ー第2話ライブ1
「靴屋の看板が?目印?これか」
三上は柱から出ている行灯型の看板を見つけた。入口はガラスの自動ドアで、篠崎歯科と書いて有る。入ると歯医者の受付から声がする。
「ライブのお客様ですか?」
「はい。YouTube見て来ました」
「じゃあ2000円になります」
順路と書かれた矢印に沿って降りて行く。
ソファーに10人くらい。立ってる人も10人くらい。三上は立っている人の後ろに立つ。
ステージに灯りが灯り。女性が座った。
立ってる人が一斉に座る。
ゆっくりとエッジの立ったピッキングでイントロが始まる。
「歯医者の帰りは泣きたくなるよ
痛くないのに笑っちゃうね
子供の頃に治してくれた
右の奥歯を噛みしめ歩く
いつまでたっても許せない
あなたを 自分を
今日は許そうよ
いつまでたっても聞こえない
愛の歌を探しに行こう」
クセになる声。アレンジが白人ジャズっぽい。日本人に有りがちなディラン拓郎ラインではない。アメリカの音楽学校の匂いがする。
「歯医者の歌を聴いていただきました。ありがとうございます。次は、商店街の歌を聴いて下さい。夕焼けの街」
「店先で眠る
八百屋のおばあちゃん
すぐ横に三毛猫
手をつなぎ家へ帰る親子の会話が
夕空を染めてく
少しだけ寄り道をしよう
揺れるブランコ 5時のチャイム
…………………
いつまでもそばにいて欲しい
変わらぬ心で
柔らかな風が吹いている
夕焼けの街を
夕焼けの街を」
5曲+アンコールで彼女はステージを降りた。お祭り騒ぎとは程遠い、柔らかなライブだった。
香澄は、そうした事も無く、そうするつもりも無かったが。なぜか手前から握手を始めた。三上は出口に逃れようとしたが、イタズラっぽい笑顔で、先回りされた。
「逃がしませんよぉ。あまりお見掛けしないですよね?」
しっかり右手を握られている。
「YouTubeで見て。是非ライブを聴きたいと思いまして」
「ありがとうございます。うれしいです。YouTubeで見た曲有りました?」
「夕焼けの街を聴きたくて来ました」
「えぇ~意外。あれあんまり自信なくて」
「光景がね。浮かぶんです。そういう歌が好きで」
「また。来て下さい。あの、ステージから見えたんです。あんなに真剣に聴いてくれる人。初めてなんです」
香澄は笑って、次に行こうとした。
「香澄さん。あなたは売れる」
「えっ?何か?」
「あなたは世界でも通用する。プロデュース次第で」
香澄は、このセリフを何度も聞いてきた。またかと思う。
「ありがとうございます」
流したつもりが男は言った。
「あなたを売ってみせます。僕にマネジメントを任せていただけませんか?」
「はぁ?プロになるつもりはないので」
篠崎が察して、割って入ってきた。
「すいません。終了しましたので。どうです?飲みませんか?こちらへ」
篠崎は三上を無理矢理押して、ミキサー卓に引っ張って行った。