レベル3 船酔いたちの船出
「ヤローども! 錨をあげろ、帆を張れ!」
「へい!!」
ギョタロウのかけ声とともに、船員たちがバタバタと動き出す。
「アキレウス、邪魔になるから中に入ってよう」
「そうだな、アレル」
オレたちは船員たちの邪魔にならないよう、船底に向かった。こういうのは海の男たちに任しておくべきだ。
下手に手を出したら怪我をしかねない。
と都合よく解釈しながら船の真ん中にある階段を降りて行った。
階段を下りた先にはいくつも部屋が分かれていた。いわゆる客室だ。
「おや、これはこれは。えーと、アレルどのとアキレウスどのでしたかな」
客室のドアの前で一人の老紳士が声をかけてきた。
「えーと……」
「申し遅れました。わたくし、ジェームズと申します。ジョージア領の大富豪ルドルフ様にお仕えする執事でございます」
ああ、そうそう、そういう人。
「貴殿たちも魔王討伐に向かわれているとお聞きしました。心強い限りでございます」
誰から聞いたんだろう……。
「はっはっはっ、そういう貴殿こそ魔王討伐に向かっていると聞いたぞ」
いや、だからそれ誰情報?
「いやはや、お恥ずかしい」
ジェームズさんはかしこまりながら答えた。
うーん、意外と謙虚な人だ。
「ところで、お二方。酔い止めはお飲みになりましたかな?」
「いや、何も……」
「船は揺れが激しいですからな。酔い止めのクスリを飲んでおくことをおすすめいたしますぞ」
そもそも、そんな薬は持っていない。
するとオレの考えを見抜いたのかジェームズさんが何やら怪しげな袋を取り出した。
「よろしければ、差し上げましょう。わたくしが調合いたしましたジェームズ特製酔い止めクスリでございます」
受け取ってはみたものの、中身は毒々しい緑色の粉だったのでその場で飲むのはやめた。
あとで捨ててこよう。
「さきほど、アルフレド様とアリスお嬢様にも差し上げてきました」
「そ、そうですか……」
二人は飲んだのだろうか。
そんな疑問がわいた。ま、どうでもいいけど。
やがて、船が動き出す。
波に揺られて大きく船がかしいだ。
「お、動き出したよ。アキレウス」
「アレルよ、甲板に行って港の人々に剣を捧げようではないか」
こいつの場合は殺人クラスの斧だけどね。
よろよろとよろめきながら甲板に立ったオレたちは、誰も見送りもしていない港に向かって手を振った。
「いってきまーーーす!」
「魔王を倒してくるぞーーー!」
港では、漁師たちが楽しそうに談笑していて見向きもしていなかった。
……なんなんだ、これ。
船が動き出すと、客室にいた金髪姉弟が甲板にやってきた。
「見て見て、姉さん。動き出したよ!」
「わあ、これが船なのですね」
そう言ってオレたちの隣に立ち、手すりに摑まる。
そよ風になびく金色のさらさらした髪をかきあげる二人。
やっぱり、生まれや育ちが違うだけあって気品があるなあ。
「どうだ、これが船と言うものだ。すごいだろう」
気品のかけらも感じられないアキレウスがどや顔で言う。
ていうか、お前も初めてだろ。
「うん。船って本でしか読んだことなかったけど、こんなにすごいとは思わなかった。ねえ、姉さん」
弟のほうが素直に感動している。たしか、アルフレドって名前だったか。
「ええ、ほんとに。この大きな乗り物が水の上に浮かぶなんてまるで魔法のよう」
うっとりした瞳で海を眺めているのが、姉のアリス。
こうして見ると、本当にきれいな子だ。
とがった顎に赤い唇。目なんか、少女マンガに出てくるお姫様みたいにぱちくりさせている。
育ちがいいと、みんなこんな風になるんだろうか。
「昔の海賊たちも、こうやって船出をしたのでしょうね」
彼女は両手を頬にあてて、うるうると瞳をうるませながらそんなことを言っていた。
なぜ、そこで海賊が出てきたのかわからないが。
「………うっぷ」
やがて海を眺めていたアリスが口を押えてうずくまりだした。
「ちょ、姉さん!?」
「き、気分が悪くなってきました……」
どうやら、船酔いを起こしたらしい。
ていうか、出発して数分ですけど……。
「はやいよ、姉さん! 酔うのはやい!」
さすが弟くん。よくわかってらっしゃる。
「アリスお嬢様ーーー!!」
彼女の異変を感じとってか、客室にいたジェームズさんがものすごい勢いで駆け寄ってきた。
すごいな、この人。
「大丈夫でございますか、アリスお嬢様」
「……はあ、はあ、き、気持ち悪…」
「まさかこのような事態になるとは、このジェームズ一生の不覚。もう一度、酔い止めのクスリをお飲みくだされ!」
「こ、このような何がなんだかわからない毒のような粉、飲む気にはなれませんわ……」
オレも思っていたことを口にするアリス。
ジェームズさんはかわいそうなぐらい衝撃を受けていた。
「な、なんと! では、出発前に渡したクスリも飲まれていないのですか!?」
アリスは苦しそうな顔でコクンとうなずいた。ちなみに、オレも飲んでいない。
「ところで、何の粉なの? あれ」
アルフレドが尋ねる。
ジェームズさんは自慢げに答えた。
「ピーーとピーーをピーーしてピーーさせたものを、さらにピーーしてピーーーーさせたものでございます」
ずいぶん、禁止用語が出てますけど!?
ずいぶん、禁止用語が出てますけどお!?
「…………うぷっ!!」
弟くんの方も吐き気をもよおしたようだ。よかった、オレ飲まなくて。
「まったく、情けない。これしきのことで酔うとは、気合が足りん! 気合が……うぷ」
アキレウス、おまえもか。
「なんでいなんでい、だらしねえなあ。あんたら、それでも魔王討伐に行く勇者かい」
ギョタロウがオレたちの体たらくを見て声をあげた。
「よくそんな弱っちい身体で難攻不落のゴリアテ島に行こうなんて思ったな! まったく、見てて情けなくなってくらあ」
確かに、この状態を見たら反論もできない。
「いいか、海ってのはな、沖に出たらもっと波が荒れてくるんだぜ。こんな内海で船酔いなんて起こしてたら、ゴリアテ島にすらたどりつけねえぜ…………おえ」
言いながらギョタロウは手すりにつかまってヘロヘロになっていた。
いやいやいや、あんたもかい!!
「ギョタロウさん! 無理しねえでくだせえ。船のことは俺たちがやりますから」
「そっすよ。ギョタロウさんは船に弱いんですから変にかっこつけてねえで、船長室で休んでてくだせえ」
「すまねえな、ヤローども。じゃあ、ちょっくら休んでくらあ」
そう言ってギョタロウは船の奥へ引っ込んでいった。
「大丈夫か、この船」
出発前の漠然とした不安をぬぐいきれない船出だった。
つづく




