レベル4 写真撮影もほどほどに
「きゃあ、大変!」
姉さんが、突然大きな声をあげた。
「なになに、どうしたの!?」
「何事ですかな!? アリスお嬢様!」
御者台に乗っていた僕らが荷台を覗き込むと、姉さんはあわあわと唇を震わせていた。
「わ、わ、わたくしの袖に、お、お、おムシ様が……」
見ると姉さんの服に1匹の小さいテントウムシがくっついていた。
「なんだ、ただのテントウムシじゃん」
「テントウムシでもおムシ様ですわ。わたくし、おムシ様はこの世で一番嫌いなの」
一番嫌いなはずなのに“様”をつけるこの人もどうかと思う。
「はやくとってくださいまし! わたくし、このままでは失神してしまいますわ!」
どう見ても失神しそうにもなかったが、僕は姉さんの袖についたテントウムシをひょいとつかんで逃がしてあげた。
「ああ、ありがとうアルフレド」
姉さんがホッと胸をなでおろす。
「アリスお嬢様! ご無事ですか!」
ジェームズがデジカメを持って荷台に上り込んできた。
「大丈夫です、ジェームズ。アルフレドが追い払ってくれました」
「なんと! せっかく、恐怖におびえるアリスお嬢様を撮れると思ったのに!」
仕事しろよ……。
「せっかくですから、さっきのおびえた表情をもう一回……」
「嫌ですわ。わたくし、女優じゃありませんもの」
そりゃそうだ。
「ていうか、ジェームズ。なんでデジカメなんて持ってんの?」
「これですか?最近、アリスお嬢様の成長の記録を付けはじめまして……」
「そ、そうなの?」
「見てみますか?」
映し出されたのは、姉さんの日常の風景だった。
皿をがっついて食事をする姿。
大きく口を開けてあくびをしている姿。
鼻ちょうちんを膨らませて爆睡している姿。
「あはは、おもしろ~い」
「やだ、恥ずかしいですわ。いつの間にこんなの撮ってらしたの?」
次々に写真を見ていくと、やがて姉さんの着替え中の写真があらわれた。
下着姿で寝巻に着替えようとしているところを植込みの陰から撮影した写真だ。
「ジ、ジェームズ……。これって……」
「よく撮れておりますでしょう? 3時間も物陰に隠れて撮った写真でございます」
次には入浴中の写真まであらわれた。
「木に登って窓から望遠で撮りました。いやはや、大変でした」
「なに考えてんの!?」
もはや、犯罪だろ。
ふと見ると、姉さんの顔がだいぶひきつっている。
「で、でも、よかったですわ。まだ現像されてなくて。このまま削除してしまいましょう」
「あわわわ! おやめください、アリスお嬢様! せっかく撮ったお宝写真なんですから」
「ジェームズ、これ、どうするつもりなの?」
「いやあ、今“いんたーねっと”なるものにハマっておりまして。“ほーむぺーじ”なるものにアリスお嬢様の写真を載せましたところ、爆発的に閲覧数が増えまして。このお宝写真を載せればさらに増えるのではないかと……」
「きえええぇぇぇいっっ!!」
姉さんの魂の一撃が、デジカメを粉々に粉砕したのは言うまでもない。
つづく