レベル6 ジェームズよ、永遠なれ
すでに何日めだろう。
そろそろ目的地のルーズベルトの港町に着くころだと思う。
僕は馬車の中で地図を広げながら現在地を探っていた。
「いま、このあたりじゃありません?」
姉さんが指をさしたのは北極だった。適当にも程がある。
「姉さん、地図の見方がわかんなかったら無理に言わなくても……」
「まあ、アルフレド! わたくしをバカにしてらっしゃるの? ひどいですわ」
姉さんは腕を組みながら頬をふくらませて「ふん」と横を向いた。
ふ、ふるい……。
「わたくし、こう見えても方向音痴には自信がありますのよ!」
いや、それ自慢じゃねえだろ。
そうこうしているうちに突然馬車が激しく揺れた。
「きゃあ!!」
「うわあ!!」
腕を組んでいた姉さんも地図を広げていた僕も思わずのけぞった。
「なになに!?」
「傾いてますわ!!」
荷台はずるずると斜めに傾いていき、そしてそのまま止まった。
何があったんだろう。
すぐに降りてみると、悲惨なことに馬車の車輪の一つが外れてしまっていた。
「車輪が……」
「アリスお嬢様、アルフレド様、お怪我はございませんか?」
ジェームズが慌てて駆け寄ってきて僕らの無事を確かめた。
「うん、大丈夫だけど……。どうしたの?」
「車輪が外れてしまったのでございます。ああ、よかった。アリスお嬢様が寝てる間でなくて」
激しく同意。
「でもどうするの? 直るの、これ」
ジェームズは外れた車輪を見ながら答えた。
「大丈夫でございます。ナットが緩んだだけのようですので、はめればまた動けます」
そう言ってジェームズはジャッキで荷台を持ち上げ、慣れた手つきで車輪をつけはじめた。
「すごいなあ、ジェームズは。なんでもできるんだね」
テキパキと作業するジェームズを見ながら僕が感心していると、姉さんがふと思いついたかのように尋ねた。
「そういえばジェームズってルドルフ家につかえる前は何をしてらしたの?」
「私でございますか?」
ジェームズが振り返って聞き返す。
「だってわたくし、ジェームズの過去、何も知りませんもの」
確かに僕が物心ついたころにはすでに執事になっていた。
いつからいるんだろう。気にもしていなかった。
ジェームズは車輪をつける作業を続けながら言った。
「そうですな、待っている間お暇でしょうから、私の過去をかいつまんでお話しいたしましょう」
そう言ってジェームズは語り出した。
わー、ぱちぱち。
「孤児だった私は、物心つくころには物乞いをして生活をしておりました」
い、いきなりハードな人生を送ってたんだ……。
わー、ぱちぱちじゃなかった……。
「ですから、まともな教育など受けずにすくすくと成長し、16歳には暴走族のリーダーとなっておりました」
「ああ、『不良』と書いて『ワル』ってやつね」
「すごいですわ。女の子の憧れですわね」
全員が全員、憧れてるわけじゃないと思うけど……。
「散々、悪さばかりしていた私ですが、はたと気づいたのです。他人様のために何かしようと」
なるほど、『善』に目覚めたわけだね。
「そこで私はプロ野球の選手を目指しました」
目指す方向がすごいな!
「プロ野球の選手になろうと試験会場に行ったら、そこはアニメの声優オーディションでした」
「そこ間違える!?」
え? もしかしてジェームズって、バカなの!?
「仕方なくオーディションを受けたのですが、試験官は私の経歴に興味を持ってくれて向こうから是非にと試験も何もなく合格となりました」
しかも受かっちゃったの!? すごいね。
「まあ! ジェームズはもと声優さんでしたのね」
「さようでございます。初出演は『爆走! 疾風! オレたち暴走族』という教育テレビでやっていたアニメです」
教育テレビでそんなのやっていたんだ……。
「私はそこで暴走族のリーダー役をやりました。そこで声優として開花した私は『旋風の一匹狼』『孤高なる漢たち』『激闘! 百虎VS青龍』『萌え萌えメルちゃん』と、次々と出演しました」
ちょっと一つだけ違和感のある作品があるんですけど……。
「それを見ていたある人物が私に声をかけてくれたのです。『害虫駆除をして働かないか』と」
「どういう経緯でそうなるんだよ!」
「私は迷いました」
「迷うなよ!」
「迷ったすえ、私は了承しました。害虫駆除屋さんとして新たな出発をしたのです」
「ジェームズはいろんな人生送ってらっしゃるのね。お父様にはいつお会いになったの?」
「害虫駆除からガソリンスタンドの店員になって、格闘家に転身、それからプロゴルファー、舞台俳優、音楽家、画家、医者を経てアリスお嬢様の父上ルドルフ様に拾われたのでございます」
いったい、彼の本職はなんなんだろう……。
話がまとまったところで、車輪の取り付けが終わった。
「ジェームズはすごいですわ。わたくしも見習って、自分でできることは自分でやりますわ」
「さすがでございます、アリスお嬢様。そう言っていただけたら、わたくしも話した甲斐がございます」
「よし! 今、わたくしにできることはひたすら眠ることね! おやすみジェームズ」
「アリスお嬢様?」
「ZZZ……」
「アリスお嬢様ーーーッ!?」
つづく