感謝します」
村長は書類とにらめっこしていた。
「すみません、少し仕事が立て込んでいまして」
「お忙しいのであれば日を改めますが」
慌てた様子で村長は顔を上げた。機嫌を損ねたとでも思ったのだろうか。確かにこういうクエストはガラの悪い冒険者がでることが多い。
「……お仲間は外におられるのですか?」
カススの後ろを見た村長は訊いてきた。
「ソロですが、何か問題でも?」
村長は本人の前だというのに大きなため息をついた。
「お帰り頂いて結構ですよ。日当くらいはは出します」
机の引き出しから銀貨一枚を机上に放り出すと、手で払う仕草をした。
「ここにお邪魔する前に探知魔法で畑のアグロスビートルを数えました。おそらく506,752匹でしょう。300匹につき銅貨5枚ということでしたので506,752÷300=1689余り52 1689×5=8445 小金貨8枚・銀貨4枚・大銅貨4枚・銅貨5枚。俺は今日中に終わらせるつもりなんで、+銀貨1枚で済みます。他に頼むのはご自由ですが、その間に増殖し、日当もかさむ。俺だけであれば報酬額をごまかされても文句はいいません。が、帰れと言われましたので帰りますね」
踵を返しノブに手をかけた瞬間、「待て!」と村長が言った。
「何でしょうか」
村長の方を見ずに尋ねる。
「君に、お願い、する……」
ニッと笑ってからくるっと回って向きあった。
「承知しました。しかし、やはり一人では厳しいので三人程お借し頂けますか?」
カススが畑の前で待っていると村長が三人連れてきた。彼らはそれぞれドルフ、アルデーア、ウィークスと名乗った。
「(全員ヴラークか。信用されてないなあ。ま、当然か)」
複数人が数日かけて行うクエストにソロで、その日のうちに終わらすと豪語する怪しい奴に大事な村人を貸す村長はあまりいない。
「あの、なんの御用、ですか」
ヴラークは生まれつき何かと因縁をつけられ、消極的になりがちだ。
カススは近くに他の村人が居ないことを探知魔法で確認すると幻影魔法を解いた。カススの左首に黒い龍の紋章が現れる。
「それ……」
ヴラーク紋である黒い龍は卑下の象徴だ。紋章をそれにするということは「自分はあなたよりも下です。どうぞイジメてください。文句は言いません」と公言しているようなものだ。そんな物好きはいない、いや、いるかもしれないが極少数だろう。
つまり、ヴラークにヴラークだと明かすのは「信じて欲しい」と言うことと同義だ。三人は顔を見合わせると頷いて仕事内容を訊いてきた。
「では、説明をしますね。まずは皆さんにはこちらをお持ちいただきます」
カススは収納魔法から白い円盤を出した。
「これはカリキュルという計算能力上昇の魔法と探知魔法が付与してあります。握ると発動します」
カリキュルは計算機いらずで膨大な計算が出来るだけの魔法だ。しかし、探知魔法と組み合わせると範囲内の対象を全て数える魔法になる。
「俺が風魔法で持ち上げます。それを数えて欲しいんです。数えた後はこっちで処理しますので皆さんは考えなくて大丈夫ですよ。範囲が広いので何回に分けます。一回につき大銅貨一枚を数が正確な方にお支払いします。正直銀貨をお支払いしたいのですが俺にも生活がありますので大銅貨でご勘弁願います。日当の銀貨はちゃんとお支払いしますのでご安心ください」
三人は疑心に満ちた顔をしている。
銅貨はパン一つ買えるくらいで大銅貨はその十倍だ。銀貨はその十倍で、Cランクの依頼一回の報酬くらいだ。冒険者でなくても一日(八時間)働けば稼げる額だ。それほど高い額ではない。なんなら低いくらいだ。しかし、彼らは低くて疑っているわけではない。高すぎて疑っているのだ。ヴラークの給料は月に大銅貨10枚。踏み倒されることも多い。つまり、今日一日で一ヶ月分の稼ぎが貰え、追加で大銅貨も何枚か貰える。ヴラークからすればとんでもない大金だ。
「あ、でもお金は村長から報酬を貰ってからになります」
三人はどこか納得したような顔をした。踏み倒されると思われたのだろう。
「ですので、契約魔法を交わしませんか?」
契約魔法はお互いが違反をしないように縛りを設ける魔法だ。違反の程度によって死亡する可能性もある危険な魔法だ。まあ、違反しなければどうということはないし、もしもの時の保険にもなる。
「何かご質問ございますか?」
「……なぜヴラークの自分たちにそんな好条件を?」
ウィークスがそろりと手を上げて問う。
カススは「そこはどうでもいいじゃないですか」と笑った。
「ここから一番近い冒険者ギルドまで馬車で大銅貨3枚で行けます。冒険者になれば不安定ですが収入を得られます。幻影魔法は無属性ですから習得すれば企業に勤めることも可能でしょう。どうしますか?」
三人は顔を見合わせると頷いた。
「「「お願いします」」」
そう言われてカススは契約魔法を発動した。
きっちり一人ずつ契約したのでかなり魔力を消費したが、マナポーションを持ってきているので問題ない。
「では始めましょうか」
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