カスス① 冒険者ギルド
主人公くんの別名です
同じ人物ですので、戸惑わないでください
「今日はどうしますかねえ」
イーリスは冒険者ギルドの掲示板を睨んでいた。掲示板にはS~Gとランク分けされたクエストが貼りだされている。
Sが最高ランクでGが最低ランクだ。ランクが上がるほど報酬金額は高くなるが当時に危険も高くなる。
今はDランク、高くもなければ低くもない。
「(やっぱこの時間だといいのあんまり無いなあ。でも今日一件でも受けとかないと懐が危ういんだよなあ)」
ヴラークは生まれながらにして犯罪者という理不尽を背負う。つまり、追われる身だ。追われる身でも、いや、追われる身だからこそ金は必要だ。というか生きる為にはなんにしても金は要る。しかし、まともな職は「ヴラークだから」という理由で就けない。では、どうするか。冒険者になるしかない。
冒険者ギルドの信条は《来るもの拒まず》だ。ここであれば一応ヴラークでも働き口はある。ギルドカードを提示すれば街に入るための通行料もいらない。「ここの人間じゃない」と聞かれれば冒険者と答えるだけで済む。良いことづくめだ。
別にヴラークでも冒険者以外の職には就ける。
物のように扱われボロ雑巾のような一生を終えたいのであれば、だが。
「どけよ」
いきなり横に身体が動かされた。盛大に床とぶつかると周りで笑いが起きた。
「なんだ、ニヒツの中でもカスのカススじゃねえか」
イーリスの名は指名手配で知られており、申請時にはじかれる可能性があるため、カススの名で登録してある。紋章は幻影魔法でニヒツに変えてある。
「ドラコス、順番くらい守れよ」
ドラコスはCランクの戦斧だ。180以上の長身で、身長と同じ長さの斧をご自慢の筋力で振り回している。
「てめえがいつまでもちんたら見てるのがいけねえんだよ。お、てめえにお似合いのクエストがあるぜ」
カススの前に一枚の受注書が落とされた。
内容は次の通りだ。
【害虫 アグロスビートルの駆除
対象300匹につき銅貨5枚 日当銀貨1枚 追加報酬有り
適正ランクE】
「アグロスビートルかあ。もうそんな時期か」
アグロスビートルは秋に入りかけるこの時期に冬眠に備えて畑や田んぼに大量発生する。レベルこそ低いものの数がとんでもなく多いため、ランクが少し高く設定されている。
「うん、これにしよ」
「土にまみれて虫相手とかカスらしい仕事だな」
ドラコスは仲間とがっはっはっと笑った。
「どうせEの字の形だけで選んだくせしてよくいうね」
立ち上がろうと前傾になったカススの腹にドラコスのつま先がめり込む。
「がっ……」
蹴られた衝撃で受付カウンターまで吹っ飛ぶ。
「カスが。調子にのってると殺すぞ」
冒険者の中には字が読める者はさほど多くない。ビブロス以外の本は読んだことがない、という者がほとんどだ。特に平民であれば、魔法書以外は家を出るのと同時に生活費の足しにするため売ってしまうのが普通だ。
「ゴホゴホ……怖いねえ。ニーニャさん、お願い」
「……大丈夫ですか?」
「あざ出来るくらいだよ、大丈夫」
「またこんなクエスト受けて。たまにはDとかCとか受けたらどうです?」
不満そうに文句を言いながら手続きを始める。
「仕方ないですよ。そいつは数だけこなしたただのサボりですから」
「そうそう。ランクと実力が合ってないんですよ」
受付があるギルドの一階は酒場が併設してあることが多い。まだ昼前だというのに既に酒で顔を赤らめた冒険者が大勢いる。
「飲みすぎですよ皆さん。あんなの気にしないで下さいね」
「酔っぱらいの戯れ言を気にする人はいないでしょ」
「それもそうですね。はい、受注書です」
処理が終わった受注書を受けとるとお礼を言って出入口に向かった。当然絡んできた奴らの隣を通る。すると、何故かジョッキが傾いた。
「っとと!」「ごふっ!」
ちょうど口をつけた奴もいたようで、いきなり流し込まれた酒に驚いて激しく咳き込んでいる奴もいる。
「誰だよ、押した奴は!」
「まさかカススか!?」
真っ先に疑われたが、触れてはいない。
「俺なわけあるか(笑)。俺はニヒツで身体強化オンリーだぞ。お前らの手元が狂ったんじゃないか?」
もちろんカススの仕業だ。ドラゴスのこともあり、少しイラッとしたので風魔法でジョッキを押してやったのだ。
あえてバカにされるような名前にしたのだが、こうも言われると多少イラッとくるのが人間だ。これくらいはしても許されるだろう。
右眼が目の中で少し揺れた。以前のような痛みはない。カススはその微かな動きに笑ったような印象を受けた。
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